4話 第三冬季 呼び出し
本日二話投稿しています。
ご注意を。
マルテンシュタイン伯爵領首都、マイクロフトの中心に聳え立つ、教会の様な白い建物。領主の居城には及ばないが、学生寮を内包しているだけあって、地方貴族の邸宅(庭園含む)くらいの広さがあった。
一人前の魔術師を目指す少年少女の学び舎、チェスカフォード魔術学園である。
第三冬季下旬、会議室では今年度の入学試験について話し合われていた。
知識を問う第一試験はエリノア・スカーレットという少女が二位と僅差で首位。第二試験自由記述は第一試験二位の少年が文句無し、圧倒的一位。歴代最高点だった。
「基礎形重列構成による魔力伝達率の上昇、か…」
魔法陣を構成する
地属性 正三角形
風属性 正方形
火属性 正五角形
水属性 正六角形
空属性 円
以上計五つの基礎形があり、各頂点に古代文字を記述するのだが、頂点を重複させることで複数の基礎形を一つに纏めてしまうという突拍子もない理論だった。
そう、突拍子もない。だが、開発の過程が細かく記されており、妙に説得力があった。
この魔術理論の検証実験は現在準備中で、まだ真偽は明らかでないが、試験としての出来は最高水準だろう。
“魔術の歴史が変わりますよ!”
採点した講師が思わず学長室に飛び込んだ程である。
その慌てぶりに面食らった学長自身、直ちに検証実験を始めるよう、興奮気味に指示を出したのだった。
「本当に素晴らしい内容です。試験結果に関しては異論はないとして、彼程の知識と才能を持つ生徒をこの学園に収めておくのは勿体無いと感じています。いえ、率直に言いましょう。我々に彼を指導するのは荷が重い」
学長、ガートルード・イヴ・サリヴァンは本日の主題を切り出した。教師に対して些か刺激の強い発言に、室内の空気がざわつく。
「学長。では、王立研究所を勧めるのですか?」
「しかし、あれは貴族の方の推薦が必要ですぞ」
「そもそも…」
口々に言い合っているが、学長の先程の発言を否定する者はいなかった。
学長は何も彼等に教師としての知識量と指導力が不足していると指摘したのではない。他の生徒と隔絶した実力者を放り込んで、安定したクラス運営を維持できるか危惧しているのだ。
教師陣もその事を理解しているため、文句を言いだす者は現れなかった。
が、続く学長の言葉に全てが建前であると悟ることになる。
「研究所?それこそ彼の才能を潰しかねません。…ところで、今年はドーレス先生の勤務形態が非常勤になりましたね」
「ええ、まぁ。御年齢を鑑みて、そのように」
今日もこの会議室の中に話題の人物の姿はない。
「そのためただでさえ教師不足な我が校は、更に個人の負担が大きくなってしまいます」
ここまで言えば皆分かるだろう。
「しかし、それは難しいのでは?いくら優秀でも、いきなり試験を受けて合格するのは無理があります」
「はい。先生の仰る通りです。ですので一年間はこの学園に通ってもらいます。我が校の特殊な制度を用いて…ね」
「なるほど!では、やっと人材を確保出来るのですね」
「来年は娘と旅行に行けるかも…」
「研究の助手が欲しかったんだよねぇ」
「最年少脱却…!」
「連休を、連休を取ってやりますよ。ふふ、ふふふ」
「美しい字。美しい魔術理論。美しい…大歓迎だ」
「三年の引率行かなくていいかも〜えへへへ」
チェスカフォード魔術学園は、学内で貴族の特権が徹底的に廃除されている。故にその受験者の殆どが平民であり、厳しい競争に勝った上位の賢才達のみしか合格出来ない。自然と教師も貴族階級に興味のない者達に限定され…貴族の教師志望は他の学園に、多くの卒業者も割高収入の騎士団や王立研究所へと流れていき、毎年深刻な教師不足に悩まされているのだ。
今現在、魔術をこよなく愛する魔術バカが厳選された結果、変人の巣窟になりつつある。
新人教師が集まらないのはそのせいではないか、という疑惑には、まだ誰も気付いていないのであった。
教師陣を送り出したサリヴァンは、会議室と続き部屋になっている学長室へ移動した。
革製の椅子に腰掛け、机の引き出しをゴソゴソと探る。
取り出したのは二枚の入学志願書だ。
片やどこからどこまでも真っ赤な嘘に染まっており、片やどこまで信じていいのか判断できない経歴が記されている。
この場合どちらのがタチが悪いか微妙である。
前者は第一試験一位のエリノア・スカーレット、後者は第二試験歴代最高点、総合一位のシオ・ナイトリーのものだ。
ただ、エリノアの方は当然といえば当然なのだ。何せ彼女の正体は、三ヶ月前にその死が喧伝されたはずの第一王女・エリザベスなのだから。
サリヴァンはマルテンシュタイン伯爵直々に潜伏先の提供を打診され、この二ヶ月彼女を学園で匿っている。
学園は半球状の結界で覆われており、二ヶ所の出入り口以外からの侵入は不可能。その出入り口でも検閲官による厳正な審査が行われる。(そのおかげで入学試験と入学式は大変混雑するのだが…………)
確かにこの学園内に居れば、危険を未然に防げる確率が高い。
入学して学生生活を送りたいという申し込みには驚いたが、敵の意表を突く妙案だとも思っている。
しかし、シオ・ナイトリーに関しては何も聞かされていなかった。
彼の経歴を遡ると、十五歳までミクベクレンの森で暮らし、受験するためにマルテンシュタイン領にやって来た、と実に簡素である。
問題は「父母、親類」欄の下、後見人の枠内に書かれた名と押印だ。
“レイモンド・ファビウス・シェリンガム=ドラモンド”
貴族家出身のサリヴァンは当然その名を知っていた。
王弟シェリンガム公––––––エリザベス王女の叔父にあたる人物を後見人とする少年が王女と同じ年に入学。関係ないはずがない。
しかし、だとすれば何故態々目立つ行為をするのか。
学園内で王女の件を知っているのは、サリヴァンと教頭のみ。他の教師はエリノア・スカーレットもシオ・ナイトリーも一生徒として見ている。勝手に巻き込んで申し訳なく思うが、何も知らない方が彼らのためという判断だ。
王女側としてもその正体を知る者は少数に抑えたいはず。シオ・ナイトリーが王女の護衛ならば、首席合格などという学園外でも注目される成績を取るだろうか?
中位ぐらいの成績の方が動きやすいだろうに。
そもそもミクベクレンの森と言えば、魔境で有名な場所だ。およそ人の住める環境ではない。そんな森で十五年も暮らしていたと書かれても、到底信じられないのだが……公爵が堂々と後ろ盾を名乗るということは、あまり首を突っ込むなということなのだろう。
別に良いのだ。こちらは知らぬ存ぜぬを通すだけ。
サリヴァンは王女の生存など知らないし、会ったこともない。
痛み始めた頭を軽く振り、別の引き出しから便箋を取り出す。
こう言う時はいつも通りの生活をいつも通り謳歌すべきなのだ。
毎年試験結果が出た後、一人の生徒に直筆の文を書く。
彼女も忙しい身で、中の文章は定型化してしまっている。
(ああ、でも…今年はやっぱりいつも通りとは行かないわね)
先程の教師陣の浮かれ具合を思い返してくすりと笑い、筆を執った。
* * *
当初の予定通り、エリーは三週間別邸で過ごし、その後学生寮に身を寄せた。
シオもエリーが出て行くのと同時に学園付近の宿屋で寝泊まりするつもりだったのだが、事情が変わり三ヶ月経った今も別邸で生活している。
入学試験の際は、エリーは一旦別邸に戻り、シオと馬車に乗って学園に移動した。勿論少し離れた場所で下車し、内部へは徒歩だ。
校舎は真っ白に塗装された壁や鐘楼が、教会や結婚式場を連想させる建物だった。
この中では二日に分けて筆記試験が行われる。魔術学園の入学試験に実技はないのだ。
魔術の実践は安易に試して良いものではなく、私塾に通う者や指導者がいる者以外は中々実技の練習が出来ない。
魔術学園は魔術師を育てるのが目的であり、その間口を狭めてはいけないという訳で、学力のみで判断しているのだ。
育成者側は本気で魔術師を増やしたいのだろう。基礎教育の重要性を分かっている。
とは言え、魔術学園を受験する者の中に、魔術を使ったことがない者はまずいないのだが。
第二試験が終わると、エリーはそのまま学生寮に戻っていった。入学式は寮からこっそり移動するということで、シオとエリーは再び離れ離れだ。
しかし、試験から三週間後、シオは学長直々の手紙で呼び出しを受け、学園にやって来ていた。
なんでも首席合格者は入学式で代表挨拶をする慣習があり、その打ち合わせをしたいとの事だった。
首席合格という結果に周囲は喜び、エリーからも魔道具を通してお祝いの言葉をもらっている。一方ほっとしたというのが、シオの正直な感想だった。入学試験を含め、学園生活でエリーより目立つことが彼の使命だからだ。
エリーは神童と称される程魔術への理解が深く、同年代と比べて頭一つ抜けている。父王が臥せるまで、国内随一の学習環境で育ったのだから当然とも言えるが、潜伏中の身で注目を集めるのは好ましくない。
そのために彼女が試験で手を抜く事を提案したが、シオは真っ先に反対した。
「試験はそれで良いかもしれないけど、学園に入ってからどうするんだ?他の生徒は騙せても、実力を隠している事に気付く教師は必ずいる。却って怪しまれるよ」
と言うのが彼の意見だ。
これには誰にも反論の余地がなかった。
それにエリーは容姿だけでも十分注目の的になる。成績を落としたからといって人の目を集める事に変わりはないだろう。
ならば、シオが彼女よりも注目される行動を取ればいい。その初段階が入学試験でエリーより上位の成績を収めることだった。
エリーはシオの負担になる事を理由に渋ったが、最終的にはどのみち面倒を掛けるのだから本人の言う通りにすべきだと納得した。それに、下手に手を抜いて不合格となったら本末転倒に過ぎる。彼女はそこまで過信していなかった。
取り敢えず幸先良い報せが届いた訳だが、代表挨拶の説明後に投げかけられた話題は予想外なものだった。
「教師への採用…ですか?」
「ええ。貴方の論述は素晴らしい出来でした。その知識と発想性を見込んで是非」
そう答えるのはチェスカフォード魔術学園学長ガートルード・イヴ・サリヴァンである。
まだ三十代前半と思しき細身の女性。この若さで学園を纏める女傑だ。学長室で初対面したシオが驚きを顔に出さなさかったのは、既に顔を合わせているエリーから報告されていたためである。
「高く評価して頂きありがとうございます。しかし、教師になるためには国の試験に合格しなければいけないのでは?」
教員資格試験は年に二回、冬と夏に行われ、冬の試験は終わったばかりのはずである。
「その通りです。勿論今年から勤務してもらうのではありません。一年学園に在籍し、来年冬の教員資格試験を受けて貰いたいのです」
「それでは卒業資格を取得できないと思うのですが…」
疑問を呈するシオにサリヴァンは不敵な微笑を浮かべる。
「あまり知られていないのですが、この学園には“飛び級”の制度があるのですよ」
「そうなのですか。初めて耳にしました。……もしかして三年に飛び級して、一年で卒業するということですか?」
「流石ですね。話が早くて助かります。如何でしょう?権力とは無縁ですが、安定した職ですよ」
確かに就職先としては悪くないだろう。元々教員資格取得を視野に入れていたのだから、全く想定していない職業でもない。学長直々に勧誘されるとは思わなかったが。
「王立研究所には劣りますが、研究環境も整っていますよ」
中々返事をしないシオに焦れたのか、更に言葉を紡ぐ。
しかし、シオは簡単に頷けなかった。彼にはエリーの護衛という重要任務があるし、最初の一年は瞬時に対応できるよう、なるべく彼女の側にいたかったからだ。
「とても有り難いお話ですが、私は…」
「収入はそこそこ良いわよー」
「研究所ダメ。ゼッタイ」
「あそこは別の意味で環境最悪ですよ」
「ここは平和だよねぇ」
「こいこいこいこいこいこい」
部屋の中央奥に座るサリヴァンではなく、その右側の扉から囁くような声が聞こえる。
最後のは呪詛みたいだったが、一応勧誘されているのだろうか。
シオに驚きの表情はない。部屋に入った瞬間から扉に人が固まっている気配を感じていたからだ。むしろサリヴァンの方が虚を突かれたようだった。
「…入学式まで休み無しにしようかしら」
サリヴァンの呟きで一瞬にして静まり返る。数秒経って複数の足音と扉の閉まる音が聞こえると、サリヴァンは息を吐いた。
「失礼しました。先程の事もですが、私の言い方も間違いでした。実はこの学園、生徒数に比べて教師の数が足りていないのです。卒業生の殆どが騎士団や王立研究所に流れてしまい、毎年如何に教員を増やすかが課題になっています。ですから、貴方には私達の学園に来て頂きたいのです」
「…何故私なのでしょうか?」
「資格試験は非常に高難度です。二、三度挑戦するのが当たり前となっています。ですが、貴方なら一度で合格できると考えています」
それはさすがに買いかぶり過ぎだとシオは思う。
「それに、王立研究所はあまりお勧めできません…。シオさんには自由にその才能を伸ばしてほしいのです」
王立研究所の実態は知らないが、サリヴァンが何を危惧しているのかは想像できる。後ろ盾がない者は権力者に潰される可能性があるのだろう。派閥争いなんかもあるのかもしれない。
(ん?でも学長は入学志願書見てるよな。閣下の名前に気付かなかった…訳はないか。完全に後見人の事を無視する気なんだな)
権力乱用を嫌う学園の長らしい考え方に、心の中で苦笑する。
「どうかチェスカフォードに来ていただけませんか?」
本来、学長が一生徒に頭を下げるなどあってはならない事だろう。しかし、それだけ真剣だという証であり、シオにもサリヴァンの本気は伝わっていた。
「学長先生。ありがとうございます。ただ、今すぐにはお返事できません」
「それでは?」
「前向きに検討させていただきます」
「善処します」並みに「(しません)」が付きそうな常套句を使ってしまったが、シオ一人で決定できないからである。他意はない。
「本当ですか?では、一週間後までにお返事を聞かせてください」
「はい」
シオが笑顔で答えたその時、壁越しに「よし!」「こいこいこいこいこいこいこい」という声が漏れ聞こえてきた。
例によってシオに驚きはないが、サリヴァンはギョッとする。
そして、目を細め、
「二人は休みがいらないようですね」
と静かに宣告するのだった。
* * *
学園を出たシオは、マイクロフトの中心街に来ていた。昼にアルドー、ユアンの二人と待ち合わせをしており、それまで街を散策して時間をつぶす予定だ。
彼らとは別邸に滞在していた期間、一緒に武術の稽古をするなどして距離を縮めていた。
さすが第二の王都と呼ばれるだけあって人の流れが激しい。市場まで進むと呼びこみの勢いが増し、値下げ交渉や世間話があちこちで展開されていた。
肉の脂が跳ねる音や小麦粉とバターの香ばしい匂いに、腹の虫が鳴りそうになる。今食べてしまうと昼食が入らないので我慢だ。
衣服や文具の店を冷やかしながら20分程は歩いただろうか。当然といえば当然なのだが、学生向けの商品を扱う露店が多かった。そこがラザ市場との大きな違いだろう。
露店前で次の店を見に行こうと振り返った時、背後を通り過ぎようとしていた青年と軽くぶつかってしまった。
お互い「すみません」「すんません」と言い合い、特に喧嘩に発展する事もなく反対方向に歩いていく。
が、シオは五歩程前に進んだ所で足を止め、身体を百八十度回転させて元の位置に戻る。
ぶつかった青年も同時に到着し、シオより先に口を開いた。
「お、お前なんでいるんだ⁉︎」
青年は籠を担ぎ持ってる腕とは反対の手でシオを指差す。
「はっ!まさか婆さんに聞いて俺を追いかけてきたのか?それはちょっとどうかと…」
言い終わる前にシオは、
「人違いです。失礼します」
と軽く会釈し、青年に背を向けて歩き出した。
「うおぉい。待て待て。悪かった!冗談だって!」
青年は慌ててシオを追いかける。
その様子にシオは溜め息を吐いて振り返った。
「そっちこそ。ここで何してるんだ。クレイグ」
サリヴァン先生が「権力とは無縁」と言っていますが、彼女の影響力は大きいです。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
クリスマスなのにヒロイン不在で申し訳ない…




