第24話:失われた部屋【2/3】
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「ぎゃああぁぁぁぁぁっ! 首が! 首がぁぁぁっ! 助けて! 日高! 城山ぁぁぁっ!!」
さっきまで蓮たちに激しい殺意と疑心の目を向け、加藤を殺したと責め立てていた男子生徒が、今度は血の泡を吹きながら、狂ったように助けを求めて絶叫した。
彼の首筋からは、頚動脈を噛みちぎられた鮮血が噴水のように吹き出し、開いた扉の木枠と理科室の床タイルを真っ赤に染め上げていく。
女子生徒の感染者は、男子生徒の喉笛を喰いちぎりながら、その白濁した目を狂おしく見開き、口内に溢れる血を撒き散らして肉を貪り食らった。
「嫌……嫌ぁぁぁっ!!」
一緒に外へ逃げ出そうとしていた別の女子生徒が、目の前で繰り広げられた凄惨な捕食劇に腰を抜かし、理科室の床の上にへたり込んで叫び声を上げた。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
もう1体の体育教師の感染者が、倒れた男子生徒の身体を踏み越え、開かれた扉の隙間から理科室の内部へとその巨体を滑り込ませてきたのだ。
『アガァァァァァァッ!!』
白衣の胸元を血で染めた体育教師の感染者は、床にへたり込んでいる女子生徒の髪の毛を力任せに掴み上げると、開かれた顎を彼女の無防備な顔面へと突き立てようとした。
「葵! 右を押さえろ!」
蓮の叫びが、破綻した理科室の空間を切り裂いた。
蓮は迷わなかった。
パニックを起こして勝手にバリケードを崩し、自滅していった仲間に対する情念や躊躇は、彼の脳内から完全に削ぎ落とされていた。
あるのは、いまこの瞬間に理科室内へ雪崩れ込んできた死の暴風から、自分と、葵と、健太、そして動けない小林の命を守り抜くという冷徹な生存計算だけだった。
蓮は1歩強く床を踏み込み、右手に持った木柄の簡易槍を、体育教師の感染者の顔面へ向けて直線的に突き出した。
『シュッ!』
裁ちばさみの分厚い刃先が、空気を切り裂く。
『ズチャッ!』
刃先は、体育教師の感染者の右の眼窩――眼球の奥の薄い骨を正確に貫通し、脳幹へと達した。
体育教師の巨体が、ガクンと膝から崩れ落ちる。
「引き抜く……!」
蓮は手応えを感じた瞬間、両腕の筋肉を爆発させて槍を手元へ引き戻した。
刃先が頭骨から抜け出ると同時に、黒い血液が理科室の壁へ飛散する。
さらに、その背後――血の海から立ち上がった感染者・篠原が、狂乱の咆哮を上げて蓮の背後へと飛びかかろうとしていた。
「日高くん、後ろッ!!」
葵が叫び、アルミ柄の簡易槍を両手で力任せに薙ぎ払った。
『ガァンッ!!』
アルミシャフトの強烈な打撃が、飛びかかった篠原の側頭部を捉え、その突進を実験台の陰へと叩き落とす。
「健太! 実験台を戻せ! 扉を閉めるぞ!」
「おうっ!!」
健太が鉄パイプを床に置き、押し滑らされていた大型実験台の端に手をかけた。
全身の背筋と脚力を限界まで絞り出し、力任せに実験台を前へと押し戻そうとする。
だが、1度破られた「安全」は、そう簡単に取り戻せるものではなかった。
『ジジジジジジジジジジ――ッ!』
非常ベルの金属音が、扉が開いたことによって直接理科室内に届き、室内全体を狂った音響の檻へと変えていた。
そして廊下の奥からは、男子生徒の死に際の悲鳴と血の匂いに引き寄せられた無数の足音が、地鳴りのような響きとなって近づいてきていた。
『ズズズズズズ……ッ!』
『アァァァァ……! アガァァァッ!!』
暗い廊下の屈曲部から、次々と姿を現す血まみれの影。
5体、8体、10体――。
本棟の火災から逃れ、特別棟の廊下を彷徨っていた感染者たちの群れが、開かれた理科室の扉を「新たな狩場」と認識し、津波のような勢いで押し寄せてきていた。
「ダメだ……! 多すぎる! 扉が閉まらない!」
健太が絶叫した。
先ほど倒された男子生徒の身体と、女子生徒を襲った感染者の巨体がスライド扉のレールに引っかかり、扉を完全に閉め切ることができなくなっていたのだ。
隙間は、およそ50センチ。
その隙間から、迫り来る感染者たちの血塗られた手が、何本も何本も理科室の内側へ向かって突き出されてくる。
『ガシャガシャガシャッ!!』
爪が割れ、指骨が露出した手が、理科室の空気を掴み取ろうと乱暴に蠢く。
「理科室は……もうダメだ!」
蓮は、冷静に言い切った。
彼の瞳に、諦めや絶望の色はなかった。あるのは、状況の完全な変化を受けた、次の脱出プランへの即座の切り替えだった。
「安全地帯は消滅した! ここを捨てる!」
「え……!? ここを捨てるって……どこへ逃げるんだよ!?」
へたり込んでいた小林が、血の気の引いた顔で叫んだ。
「窓だ!」
蓮は、理科室の奥――黒い遮光シートで覆われた大型の高窓を指差した。
「廊下からの脱出は不可能です! 群れに挟まれる! 遮光シートを引き破って、窓から外の非常階段の屋根へ飛び移る! そこから退却路を切り拓くんだ!」
蓮の決断は、電光石火だった。
1度崩壊したバリケードを立て直す時間はない。廊下は感染者の群れで埋め尽くされつつある。
ならば、この理科室という行き止まりの箱の中から唯一残された脱出口――外界へ続く「窓」を破る以外に、彼らが生き残る道はなかった。
「葵! 遮光シートを引き剥がせ! ガラスを叩き割る!」
「はいっ!!」
葵が素早く前に出る。
窓全体を覆っていた黒いビニールシートの端を掴むと、全身の体重をかけて力任せに引き剥がした。
『バリバリバリバリッ!』
ガムテープが剥がれる激しい音が響き、黒いシートが床へと舞い落ちる。
その瞬間。
窓の向こう側に広がる「外界の惨劇」が、月光と炎の赤い光と共に、理科室内へ一気に雪崩れ込んできた。
燃え盛る本棟の巨大な火柱。夜空を赤く染め上げる黒煙。そして、学校の敷地全体を埋め尽くす感染者たちの地鳴りのような咆哮。
自分たちが閉じこもっていた理科室という箱が、いかに脆弱で、いかに狭い「束の間の安全」に過ぎなかったのかを、その光景が容赦なく突きつけていた。
「健太! 鉄パイプでガラスを割れ!」
「おおおぁぁぁッ!!」
健太が鉄パイプを両手で振りかぶり、窓ガラスの中央へ向かってフルスイングで叩きつけた。
『ガシャアァァァァンッ!』
澄んだ破壊音が響き、厚手の窓ガラスが粉々に砕け散った。鋭いガラスの破片が、夜風に乗って理科室の床へと飛び散る。
窓の外には、2階の窓枠からわずか1メートルほど下に、非常階段の踊り場のスチール製の屋根が広がっていた。
「脱出だ! 1人ずつ跳べ!」
蓮が叫ぶと同時に、理科室入口のスライド扉が、外から押し寄せる感染者たちの凄まじい体圧によって『バリバリッ』と木枠ごと砕け散った。
今回の続きは、19:10の投稿になります。お楽しみに!
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