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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第29話:音の罠【1/3】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

本棟から吹き出す濃密な黒煙と、焦げ臭い化成品の異臭が、特別棟のコンクリート壁の隙間から冷たい夜風に乗って流れ込み、4人の鼻腔を激しく刺激していた。


ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ――ッ!


校内全体に鳴り響く火災報知器の金属音は、配線の焼失によって所々途切れ途切れになりながらも、未だ不快な高音で建物の躯体を震わせ続けている。

本棟3階および4階の窓からは、黒煙と混ざり合った真っ赤な舌のような火柱が噴き出し、校舎の木製フレームや天井裏の断熱材、配線を容赦なく焼き尽くしていた。時折、ドガーンッ! と建物の躯体が熱でへし折れる重い破砕音が響き渡り、そのたびに割れた大量の窓ガラスの破片が、燃える流星の雨となってグラウンドや中庭のアスファルトへと降り注いでいた。火災の猛烈な熱気と有毒な煙は、換気ダクトや渡り廊下のわずかな隙間を伝って特別棟の内部へも確実に侵入を開始しており、空気中には焦げたプラスチック、化成品の焼ける激しい異臭、そして人体が焼ける生臭く脂じみた臭気が混ざり合い、息を吸い込むたびに喉の奥をチリチリと焼くような不快感を残していた。


特別棟1階・第1家庭科室。

頑丈なステンレス製のスライド扉の前に、100キロを超える大型調理台と重厚な鋳物鍋を隙間なく積み上げた即席のバリケード。その強固な金属の要塞に守られた室内で、蓮、健太、葵、そして右足に包帯を巻いた小林の4人は、手に入れた缶詰の食事を終え、出撃の最終確認を行っていた。


小型LED懐中電灯の光量を極限まで落とした微弱な明かりが、4人の引き締まった表情を暗闇の中に淡く浮かび上がらせている。

4人の身体は、制服の上から二重に纏った紺色の厚手デニムエプロンと、首元から手首、足首に至るまでポリエチレン製ラップと太口の布ガムテープで何重にも補強された「即席の防護甲冑」に包まれている。背中には、音を完全に殺してパッキングされた水と食料のリュックサック。

右手には、ホウキの木柄の先端に裁ちばさみの分厚い鋼刃を固定した蓮の『木柄の簡易槍』。葵が胸元に構える両刃の『十字槍』。そして健太が肩に担ぐ、先端に小型包丁を固定した『鉄パイプ戦斧』。それらの刃先は入念に研ぎ澄まされ、薄暗い室内で青白い光を鈍く反射していた。


「……小林、足の痛みはどうだ」

蓮が低く囁きかけると、小林は包帯の上から右足のスネをそっと撫で、力強く頷いてみせた。

「大丈夫だ、日高。葵さんが手当てしてくれたおかげで、ジンジンする痛みもかなり引いた。走ることはできなくても、自分の足でしっかりと歩ける。みんなの足を引っ張ったりしない」


「無理はするなよ、小林。危なくなったら遠慮なく俺の肩に掴まれ」

健太が小林の背中をポンと叩き、頼もしい笑みを浮かべた。

「俺の筋肉はお前を担ぐためにあるようなもんだからな。安心してついてこい」


「よし。これより前進拠点――3階の中央階段前にある『第1資料準備室』を目指す」

蓮は全員の顔を順番に見据えた。

「1階の家庭科室からでは、階段の群れを誘導した瞬間に駆け上がるタイムラグが大きすぎる。だから、まずは配膳用小階段を使って2階へ上がり、北側の連絡階段を抜けて3階の準備室へ滑り込む。あそこを前進拠点とし、小林の安全を確保した上で、タイマーによる【音の罠】を発動させる」


蓮の手際よい指示に、全員が無言で頷いた。

蓮がステンレス扉の鍵を静かに回し、大人が1人滑り込めるだけの隙間を横に開ける。


『スッ……』

4人は影のように1列縦隊となり、家庭科室を抜け出して薄暗い配膳通路へと滑り込んだ。

最後に抜けた健太が扉を完全に閉め、施錠を施す。


外は、冷たい闇と死の臭気が充満する空間。

緑色の非常誘導灯がチカチカと明滅する中、蓮を先頭に、4人は急勾配の配膳用小階段を1段ずつ慎重に登り始めた。靴底に巻いたラップがコンクリートをしっかりと捉え、足音は完全に消去されている。健太が小林の腰を背後から支え、葵が十字槍の切っ先を後方へ向けながら殿を固める。


1階から2階へ。

さらに北側壁面に隠された狭い連絡階段を伝って、3階へ。

息を殺した無音の潜行。やがて4人は、中央階段から約10メートルほど離れた位置にある、木製の引き戸――『第1資料準備室』の前に音もなく到達した。


蓮がレバーハンドルに指をかけ、静かに押し下げる。

『ガチャリ……』

鍵は開いていた。蓮は手招きし、4人は滑り込むように資料準備室の内部へと身を隠した。

戸を完全に閉め、サムターンを回して密閉する。


室内は、埃っぽい古紙の匂いと段ボールの匂いに満ちていた。壁際には古い資料棚や印刷機が並び、外の廊下からの視線を遮る絶好の隠れ家となっていた。

蓮は小林を一番奥のスチール棚の陰に座らせ、葵と健太を呼び寄せた。


「……日高、本当にこれでいけるのか?」


健太が、鉄パイプ戦斧を握る太い指先にグッと力を込めながら、極小の囁き声で蓮の耳元に尋ねた。

「さっき美術室で話していた作戦だが……今度の中央階段の敵の数は桁が違うぞ。踊り場だけじゃねえ、2階の渡り廊下からも化け物が次々と雪崩れ込んできてる。下手に音を立てたら、一気に俺たちが包囲されて逃げ場がなくなるんじゃないか?」


「小鍋を手で叩く音と、これから使う仕掛けには、決定的な違いがある」


蓮の瞳は、暗闇の中で冷徹なまでに冴え渡っていた。

蓮はポケットから、家庭科室から回収してきた2つのタイマー、そして手元に抱えていた『大型のステンレス製調理用バケツ』を静かに床へ置いた。

小型LED懐中電灯の光束が、銀色に鈍く光るバケツと、手のひらサイズのタイマーを白く照らし出した。

1つは、家庭科室の調理実習で使われている『大型のゼンマイ式ダイヤルタイマー』。

もう1つは、大音量アラーム機能がついた電池式の『デジタルキッチンタイマー』だった。


「音の習性……?」

葵が、両手で十字槍を抱え込みながら、蓮の手元を真剣に見つめた。


「ああ。これまでの戦闘と観察で、あいつらの視覚・聴覚の反応パターンが完全に見えてきた」

蓮は、低く、しかし絶対の確信に満ちた声で語り始めた。


「あいつらは、ウイルスの脳幹侵食によって大脳皮質の高等機能を完全に喪失し、視力もほとんど失っている。代わりに、耳から入る音と、鼻で感知する生の血液の匂いに異常なまでに過剰反応する。……だが、人間が手を叩いたり、棒で床を叩いたりした時のような、一発限りの打撃音や不規則な叫び声に対しては、音が発生した最初の数秒間だけ突進してきて、音が止まるとすぐに周囲の匂いや気配を探す徘徊動作に戻ってしまうんだ」


「……確かに」

健太が過去の光景を思い返すように深く頷いた。

「学校の廊下で悲鳴が上がった時もそうだった。誰かが叫んだ瞬間はワーッと集まってくるが、悲鳴が止まると、倒れた奴の肉に群がるか、またフラフラと歩き回ってたな」


「そうだ。単発の音や不規則な音は、あいつらの注意を一時的に引きつけるだけに過ぎない」

蓮は手の中のダイヤルタイマーの金属面を指で軽く突いた。

「だが、このキッチンタイマーが発する音は違う。機械が規則正しく刻む『一定周期の連続音』だ」


ゼンマイがジリジリと回転する金属摩擦音。そして時間が来た時に鳴り響く、『ジリリリリリリリリリ!!』という連続的な高周波のアラーム音、あるいは『ピピピピ! ピピピピ!』という途切れることのない電子警告音。


「あいつらの狂乱した脳神経は、周期的に連続して鳴り続ける高周波音を聴くと、それを完全に『獲物の断末魔の叫び』か『最優先で排除すべき敵の存在』として誤認する。そして、音源が破壊されるか音が鳴り止むまで、その場所へ殺到して麻痺したように群がり続けるんだ。……音に対する強烈な【固執習性】だ」


蓮の論理的な解説に、葵の瞳が驚愕に揺れた。

「音に固執する……。だから、あの校内の非常ベルが鳴り続けている場所にも、ずっと化け物たちが集まり続けていたのね……!」


「その通りだ」

蓮は深く頷いた。

「非常ベルの音は大きすぎて、学校全体の広範囲に散らばっている群れを無差別に引き寄せてしまっていた。だが、この小型のキッチンタイマーなら、音の到達範囲を『特定のフロア、特定の教室』に正確にコントロールできる。……これを使えば、中央階段に溜まっている巨大な群れを、俺たちが狙った別の教室の中へと安全に誘導し、その中に完全に閉じ込めることができるんだ」


「別の教室に誘導して……閉じ込める……!」

健太が不敵な笑みを浮かべ、鉄パイプ戦斧をポンと手のひらに打ち当てた。

「なるほどな! 直接刃物でやり合って体力を削るんじゃなくて、音の罠で化け物の大群を勝手に部屋の中へ歩かせて、外から鍵をかけてしまえば、戦わずに階段を安全に解放できるってわけか!」


「そうだ。これが『音の罠(サウンド・トラップ)作戦』だ」


蓮は資料準備室の床の上に、指先で特別棟3階の平面図をなぞった。

「ターゲットとなる誘き出し部屋は、ここだ。中央階段の向かい側、廊下を挟んで真反対に位置する『第1視聴覚室』を使う」

今回の続きは、13:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

面白かった、続きが気になると思っていただけたら、執筆を続ける大きな励みになります。


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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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