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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第31話:屋上の施錠【2/3】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

「……ゲホッ! ゴホッ……!!」

壁際に座り込んでいた小林が、胸をかきむしるようにして激しく咳き込んだ。

首元に巻いたタオルとラップの防具の上から、制服の襟元を口に当てて必死に呼吸を保とうとしているが、その顔色は土気色を通り越して青白く変色し、目からは生理的な涙がボロボロと溢れ出していた。


「小林……!」

葵が駆け寄り、小林の背中をさすった。


「す、すまねえ……葵さん……。煙が……煙が肺に入ってきて……息が……!」


4階の猛火から立ち上る有毒な黒煙と、目に見えない一酸化炭素。

熱気は軽いため、空気の上昇気流に乗って建物の最上部へと一気に集結する。そして、この屋上へと続く非常階段の踊り場は、まさに特別棟の最も高い「天井の吹きだまり」そのものだった。

扉が閉ざされ、密閉された行き止まりの空間。そこに、逃げ場を失った高熱の有毒ガスが急速に滞留し、4人の肺胞を確実に焼き尽くそうとしていた。


蓮は即座に振り返り、屋上扉の南京錠へと懐中電灯の光を当てた。


冷たい真鍮のボディ。

直径1センチの特殊アロイスチール製のシャックル。

そして、裏側に厚さ10ミリの補強鋼板が仕込まれ、大型リベットで扉の表裏からガッチリと挟み込まれた頑丈なハスプ金具。


蓮はサバイバルナイフの刀身の白い応力線を指先でなぞった。

(テコは使えない……。これ以上力をかければ、ナイフの鋼がポッキリと折れて、近接戦用の唯一の刃物を失うことになる)

(ダイヤルの暗証番号は1万通り。総当たりを試す時間は、煙の充満速度を考えれば残されていない)

(手持ちの鉄パイプや槍で叩き壊すことも不可能。打撃音は下層の群れを呼び寄せる自殺行為にしかならない)


物理的破壊の道は、完全に閉ざされていた。

学校の防犯ルールという名の、日常の頑丈なセキュリティ。

それが今、彼らにとって絶対に破ることのできない、死の檻の格子となって立ち塞がっていた。


「開かない……壊せない……そして、下からはあいつらが際限なく這い登ってくる……」

健太の喉から、絶望に満ちた呟きが漏れた。

「前後を塞がれた行き止まりだ……。俺たち、ここで燻製にされて全滅するのかよ……!?」


「日高……頼むから、俺を置いていってくれ……!」


壁際に座り込んでいた小林が、震える両手でコンクリートの床を強く叩き、血を吐くような悲痛な叫びを上げた。

その目からは、煙の刺激によるものだけではない、激しい自責と絶望の涙がとめどなく溢れ落ちていた。


「俺の足さえ動けば……みんなと一緒に、あいつらを蹴散らして下へ逃げることだってできるはずだ! なのに、俺がここにいるせいで、みんなが俺を守るためにこの行き止まりで足を止められてるんだ! 加藤が死んで……篠原さんが死んで……その上、日高や健太や葵さんまで、俺のせいで死ぬなんて……そんなの、絶対に耐えられねえよ!!」


小林の喉が、引き裂かれるような嗚咽で詰まった。

「俺をここに残せ! 俺がこの鉄パイプか槍の1本を持って、ここで奴らを道連れに食い止めてやる! その隙に、3人ならなんとか煙を突き破って逃げられるだろ!? 頼むよ……俺を見捨ててくれよ……ッ!」


「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、小林!!」


健太の怒号が、狭い踊り場に雷鳴のように轟いた。

健太は鉄パイプを床に突き立て、小林の胸ぐらを両手で力任せに掴み上げた。その大きな瞳には、怒りと、それ以上に深い悲痛の炎が燃え盛っていた。


「見捨てる!? 誰が見捨てるかよ! 何のために、加藤がお前を背負ってあの昇降口から逃げたと思ってんだ! 何のために、俺たちが理科室を捨てて、配膳通路を駆け抜けて、家庭科室でお前の足を手当てしたと思ってんだよ!!」

健太の顔面が、小林の鼻先数センチまで迫る。

「お前を置いていくくらいなら、俺は最初からこんなとこまで逃げてきてねえ! お前を生かして連れて帰るって、加藤の魂に誓ったんだよ! 簡単に命を捨てるような口をきくんじゃねえ、馬鹿野郎!!」


「健太くんの言う通りよ、小林くん!」

葵もまた、涙で濡れた瞳を拭うこともせず、強い声で小林の言葉を遮った。

「私たちは4人で1つのチームなの! 誰かが欠けたら、生き残ったって意味がないわ! ここまで全員で命を繋いできたんじゃない! 諦めるなんて、絶対に許さないんだから!」


小林は健太の腕の中で、ボロボロと大粒の涙を零しながら、震える唇を引き結んだ。

「健太……葵さん……ごめん……ごめんな……!」


「いいか、小林」

蓮が静かに歩み寄り、健太の肩に手を置いて小林の正面に立った。

その瞳には、いかなる動揺も、恐怖の濁りも存在しなかった。冬の夜の凍てついた水面のように、恐ろしいほどの静寂と冷徹さが宿っている。


「感情で命を投げ出すな。絶望に身を任せて自己犠牲を選ぶのは、思考を放棄した人間の逃げでしかない」

蓮の声は低く、しかし4人の魂の奥底まで染み渡るような絶対の重みを持っていた。

「父がかつて、俺にこう言ったことがある。

『戦場で最も早く命を落とすのは、臆病者ではない。自暴自棄になって自ら死を選んだ者だ。どんな絶望的な袋小路に追い詰められても、生き残る確率が0.1%でもある限り、頭を回し続けろ。感情の蓋を閉めろ。活路は必ず、論理の先にある』」


蓮の言葉に、健太も、葵も、そして小林も息を呑んだ。

蓮の内に秘められた、元自衛官の父から受け継いだサバイバルの血統。その教えが、極限の死線において、彼らの理性を強烈に繋ぎ止めていた。


「小林、お前を置いていく選択肢は、最初から俺の計算の中に存在しない」

蓮は屋上の扉、そして階段の下層を見据えながら、静かに語りかけた。

「俺たちは全員で生き残る。全員でこの扉を開け、屋上の風を吸い、そして家族の待つ家へと帰る。そのために、俺は今から、この袋小路を打ち破る唯一の『正解』を選択する」


「唯一の正解……?」

健太が眉をひそめ、蓮の横顔を見つめた。

「でも日高、扉の南京錠は壊せねえし、番号も分からねえんだぞ!? 階段の下からはあいつらが迫ってきてるんだ! 一体どうやってこの状況を打開するってんだよ!?」


蓮は、ポケットから小型LED懐中電灯を取り出し、南京錠の真鍮の鍵穴へと光を当てた。


「壊せないなら、開けるしかない」

蓮の唇から、迷いのない言葉が紡ぎ出された。


「開けるって……だから、番号が分からないんだろ!?」

健太が苛立ち混じりに問い返す。


「ダイヤルを回すんじゃない」

蓮は南京錠の底面にある、細いシリンダーの開口部を指差した。

「この南京錠を見ろ。4桁のダイヤル式だが、底面に小さな鍵穴(キースロット)が備え付けられている。……いわゆる『マスターキー対応型』のコンビネーションパドロックだ」


「マスターキー対応型……?」

葵がハッと目を見開いた。


「そうだ。ホテルや学校、企業のロッカーなどで広く使われているタイプだ。普段は生徒や利用者がダイヤル番号で開閉するが、万が一番号を忘れたり、非常時が生じた際には、管理者が『マスターキー』を差し込むことで、ダイヤル番号に関係なく一発で解錠できる構造になっている」


蓮の視線が、暗闇を貫くように鋭く研ぎ澄まされた。

「この南京錠を開けるための、本物の鍵――『マスターキー』が存在する」


「マスターキー……!」

葵の顔に、驚きと希望の光が同時に灯った。

「そうか……! 先生たちが持っている、あの鍵ね! 屋上で授業をしたり、清掃点検をする時に、体育の先生が生徒指導部から借りてきていたあの鍵!」


「そうだ」

蓮は力強く頷いた。

「俺たちの通う県立彩葉第一高等学校において、校内のすべての重要施設――屋上扉、体育館の非常口、薬品庫、そして防災備蓄倉庫の施錠管理は、1箇所に集中して集約されている」


蓮の脳裏に、高校生活の記憶が克明に呼び起こされていた。

放課後、図書委員の当番や部活動の日誌提出で、何度も出入りした本館1階のあの部屋。

壁面に据え付けられた、巨大なスチール製の暗証番号付きキーキャビネット。

そして、教卓の横にある、教務主任や生活指導部長のデスク。


「鍵の保管場所は、1階の『職員室』だ」

蓮のその言葉が落ちた瞬間、踊り場の空気が再び凍りついた。


「しょ……職員室……!?」

健太が絶句し、目を見開いた。

「日高……お前、本気で言ってんのか!? 職員室って言ったら、1階の中央本棟と特別棟が繋がる、ど真ん中の場所だぞ!? さっき本棟が崩落して、グラウンドからも校門からも、数100体もの化け物が雪崩れ込んできたあの場所だぞ!!」


健太の指摘は、まさに致命的な現実だった。

1階の職員室周辺は、今や学校の中で最も危険な「死の底」と化しているはずだった。

本棟の猛火が渡り廊下の防火シャッターを炙り、煙と熱風が吹き荒れ、逃げ惑う最中に感染した教師や生徒たちが密集して蠢く、文字通りの屠殺場。

そこへ自ら戻るということは、わざわざ安全な高所を捨てて、地獄の坩堝へ身を投じる狂気の沙汰に他ならなかった。


「分かっている」

蓮は感情の揺らぎを一切見せず、淡々と状況を分析した。

「職員室へ降りるのが、自殺行為に見えるのは当然だ。だが、健太、葵、小林……よく考えろ。俺たちが今いるこの場所の、現在の『致死率』を計算してみろ」


蓮は指を1本ずつ立てながら、冷徹な論理を積み上げた。

今回の続きは、19:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

面白かった、続きが気になると思っていただけたら、執筆を続ける大きな励みになります。


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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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