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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第26話:包丁と調理器具【2/3】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

「葵と小林は、この非常持ち出し袋を背負うんだ。小林は足への負担を最小限にするため、軽くてかさばる衣類や医療品を中心に詰める。葵は、いざという時に槍を両手で構えやすいよう、ストラップを短めに締めて背中に密着させろ」

「分かったわ、日高くん」

「日高……本当にありがとう。俺も自分の分は自分でしっかり運ぶよ」


バッグの分配が完了すると、次はサバイバルの生命線である「水」の確保と小分け作業に入った。

家庭科準備室の床下収納と備蓄棚には、未開封の非常用保存水ポリタンク(2リットル入りペットボトルが6本、計12リットル)が、ダンボール箱に入った状態で完璧に保管されていた。さらに、先ほど葵が確認した通り、調理台の水道蛇口からは屋上の受水槽に溜まっていた清潔な水道水が勢いよく流れていた。


だが、蓮はダンボールから取り出した2リットルの大型ボトルを、そのままリュックに詰めようとはしなかった。


「日高、そのデカいボトルごとリュックに突っ込めば、手っ取り早くて楽なんじゃないか?」

健太が不思議そうに首を傾げた。


「ダメだ。それは絶対にやってはいけない素人のミスだ」

蓮は首を横に振り、サバイバルにおける流体物理の原則を静かに説いた。

「2リットルの大型ボトルをそのままリュックに入れると、走ったり方向転換したりするたびに、ボトルの中で水が波打って激しい遠心力が生まれる。その液体の不規則な揺れが身体の軸を左右にブレさせ、無駄な筋力とスタミナを猛烈に消費させるんだ。山岳遭難や長距離行軍で最も体力を奪うのは、この『水の揺れ』なんだよ」


「水の……揺れ……!」

健太が息を呑んだ。


「それに、2リットルのボトルは飲み口が大きすぎて、歩行中や暗闇の中で素早く水分補給をしようとすると、口元からこぼれて貴重な水を無駄にするリスクが高い。だから、すべて500ミリリットルの小型ボトルに小分けする」


蓮の指示のもと、葵が家庭科室の食器棚や乾燥ラックから、調理実習用として綺麗に洗浄され、乾燥待ちだった空の500ミリリットル・ペットボトルを15本以上かき集めてきた。


「これに移し替える。準備室にあった漏斗を使うぞ。1滴もこぼすな」


暗闇の静寂の中に、チョロチョロと澄んだ水音が静かに響き渡った。

2リットルボトルの保存水と、シンクから汲んだ綺麗な水を、漏斗を使って500ミリリットルのボトルへと丁寧に注ぎ分けていく。ボトルの口元ぎりぎりまで満水にし、空気をできる限り追い出してからキャップを固く締め上げた。空気が残っていなければ、ボトルの中で水が波打つ音すら完全に遮断できるのだ。


蓮のリュック、健太のデイパック、葵と小林の持ち出し袋に、それぞれ4本から5本ずつ、計2〜2.5リットル(重量にして約2〜2.5キロ)の小分けされた水が均等に配分された。


「次は食料の消音パッキングだ」


蓮は、家庭科準備室の棚から運び出してきた缶詰の山を、ステンレス調理台の上にずらりと並べた。

調理実習用のサバの味噌煮缶、マグロツナ缶、イワシの蒲焼缶、トマトの水煮缶が計24缶。さらに、災害備蓄用として保管されていたアルファ化米(五目ご飯、白飯、チキンライスなど)のパウチパックが数10食分。これらは、極限状況においてこれ以上ないほど贅沢で高カロリーな保存食だった。


「缶詰は栄養価が高く、調理なしで即座にタンパク質と塩分を補給できる最高の食料だ。だが、このままリュックに詰め込めばどうなると思う、健太?」


「え? どうなるって……」

健太が缶詰を2つ手に取り、互いにカチカチとぶつけてみせた。


『カチャ、カチャ……』

乾いた金属の衝突音が、静まり返った家庭科室に微かに響いた。


「それだ」

蓮の鋭い眼差しが健太を射抜いた。

「その僅かな金属の接触音だ。あいつらは視覚を失いかけている代わりに、音と匂いに対して異常なまでの執着と聴覚を発達させている。暗闇の廊下やすぐ横の茂みを通り抜ける時、リュックの中で缶詰同士がカチャカチャと音を立てれば、それだけで四方八方から大群が殺到してくる合図になる」


「う……ッ! 確かにそうだ……! 走るたびに鈴を鳴らして歩いてるようなもんだもんな……!」

健太が青ざめて缶詰を調理台に置いた。


「だから、音の発生源を物理的にすべて殺す」


蓮は調理台の引き出しから、未開封の新品のふきん、フェイスタオル、手ぬぐいを大量に取り出した。

「缶詰を1つずつタオルで隙間なく包み、輪ゴムや布ガムテープで縛って完全に固定する。これで金属同士が直接ぶつかり合うことは一切なくなる。アルファ化米のアルミパックも同様だ。厚手のパウチ袋が擦れ合ってシャカシャカ鳴る音を消すために、タオルの間に挟み込むようにして隙間なくパッキングするんだ」


4人は手分けして、手際よく缶詰を布で包み込んでいった。

一見すると地味で手間の塊のような作業だ。だが、この数ミリの布の層が、夜の闇の中で感染者の群れの鼻先をすり抜ける際、生と死を分ける絶対的な境界線になる。蓮の冷徹で筋の通った解説によって、全員がその重要性を細胞レベルで理解していた。


さらに蓮は、リュックへの荷物の詰め込み方――パッキングの重量バランスについても徹底的な指導を行った。


「パッキングの絶対鉄則は、『重いものは上、そして背中側(身体の中心)』だ」


蓮は健太のデイパックの荷物を実際に配置しながら、その理由を語った。

「人間の骨格と筋肉の構造上、重心を下や外側に配置してしまうと、歩くたびに荷物が後ろへ引っ張られるテコの原理が働き、首、肩、腰の筋肉が常に悲鳴を上げることになる。数キロ歩いただけで、疲労困憊で動けなくなるぞ。だから、一番重い水と缶詰は、背負った時にちょうど肩甲骨の裏側、背骨の真ん中に吸い付くように高く配置する。そして、底の方には予備の衣類やタオルなど、軽くて柔らかいものを敷き詰めてクッションにするんだ」


「なるほど……! 荷物の重さそのものよりも、重心のバランスがスタミナを左右するのか!」

葵が感嘆の声を漏らした。


指示通りにパッキングを終えた健太が、ズシリと重いデイパックを両肩に担ぎ上げ、部屋の端で軽く足踏みとスクワットを繰り返した。

「……すげえ! 日高、これマジですげえぞ!」

健太の顔に驚愕が広がった。

「合計で7、8キロはあるはずなのに、重さを感じねえ! 荷物が身体と一体化してるみたいで、激しく跳ねても全く揺れねえし、音も1ミリもしねえよ!」


「それが正しいパッキングだ。これで、長距離の逃走や急な全力疾走にも耐えられる」

蓮は満足げに頷いた。


「水と食料の準備は完了した。次は、俺たちの生命を直接守るための『武器』と『防具』の本格的なチューニングを行う」


蓮は、調理台の引き出しや器具棚から取り出した数本のステンレス製包丁――大型の牛刀、三徳包丁、そして小型のペティナイフを、懐中電灯の光の下にずらりと並べた。

鋭く研ぎ澄まされた刃先が、暗闇の中で青白い光を鈍く反射している。


「この牛刀……刃渡り20センチ以上あるぞ。切れ味も抜群だ。ナイフ代わりにそのまま握って戦えるんじゃないか?」

健太が大型の牛刀を手に取り、感嘆のため息を漏らしながら刃筋を見つめた。


「ダメだ。それをそのままメイン武器として使うな」

蓮は即座に首を横に振った。

「包丁は調理用の道具であって、戦闘用の短剣じゃない。指を守る鍔(ヒルト)がついていないから、濡れた手や血の付いた手で力任せに突き刺せば、自分の指が滑って刃先へ滑落し、自らの指の腱を深く切り裂くことになる。それに、刃渡り20センチ程度では、感染者の腕のリーチよりも遥かに短い。相手の懐に飛び込まなければ攻撃が届かないということは、それだけ噛まれるリスクを跳ね上げることを意味するんだ」


「う……そっか。刃物を持ってるからって、無敵になるわけじゃないんだな……」

健太が納得したように牛刀を調理台に戻した。


「武器の基本は、あくまで『リーチ』だ。相手の牙や爪が届かない安全圏から、一方的に致命傷を与える。だから、俺の木柄の槍と、健太の鉄パイプがメイン武器であることに変わりはない」

蓮は、調理台の上に置かれていた頑丈な金属製トングや、大型の竹製ターナー、そして小型包丁を手に取った。

「だが、長物には決定的な弱点がある。狭い廊下や曲がり角、室内の出入り口などで相手に極限まで接近された時、あるいは床に押し倒されて組み付かれた時、長物は振り回すスペースを失って完全に無力化するんだ。理科室で加藤が飛びかかってきた時、俺が槍を突けずに苦しんだように、万が一の間合いの崩壊は即座に死を意味する」


蓮は、自らの腰のベルトに差してある、父から譲り受けた頑丈なサバイバルナイフの柄を軽く叩いた。

「だからこそ、相手に組み付かれた時や、足首を掴まれた時に、片手で瞬時に引き抜いて喉元や眼窩を突き刺せる『サブウェポン』が、全員に絶対に必要になる」


蓮は並べられた刃物の中から、刃渡り12センチほどの硬質ステンレス製ペティナイフを2本選び出した。

「健太、葵。このペティナイフをお前たちの腰に装備させる」


「でも日高……刃物をそのままポケットやベルトに挟んだら、走ったり転んだりした時に自分の足や腹を刺しちまうぞ?」

健太が至極もっともな懸念を口にした。


「当然だ。だから、いまから『即席のシース(鞘)』を作る」


蓮の工作技術は、まさに父から叩き込まれたフィールドサバイバルの知恵そのものだった。

家庭科室のゴミ箱の脇にまとめられていた、厚手のダンボール箱の切れ端をカッターで素早く切り出す。刃の幅と長さに正確に合わせて長方形に切り取り、刃先を挟み込むように二つ折りにした。さらに、刃先がダンボールを突き破って飛び出さないよう、底部の先端を内側に二重に折り返して補強する。


「健太、布ガムテープだ。端を押さえてろ」

「おう!」


ダンボールの上から、引張強度の高い布ガムテープを何重にも、隙間なく、そして力任せに強く巻きつけていく。テープの強靭な繊維と粘着剤がダンボールを強固に圧縮し、わずか数分で、プラスチックや革にも引けを取らない頑丈なシースが完成した。


「これをベルトにガムテープで強固に固定する。利き手と逆の腰だ。右利きの健太は左腰、葵も左腰だ。……抜く時は、左手で鞘の根元を上から軽く押さえながら、右手で柄を斜め前へ一気に引き抜け。やってみろ」


蓮は完成した鞘付きペティナイフを、健太と葵の制服のベルトへ、布ガムテープで何重にも巻きつけて固定した。絶対に脱落せず、しかし柄だけはスムーズに抜き差しできる絶妙なクリアランス。


健太が左腰の柄に手を伸ばし、シュッとナイフを引き抜いてみせた。

「おおっ……! すげえ! 引っかかりもねえし、吸い付くように抜けるぞ! これなら、狭い場所で抱きつかれても、1瞬で喉元を抉れる!」


一方、葵は自分の左腰に固定された冷たいナイフの柄に指先を触れ、躊躇うように息を詰まらせていた。

「私は……人を刺す練習なんてしたことないわ……。弓道だって、的を射るためのもので……人を傷つけるためのものじゃないし……本当に、いざって時に使えるのかしら……」

葵の澄んだ瞳が、不安と戸惑いに揺れていた。


蓮は葵の目をまっすぐに見つめた。

「刺すのは最後の最後の手段だ。基本は、そのアルミ槍の長い間合いで敵を近寄らせなければいい。……だがな、葵。お前は自分が思っている以上に強い」


「え……?」


「思い出せ。理科室で、俺が迷いに囚われて加藤の牙に喉を裂かれそうになった時、誰が加藤を弾き飛ばしてくれた? 誰が俺の命を救ってくれた?」

蓮の言葉に、葵は息を呑んだ。

「あの時、お前が横合いから踏み込み、体幹のバネを乗せて繰り出した槍の打撃がなければ、俺はとっくに死んでいた。お前の放った一撃は、どんな屈強な男の攻撃よりも鋭く、正確だった。恐怖に呑まれず、仲間を守るために体が動いたんだ。その強さがお前にはある。……だから、自分を疑うな」


蓮の真摯な言葉が、葵の胸の奥深くに染み渡っていった。

葵はそっと左腰のペティナイフの柄を握り直し、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。

「……うん。分かったわ、日高くん。私、もう迷わない。いざとなったら、自分の命も、みんなの命も、この手で守ってみせる」


葵の瞳から少女らしい迷いが完全に消え去り、凛とした覚悟の光が宿った。


さらに蓮は、2人のメイン武器の改修にも着手した。

葵のアルミ柄の簡易槍。その先端の刃物の反対側に、小型のペティナイフを逆向きに配置し、スチールワイヤーとガムテープで何重にも巻き上げて固定した。突くだけでなく、引き抜く際や横へ払う際にも敵の肉を深く切り裂くことができる「両刃の十字槍」への進化だ。

今回の続きは、19:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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