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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第24話:失われた部屋【3/3】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

『ギシャァァァァァァッ!』


無数の血塗られた影が、壊れた扉を突き破り、理科室の内部へと一斉になだれ込んでくる。理科室は、完全なる屠殺場へと変貌を遂げた。


「見るな! 窓へ走れ!!」


蓮の怒号が、死の狂乱を切り裂いた。

蓮は自作の木柄の簡易槍を両手で固く握り直し、窓際の狭いスペースで足を踏ん張った。左腕のガムテープ防具を前に突き出し、窓枠に向かって退避する仲間たちの前に、完全な「壁」として立ちはだかる。


「葵! 小林を先に窓から出せ! 健太は葵を支えろ!」


「はいっ!!」


葵は一切の躊躇を捨てていた。涙で濡れた顔を拭う間もなく、右足を負傷して床に座り込んでいた小林の腕を自分の肩に回し、力任せに引き上げた。弓道で鍛え上げられた足腰と重心移動の技術が、彼女の華奢な体躯に土壇場の爆発力を与えていた。


「小林くん、窓枠に手をかけて! 屋根へ飛び移るのよ!」


「う、うん……! くそっ……うあぁぁッ!」


小林は右足のスネを包帯でガチガチに固められた激痛に顔を歪ませながら、割れた窓枠のフチへと必死にしがみついた。健太がすかさず小林の腰と尻を下から持ち上げ、外へ向かって強引に押し出す。


「行けぇッ! 小林ぃッ!!」


『ガシャバサッ!』


窓枠に残っていた鋭いガラスの破片が小林の制服を切り裂いたが、彼は痛みすら忘れて外の闇へと身を投げ出した。1メートルほど下にある非常階段のスチール製の屋根へ、小林の身体がドサリと重い音を立てて叩きつけられる。


『ドガーンッ!!』


「出たぞ! 小林は屋根に着地した!」


健太が叫ぶ。


「次、葵だ! 飛べ!」


「日高くんは!?」


葵が窓枠に手をかけながら、振り返って蓮を見た。


「俺が殿だ! 早く行け!!」


蓮の視線の先――理科室の中央では、扉を破った感染者たちの群れが、次の生身の肉を求めて白濁した目を一斉に窓際の蓮たちへと向け直していた。その数、およそ7、8体。床に転がる教卓や人造大理石の実験台の破片を踏み荒らし、血塗られた手を伸ばしながら一斉に突進を開始する。


『キシャァァァァァァッ!』


先頭を奔るジャージ姿の男子生徒の感染者が、床に手足をつけた獣のような異常な躍動で、蓮の間合いへと飛び込んできた。


(引きつけて……1瞬で突く……!)


蓮の脳内は、極限の緊張状態の中でも恐ろしいほどの冷徹さを保っていた。恐怖を感情として処理する余裕はない。あるのは相手の動きの軌道、間合いの計算、そして自作の槍の耐久性と刺突角度の弾き出しだけだった。


蓮は腰を深く落とし、木柄の槍を直線的に繰り出した。


『シュッ!』


裁ちばさみの分厚い鋼刃が、暗闇を1線に切り裂く。


『ズドスッ……!!』


重い穿刺音が響き、刃先がジャージ姿の感染者の顎下から眼窩の奥――脳幹へと正確に突き刺さった。感染者の身体が、槍の先端で固定されたかのように1瞬静止する。


「引き抜くっ……!」


蓮は手応えを感じた瞬間、両腕の筋肉を爆発させて柄を手元へ引き戻した。


『ポンッ!』


肉と骨が離れる湿った音が鳴り、鋼刃が抜けると同時に黒い血液が理科室の天井へと飛散する。ジャージの感染者が床へ崩れ落ちるのと同時に、2体目の教員感染者が左右から挟み込むように手を伸ばしてきた。


「甘ぇんだよぉッ!!」


横合いから飛び出した健太の鉄パイプが、1閃を描いて振り抜かれた。


『バガァァンッ!!』


強烈な金属打撃音が理科室に轟く。健太の渾身の横振りが教員感染者の側頭部を捉え、その頭骨を粉々に粉砕した。教員の身体が真横へと吹き飛び、壁に据え付けられていた黒板へと激しくぶつかって砕け落ちる。


「健太! 飛べ!!」


蓮が叫び、倒れた感染者の身体を足で蹴り飛ばして後退した。


「おうっ!!」


健太は鉄パイプを先に窓の外の屋根へと投げ込み、自らも窓枠へと身を乗り出した。2階の高窓から、躊躇することなくその巨体を外の暗闇へと躍らせる。


『ドスッ!!』


屋根が大きく軋む重い着地音。


「日高! 入ったぞ! 来い!!」


外の闇から健太の叫びが届く。残されたのは、蓮1人だった。


理科室の内部は、完全な死の底と化していた。最初に理科室を「要塞」として構築した時に積み上げた教卓、耐薬品性の実験台、器具棚、キャスターロックの丸椅子。それらすべてが荒らされ、破られ、血と吐瀉物、そして割れた試薬瓶の液体によって汚されていた。

かつて自分たちが生き残るために知恵を絞り、汗を流して作り上げた完璧な安全地帯。それが今、内側から崩壊し、無数の怪物たちが蠢く地獄の坩堝へと成り果てていた。


『アガァァァァァァッ!!』


残る3体の感染者が、倒れた仲間の屍を踏み越えて、一斉に蓮の喉笛へ向かって飛びかかってきた。爪の割れた指先が、蓮の鼻先数センチの距離まで迫る。


(さらばだ……俺たちの理科室)


蓮の胸の中で、静かな決別が完了した。


蓮は右手に握った木柄の槍を、迫り来る感染者の顔面に向かって思い切り1閃して牽制すると、そのままくるりと身体を反転させた。窓枠に左手をかけ、破れたガラスのフチを蹴りつけるようにして、外の闇へと身体を躍らせた。


『ババッ!!』


浮遊感。夜風が一気に全身の汗を冷やし、理科室内の濃密な血の匂いが薄れていく。


直後。


『ドスンッ!!』


蓮の靴底が、非常階段の屋根のスチール板を強く叩きつけた。衝撃が膝と腰を突き抜けたが、蓮は上手く身体を前傾させて受け身を取り、そのまま屋根の上を滑るようにして立ち上がった。


『ガシャガシャガシャッ!!』


2階の窓枠から、追いついた感染者たちの手が一斉に突き出され、窓枠のガラス破片を乱暴に叩き割る音が響いた。しかし、彼らの手の届く距離に、もはや人間は存在しなかった。


「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」


蓮は呼吸を整えながら、サビついたスチール屋根の上で立ち上がった。隣には、鉄パイプを握り直した健太。アルミ柄の槍を抱え、必死に蓮の無事を確認しようと目を輝かせる葵。そして、屋根の上に座り込み、負傷した右足を庇いながら荒い息を吐く小林。


4人とも、生きている。


「みんな……無事だな!?」


蓮が確認する。


「おう! 骨も折れてねえ!」


健太が力強く頷く。


「私も大丈夫! 日高くん、怪我はない!?」


葵が心配そうに蓮の身体を確かめる。


「ああ、問題ない」


蓮は窓の上を見上げた。

破られた第1理科室の窓。そこからは、今も非常ベルの不快な金切り声と、室内で蠢く無数の感染者たちのうめき声が漏れ出していた。黒い遮光シートが引き破られたことで、理科室の内部からは本棟の火災の赤い照り返しがぼんやりと透けて見え、そこに群がる怪物たちのシルエットが巨大な影絵となって映し出されている。


安全地帯は、完全に消えた。自分たちが数時間、命を繋ぎ止めるための拠点としていた場所は、もう存在しなかった。学校という巨大な構造物そのものが、いまや巨大な死体の山であり、怪物たちの巣窟と化している。


「……日高、これからどうする!?」

健太が、屋根の手すり越しに下方の暗がり――1階の裏庭を指差した。

「あそこのフェンスの破れ目から、外の街へ逃げるか!?」


小林も痛む足を押さえながら、期待のこもった目で蓮を見上げた。

「俺……走れないけど、みんなに肩を貸してもらえれば……なんとか外へ……!」


だが、蓮は手すりに身を乗り出し、眼下に広がる裏庭と、その向こうのバイパス道路を冷徹な視線で見下ろした。

そして、即座に首を横に振った。


「ダメだ。外へは出られない」


「な……なんでだよ!?」

健太が目を見開いた。


「見ろ、裏庭の様子を」

蓮の声は低く、氷のように鋭かった。


健太と葵、そして小林が息を呑んで裏庭を見下ろした。

理科室が崩壊した際の凄まじい絶叫とガラスの爆砕音。それに引き寄せられ、本棟の昇降口やグラウンドを彷徨っていた無数の感染者たちが、津波のように裏庭へと集まってきていたのだ。

ツツジの植え込みの陰、クスノキの巨木の根元、そして弓道場の周囲。

そこには、すでに数10体を超える血まみれの影が蠢き、フェンスの破れ目へ続くルートを完全に塞いでいた。


「それに、もう1つ決定的な理由がある」

蓮は自分の背中のリュックサックを軽く叩いた。

「水と食料だ。理科室に置いてあったポリタンクも予備の食料も、あの乱戦で全部室内に置き去りにしてしまった。今の手持ちは、俺のリュックの僅かな水とカロリーメイトだけだ。この状態で外へ飛び出せば、コンビニもスーパーも壊滅している街の中で、小林の怪我を抱えたまま確実に飢えと渇きで全滅する」


「じゃあ……俺たちはどうすりゃいいんだよ! 屋根の上だって、いつまでもいられねえぞ!」

健太の焦燥に満ちた問いかけに対し、蓮の視線はすでに、建物の壁面に沿って走る『唯一の突破口』を正確に捉えていた。


この非常階段の屋根から、目と鼻の先――特別棟の北側壁面。

そこに、普段は一般生徒の立ち入りが禁じられている、幅1メートルほどの狭い『配膳用搬入ドア』の踊り場が見えていた。


「配膳用階段を使う」

蓮の力強い言葉が、夜の闇に響いた。


「配膳階段……!? あの給食用に使われてた、狭い裏階段か!?」

健太がハッと息を呑む。


「そうだ。あの狭い階段なら、感染者の群れに囲まれることなく、1対1で迎撃しながら1階へ降りられる。そして、給食搬入用の裏通路を突っ切れば――特別棟1階の最奥にある『第1家庭科室』へ、廊下を通らずに直接回り込める!」


「家庭科室……!」

葵の瞳に、パッと希望の光が宿った。

「あそこなら、調理実習用の缶詰や乾麺、大型保存水がたくさんあるわ! 準備室には災害備蓄用のアルファ化米も保管されているはずよ!」


「武器も手に入る。包丁や頑丈な調理器具を確保し、装備を立て直すんだ」

蓮は槍のグリップを固く握り直した。その瞳には、理科室を失った悲壮感など微塵もなかった。あるのは、生き残るために最善の手を打ち続ける、リーダーとしての絶対的な覚悟だけだった。


「配膳通路から家庭科室へ退却し、物資を補給して新たな拠点を確保する! ……全員、俺に続け!」


蓮の号令が、仲間の絶望を打ち砕いた。

4人は互いに強く頷き合い、サビついたスチール屋根の上から、次なる希望の地――家庭科室へと続く配膳用ドアを見据えた。

次の話は、翌日7:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

面白かった、続きが気になると思っていただけたら、執筆を続ける大きな励みになります。


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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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