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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第27話:健太の失敗と挽回【1/2】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

特別棟1階・第1家庭科室の密閉された暗闇の中。

分厚いステンレス製のスライド扉と、その内側に横付けされた100キロを超える大型調理台、そして隙間にぎっしりと詰め込まれた鋳物鍋のバリケードが、外界の狂気と殺戮の地鳴りを辛うじて遮断していた。

遮光防炎カーテンで隙間なく覆われた高窓の向こう側からは、本棟を焼き尽くす紅蓮の猛火の地鳴りと、ガラスが破裂する乾いた炸裂音が、重低音となって壁のコンクリートを震わせ続けている。天井裏の配線が焼き切れたのか、あの忌まわしい非常ベルの金切り音も、時折『ブツ……チリチリ』と途切れ途切れになり、校舎全体が巨大な棺桶のように軋んでいた。


だが、この家庭科室の中だけは、数時間にわたる死線と血の臭気から切り離された、奇跡のような静寂が保たれていた。

小型LED懐中電灯の微弱な間接光が、銀色に光るステンレス天板と、そこに並べられた物資の山を淡く照らし出している。


「よっしゃあ! 腹が減っては戦はできぬ、ってな! 俺の怪力にかかれば、こんな缶詰の蓋なんて一瞬でペロッと開けてやるぜ!」


健太が意気揚々と声を張り上げ、デニムエプロンの袖を力強く腕まくりした。

その顔には、先ほどまでの極限の緊迫感を吹き飛ばそうとするような、空元気混じりの明るい笑みが浮かんでいる。手にしたのは、タオルで厳重に消音パッキングされていた調理実習用のサバの味噌煮缶詰。そしてもう一方の手には、調理台の引き出しから見つけ出してきた金属製の缶切りだった。


「健太、大声を出すな。音を立てずに開けろよ」

蓮は木柄の簡易槍を調理台の脇に立てかけ、呆れたように苦笑混じりの注意を促した。


「分かってるって、日高! 俺の指先の繊細さをナメてもらっちゃ困るな。部活の遠征先でも、缶詰開け係はいつもこの俺だったんだからよ。任せとけって!」


健太は鼻息荒くサバ缶を左手でがっしりと押さえ込み、右手に持った缶切りの刃の先端を、缶詰の縁の溝へとあてがった。

グッと親指に力を込め、金属の天板に刃を突き立てようとする。


だが。


健太の右手の指先は、本人の意思とはまったく無関係に、小刻みに、しかし激しく震えていた。

理科室で友人を失った極限の恐怖。何十体もの感染者が扉を破ろうとする阿鼻叫喚の修羅場。そして、配膳通路での死闘において、大柄な女性調理師の頭部へ向かって全力を込めて鉄パイプを振り下ろした時の、骨が粉々に砕け散る生々しい手のひらへの反動。

何時間ものあいだ、死力で金属の棒を握り締め続けていた指の筋肉は完全に硬直し、過剰に分泌されていたアドレナリンが急激に薄れ始めた今、蓄積されていた凄まじい肉体疲労と精神的トラウマが一気に噴き出し、指先の神経のコントロールを奪い去っていたのだ。


「……あれ? おかしいな……おい、指……動けよ……」

健太の額から、タラリと冷たい脂汗が流れ落ちた。

指先が震え、缶切りの刃先が金属の縁の上でツルツルと滑る。焦れば焦るほど筋肉が強張り、思うように力が伝わらない。

丸椅子に座って足の手当てを終えた小林が、心配そうに身を乗り出した。

「健太……大丈夫か? 無理しなくていいぞ。俺が開けようか?」


「だ、大丈夫だっつーの! 小林は怪我人なんだから座ってろ! このくらい、力任せにブスッと一発いけばよ――ッ!」


焦りに駆られた健太が、右腕の筋肉を強引に引き絞り、体重を乗せて缶切りを力任せに押し込んだ、まさにその瞬間だった。


『ツルッ――ガキッ!』


嫌な金属の滑脱音が狭い空間に響いた。

刃先が缶の縁から勢いよく滑り落ち、バランスを崩した健太の右手の親指の付け根が、半分めくれ上がっていた缶詰の鋭利なフチの金属板を、勢いよく擦り抜けてしまったのだ。


「いっ……痛ぇぇぇぇッ!?」


健太が短く悲鳴を上げ、反射的にサバ缶を取り落としそうになる。

ドサリと缶詰が調理台の上に転がり、健太の右手の親指の付け根からは、鮮紅の血液がツーツーと糸を引くように溢れ出し、銀色のステンレス天板の上へポタポタと黒い染みを作って滴り落ちた。


「健太!?」

蓮が即座に反応し、反射的に腰のサバイバルナイフの柄へと手をかけた。外部からの敵襲かと身構えたが、健太が右手を抱えて顔を歪ませているのを見て、瞬時に状況を察知した。


「バカ……! 何やってんだ、お前は!」

蓮は声を潜めながら、呆れ果てたように息を吐き出した。


「わ、わりぃ……! なんか知らねえけど、急に指先が言うこと聞かなくなってよ……滑って思いっきりフチで切っちまった……!」

健太は痛みに顔をしかめ、血が溢れ出る親指の付け根を、咄嗟に口元へ運んで舐め取ろうとした。


「やめろ! 舐めるな!」

蓮が素早く健太の手首を掴み、力任せに制止した。

「口の中の雑菌が傷口に入って化膿する。それに、さっきまで感染者の血や埃まみれの通路を這い回ってきたんだぞ。その手に何が付着してるか分かったもんじゃない。絶対に口に入れるな!」


蓮の厳しい一喝に、健太は「うっ……」と言葉を詰まらせ、血が滴る右手を持て余して情けなく顔を歪めた。


「ああ……クソッ……情けねえ……! 鉄パイプで化け物の頭はカチ割れるってのに、サバ缶1つ満足に開けられねえなんてよ……」

健太は、自分のあまりの不甲斐なさに心底がっかりしたように肩を落とし、泣きそうな顔で呻いた。

「俺の自慢の運動神経が……マジで泣いてるぜ……」


薄暗い家庭科室の片隅に、ポツリとこぼれ落ちた健太のその台詞。

それは、数時間にわたって死の恐怖と流血の惨劇だけに縛り付けられていた彼らの張り詰めた空気を、ほんの少しだけ、だが確実に緩ませるものだった。


「……もう、城山くんたら。こんな時にまでドジを踏んでどうするのよ」


不意に、隣から静かな、しかし深い呆れと温かさを含んだ声が響いた。葵だった。

葵は肩にかけていた非常持ち出し袋を下ろし、手際よくジッパーを開けた。先ほど準備室から見つけ出してきた救急箱のタッパーを取り出し、調理台の上にカチャリと置く。


「見せて。手当てするから、手を動かしちゃダメよ」


「葵さん……わりぃ……」

健太はおずおずと、血に塗れた右手を葵の前に差し出した。


親指の付け根の掌側、皮膚が斜めに2センチほどパックリと切れ込み、そこから生温かい赤黒い血が次から次へと滲み出ていた。傷口自体は骨や太い動脈に達するような重傷ではない。しかし、衛生環境が完全に崩壊したこの状況下において、手先の小さな切創であっても、放置すれば黄色ブドウ球菌などの雑菌が繁殖し、化膿や破傷風を引き起こして高熱を発する恐れがある。この世界で高熱を出すことがどれほど致命的であるかは、彼ら自身が理科室で骨身に染みて理解していた。


「日高くん、綺麗な水をもらえる?」

「ああ、これを使え」

蓮が500ミリリットルのペットボトルのキャップを開け、葵の手元へと静かに水を注いだ。

葵は清潔な流水で、健太の傷口と周囲に付着した血液や汚れを丁寧に洗い流していく。冷たい水が触れるたび、健太は「ひぃっ……!」と小さな悲鳴を押し殺した。


「痛がらないの。綺麗に洗わないとばい菌が入るでしょ」

葵は準備室の救急箱から取り出した消毒液の小瓶を開け、脱脂綿にたっぷりと染み込ませた。

そして、躊躇することなく傷口へと押し当てた。


「ギャッ……!? 痛ぇぇぇぇッ!! 葵、お前……結構容赦ねえな……ッ!」

消毒液の強烈な刺激に、大柄な健太が身体を「くの字」に折り曲げて悶絶した。


「痛くて当然よ。我慢しなさい」

葵は眉ひとつ動かさずに、淡々と言い放った。

「こんなところで傷口が化膿したら、それこそ笑えないんだから。……日高くんにあんなにパッキングの手順や注意点を教えてもらって、これからみんなで生き残ろうって時に、当の城山くんが缶詰で自爆して戦力外通告なんて受けたら、格好悪すぎて涙も出ないわよ」


「ぐうの音も出ねえ……! いや、でもよ、言い訳じゃないんだけどよ……」

健太は痛みに耐えながら、涙目で視線を泳がせた。

「本当に、指が急にプルプル震えちまってさ……。俺の完璧な肉体コントロールに、脳みその指令が届いてねえっていうか……」


「強がらなくていいの」


葵の静かな、澄んだ言葉が、健太の不器用な言い訳を優しく遮った。

葵は消毒液を素早く拭き取ると、滅菌ガーゼを傷口の大きさに合わせて折りたたみ、創傷面へ正確にあてがった。そして、伸縮性のある医療用テープを、慣れた手つきでクルクルと指の付け根から手首にかけて巻きつけていく。


「手が震えるのは……当たり前じゃない。城山くん、ずっとあの重い鉄パイプを誰よりも力強く振って、私たちを最前線で守り続けてくれたんだから」


葵の指先が、包帯を巻く健太の手の甲に触れたまま、微かに止まった。


「それに……理科室での加藤くんのことや、篠原さんのこともあったし……。体だけじゃなくて、心だって限界まで疲れ切ってるのよ。震えないわけがないじゃない。ロボットじゃないんだから」


家庭科室の暗がりの中に、しんとした静寂が落ちた。

今回の続きは、19:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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