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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第29話:音の罠【2/3】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

第1視聴覚室。

そこは、学年集会やスライド授業、映像鑑賞に使われる大型の特別教室だ。室内には防音材が隙間なく施工された重厚な二重の木製防音扉が備え付けられており、窓には分厚い暗幕カーテンが引かれている。さらに、室内には階段状の座席と大型スクリーンの鉄製講壇が存在していた。


「視聴覚室の防音扉は、外からの音を遮断すると同時に、内部で発生した音を猛烈に反響させる構造になっている。……あの中にタイマーを仕掛けて鳴らせば、音は廊下に拡散して減衰することなく、開かれたドアの隙間から廊下へ向けて強烈に噴き出す『音の磁石』となる。階段に溜まっている群れは、吸い寄せられるように視聴覚室の中へとなだれ込むはずだ」


「群れが完全に部屋に入り切った瞬間に、俺たちが外から重い防音扉を閉めて、南京錠で完全にロックするってわけだな!」

健太の言葉に、蓮は力強く頷いた。


「そうだ。だが、この作戦には最大の危険(リスク)が1つある」

蓮のトーンが、さらに低く、重くなった。

「タイマーをセットしてから音が鳴り響くまでのタイムラグ。そして、タイマーを視聴覚室の奥に設置し、安全にこの準備室まで撤退するまでの時間配分だ」


タイマーのセット時間は、3分。

あまり長すぎれば、作戦の準備中に不意の徘徊個体に襲われ、タイマーの位置をズラされる危険がある。逆に短すぎれば、タイマーが鳴り響いた瞬間に、自分たち自身が視聴覚室の真前に取り残され、大群の突進の矢面に立たされることになる。


「タイマーをセットして視聴覚室に設置しに行くのは、俺1人でやる」


蓮の静かな言葉に、葵と健太が同時に息を呑んだ。


「ダメだよ、日高くん! 1人で行くなんて危険すぎるわ!」

葵が思わず蓮の腕を掴んだ。

「万が一、部屋の中に別の感染者が潜んでいたらどうするの!? 私もついていくわ!」


「そうだぞ日高! 俺も行く! 2人なら背中を預け合えるだろ!」

健太も身を乗り出して力強く主張した。


「ダメだ。人数が増えれば、それだけ呼吸音や靴底の摩擦音が倍になる」

蓮は静かに葵の手を外し、自分の左腕の辞書・ラップ防具を指差した。


「視聴覚室へ忍び込み、タイマーを金属バケツの中に配置してスイッチを入れる。……この一連の動作に必要なのは、破壊力や打撃力じゃない。徹底的な【無音潜行】だ。弓道で身のこなしがしなやかな葵でも、2人で動けば影の面積が大きくなる。俺1人なら、廊下の死角を縫って音を立てずに十数秒で設置して戻ってこれる」


蓮の瞳には、一切の迷いも動揺もなかった。他人に命の危険を押し付けるのではなく、最も生還率の高い方法を自らが引き受ける。その冷徹な覚悟が、蓮の佇まい全体から放たれていた。


「健太と葵は、この資料準備室の扉の陰に潜んで待機しろ。小林の周囲を固め、もし予期せぬトラブルが起きた時だけ、俺をカバーしろ。……いいな?」


健太は奥歯をギリッと噛み締め、悔しそうに拳を握りしめた。

「……クソッ。分かったよ。無理すんなよ、日高。ヤバいと思ったら、タイマーなんか放り出してすぐに戻ってこい。俺の鉄パイプで扉を叩き割ってでも助け出すからな」


「私も……十字槍でいつでも援護できるように、扉の隙間から見張っているわ」

葵も、自らの不安を胸の奥へ押し殺し、凛とした表情で深く頷いた。


奥で座っていた小林も、震える手で拳を作り、蓮を見上げた。

「日高……気をつけてくれ。絶対に無事で戻ってきてくれよ……!」


「ああ、すぐに戻る」


蓮は2つのタイマーを手に取った。

1つは、ダイヤル式の金属タイマー。中央のつまみを回して時間を『3分』にセットすると、内部のゼンマイが『チ・チ・チ・チ……』と微小な機械音を刻み始める。

もう1つは、予備の電子音タイマー。こちらも『3分1秒』にセットし、金属ベル音にわずかに遅れて大音量の電子警告音が重なるよう、二重の保険をかけた。


蓮は家庭科室で確保していた『ステンレス製の大型調理用バケツ』の底部に、その2つのタイマーをそっと収めた。

薄いステンレス板でできたバケツの内部に音源を配置することで、金属容器全体がスピーカーのコーンのように激しく共鳴し、タイマーが鳴った瞬間に音がメガホンのように何倍にも拡声される。視聴覚室の内部から廊下へ向けて、強烈な指向性を持った高周波アラームが放射される仕組みだ。


「……タイマー、起動。カウントダウン開始」


ゼンマイが刻む極小のチクタク音が、暗闇の中で静かに始まった。

残り時間、180秒。


蓮は右手に木柄の簡易槍を短く持ち直し、左手でステンレスバケツを抱き抱えた。


資料準備室の引き戸が、ミリ単位で静かに開かれる。

特別棟3階の静寂の廊下。

赤と緑の非常誘導灯がチカチカと不気味に明滅する暗がりへと、蓮は音もなく足を踏み出した。


影から影へ。

靴底に巻いたラップが、コンクリートの冷たいPタイルの上で擦れないよう、蓮は足裏全体で重心を水平に移動させながら進む。呼吸を喉の奥で止め、横隔膜の動きすら殺した完全な無音の歩法。父から叩き込まれた、気配を世界から消し去る技術だった。


10メートル先の中央階段からは、未だに30体を超える感染者たちの重苦しい呻き声と、爪がコンクリートを乱暴に引っ掻く不快な音が反響して聞こえていた。だが、彼らはまだ、自分たちのすぐ背後で恐ろしい【音の罠】が仕掛けられようとしていることに、微塵も気づいていなかった。


蓮は第1視聴覚室の重厚な木製防音扉の前に到達した。

真鍮製のレバーハンドルに手をかけ、ゆっくりと慎重に押し下げる。

『ガチャリ……』

鍵は開いていた。蓮は音を立てずに、わずか数十センチだけ防音扉を内側へと引き開けた。

冷え切った室内から流れ出る、古いカーペットと映画用スクリーンの埃っぽい匂い。

蓮は滑り込むように視聴覚室の内部へと侵入した。


室内は、遮光カーテンによって完全な暗黒に包まれていた。

だが、蓮の脳内には、事前に確認した校内マップの立体図面が鮮明に焼き付いていた。

入口から5メートル奥、傾斜する座席の先にある大型スクリーンの真下――そこに据え付けられたスチール製の講壇。そこが、音を部屋全体に共鳴させ、廊下へ向けて最も効率よく拡散させる最高のポイントだった。


蓮は猫のようなしなやかな忍び足で講壇へと歩み寄り、抱えていたステンレスバケツを、衝撃音を殺しながらそっと天板の上に置いた。

バケツの中で、ゼンマイのタイマーが規則正しく刻み続けている。

『チ・チ・チ・チ……』

残り時間、120秒。


(設置完了……撤退する……!)


蓮が踵を返し、扉へ向かって後退を開始しようとした、まさにその瞬間だった。


『……ギ……ァ……』


視聴覚室の最奥――大型スクリーンの裏側の深い暗闇の中から、ゆらりと1つの黒い影が立ち上がった。


蓮の全身の毛穴が一斉に開き、背筋に氷水を流し込まれたような激しい悪寒が駆け抜けた。


そこにいたのは、逃げ遅れて視聴覚室の中に閉じこもり、そのまま感染して変貌を遂げたと思われる、白衣を着た理科の男性教師の感染者だった。

破れた白衣は真っ黒な血液で汚れ、片方の腕が不自然な方向へと折れ曲がっている。

男性教師の白濁した瞳が、暗闇の中で微かに光り、バケツの置かれた講壇のすぐ横に立つ蓮の生の気配を、正確に捉えていた。


間合い、わずか2メートル。


もし、ここでこの感染者に叫び声を上げられれば、タイマーが鳴る前に、中央階段の30体を超える大群がこの狭い視聴覚室へと一斉になだれ込んでくる。そうなれば、自分自身が作戦の餌食となり、タイマーの設置も全員の脱出計画もすべてが無に帰す。

そして、バケツの中のタイマーのカウントダウンは、すでに残り100秒を切ろうとしていた。


絶体絶命の、静寂の対峙。

蓮の右手に握られた木柄の簡易槍の柄に、ギリギリと死力が込められた。


講壇の上のステンレスバケツの中で、ゼンマイのタイマーが規則正しく極小の金属摩擦音を刻み続けていた。

『チ・チ・チ・チ……』

残り時間、95秒。


大型スクリーンの暗がりから浮かび上がった理科教師の感染者は、白衣を血で染め、片腕を折った異形の姿で、白濁した目をゆらりと動かした。そして、講壇の真横に立つ蓮の生の気配へと焦点を合わせる。


『……ギ……ァ……』


喉の奥の肉が引きつり、今にも廊下全体に届くような狂乱の叫び声が漏れ出そうとした。


(叫ばせるな……! 一撃で脳幹を破壊する……!)


蓮の身体は、思考よりも速く動いていた。

大声を出されれば、タイマーが鳴る前に中央階段の30体を超える大群が、この狭い視聴覚室へとなだれ込んでくる。そうなれば、自分自身が作戦の餌食となり、タイマーの設置も無に帰す。


蓮は右足の踏み込み音すら消す、滑らかなすり足で前へ出た。両手で持った『木柄の簡易槍』の柄を固く握り締め、腰を沈めると同時に、まっすぐ前方へ向けて槍を繰り出した!


『シュッ!』


無音の突刺。裁ちばさみの分厚い鋼刃が、暗がりの中で一閃を描く。


『ズスッ……!!』


刃先は、理科教師の開かれかけた口の奥――顎下の軟骨部を正確無比に貫通した。舌を切り裂き、頭蓋底を砕いて脳幹へ深々と達する。


理科教師の喉から上がろうとしていた叫び声は、声帯が破壊されたことで『ゴボッ……』という血の泡の音へと変わり、一瞬にして四肢の筋肉が完全な弛緩を起こした。


「引き抜く……!」


蓮は刺し貫いた手応えを得たほんの0.1秒後、両腕に一気に力を込め、柄を手元へ引き戻した。


『ポンッ!』


湿った剥離音と共に鋼刃が抜け出ると、理科教師の巨体は糸の切れた操り人形のように、講壇の足元へと倒れ込んだ。蓮は倒れ込む身体を左腕のガムテープ防具で受け止め、床への激しい衝突音すら殺しながら、そっと横たえさせた。


バケツの中のタイマー。

『チ・チ・チ・チ……』

残り時間、70秒。


(撤退……!)


蓮は1秒の猶予も無駄にせず、猫のような音のない足取りで第1視聴覚室の防音扉へと向かって後退した。

今回の続きは、19:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

面白かった、続きが気になると思っていただけたら、執筆を続ける大きな励みになります。


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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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