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残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―  作者: solune
第1部:学園脱出と日常の崩壊

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第24話:失われた部屋【1/3】

おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ――ッ!


特別棟2階・第1理科室の天井に設置された非常放送スピーカーから、鼓膜を力任せに打ち砕くかのような非常ベルの金切り音が、休むことなく注ぎ込まれ続けていた。

窓の全面を分厚い遮光シートとカーテンで覆い尽くした室内は、外の世界の地獄を遮断した完全な閉鎖空間。そこに身を潜める者たちにとって、唯一命を繋ぎ止めるための「安全地帯」であるはずだった。

だが、重厚な木製スライド扉と、その内側に築き上げられた人造大理石の実験台、重量のある教卓、そして床との間に楔として打ち込まれた木製丸椅子のバリケードは、いまや内側から立ち上る凄惨な死の臭気と、内外から押し寄せる狂気によって、崩壊の時を迎えようとしていた。


床一面を赤黒く染め上げていたのは、先ほど蓮の簡易槍によって脳幹を貫かれ、完全に息絶えた加藤の頭部から流れた血液、そして彼が貪り食らった篠原の首筋から噴き出した大量の鮮血だった。

理科室の冷たいPタイルに広がった激しい血溜まりは、実験室特有の薬品臭や塩素系漂白剤のツンと鼻を刺す刺激臭と混ざり合い、逃げ場のない閉鎖空間の中に、息が詰まるほど重苦しい鉄錆の異臭を充満させていた。


「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! ここにいたら死ぬ! 加藤だけじゃない、みんなあの化け物になるんだ!」


部屋の奥、薬品棚とガラス器具の収納戸棚の陰でガタガタと全身を激しく震わせていた男子生徒が、正気を失った絶叫を上げた。

加藤が腕の噛み傷を隠し通そうとし、やがて猛烈な高熱と共に血を吐いて発症したこと。そして、心配して駆け寄った篠原の首元を噛み裂き、最後は蓮の手作りの簡易槍によって頭部を貫かれて絶命したこと――その一連の凄惨極まる地獄絵図を至近距離で目撃した生存者たちの精神は、すでに限界を遥かに超えて崩壊しかけていた。


さらに、彼らの理性を完全に粉砕したのは、加藤の死の直後に起きた、もう1つの悪夢だった。

加藤に頚動脈を噛み破られ、血の海に倒れ伏していた篠原。彼女の身体が不気味に痙攣し、首の骨を人間にはあり得ない角度へと軋ませながら、白目を剥いて新たな感染者として立ち上がろうとしているのだ。


1度生じた疑心暗鬼は、暗闇の理科室の中で猛毒のように広がっていく。

自分たちを外の狂気から守ってくれていたはずの理科室。その完璧に思えた要塞が、内側に潜んでいた感染者の発症によって、1瞬にして「逃げ場のない屠殺場」へと姿を変えたという冷酷な現実が、逃げ込んできた者たちの生存本能を根底から狂わせていた。


「落ち着け! 大声を出すな! 外の奴らに気付かれるぞ!」


健太が、手にした鉄パイプを固く握り締めながら、パニックを起こしかけている生徒たちに向かって必死に怒号を飛ばした。

だが、極限状態に陥った人間の群衆心理において、冷静な制止の声は何の意味もなさなかった。1度「ここは危険だ」「ここに留まれば殺される」という盲目的な恐怖が頭を支配してしまえば、論理的な思考も合理的な判断も簡単に吹き飛んでしまう。


「嘘だ! 日高も、城山も、水島も、いつ化け物になるか分からないだろ! 加藤だってさっきまで普通に喋ってたんだぞ!? 篠原さんだって、あっという間に化け物になっちまった! お前たちだって、すでにどこか噛まれてるのを隠してるんじゃないのか!?」


叫んだのは、加藤や小林とともに廊下から逃げ込んできていた別の男子生徒だった。

彼の目は真っ赤に血走り、涙と鼻水、そして冷や汗でドロドロになった顔を激しく歪ませながら、手近にあった木製の脚立を狂ったように振り回し、蓮たちへ突きつけてきた。その隣にいた女子生徒も、恐怖のあまり過呼吸を起こし、喉をかきむしりながら床で悲鳴を上げている。


「やめてよ! 日高くんたちは私たちを助けてくれたのよ!?」


葵が、アルミ柄の簡易槍を低く構えたまま、毅然とした声で叫び返した。

彼女の握る槍の切っ先はブレてはいなかったが、その背中には、自分たちが命がけで守ろうとした仲間から向けられる激しい猜疑心と敵意への、深い痛ましさが滲んでいた。


「助けてくれた!? 加藤を殺したじゃないか! 篠原さんを見殺しにしたじゃないか! 次は誰なんだよ! 小林か!? 俺たちか!? ちょっと熱が出たり、ちょっと震えたりしたら、またそうやって槍で刺して殺す気だろ!!」


「違う! 加藤はもう人間じゃなかった! 篠原さんも首を噛まれて感染したんだ! 分かってくれよ!!」


健太が悲痛な叫びを上げ、前へ出ようとした。だが、蓮が左腕の辞書防具を前に突き出し、静かにそれを制した。


蓮の瞳は、まるで冬の夜の凍てついた湖面のように、恐ろしいほど静まり返っていた。

右手に握りしめた簡易槍の先端の鋼刃には、先ほど加藤の頭部から引き抜いたばかりのどす黒い血液が、まだ乾ききらずに生温かい粘りを残して付着している。


(……ダメだ)


蓮の脳内では、感情の起伏を一切排した冷酷な計算が、凄まじい速度で答えを弾き出していた。


パニックを起こした生存者は、感染者と同じくらい、時にはそれ以上に危険な存在になる。

父がかつて口にしていた言葉が、鋭い刃となって脳裏に蘇る。

『非常時において、最も恐ろしいのは敵ではなく、パニックを起こした味方だ。理性を失った人間は、恐怖から逃れるためなら、集団全体を道連れにする破壊行動を平気で引き起こす』


言葉での説得は、もはや不可能だった。

彼らの頭の中には、「この閉鎖空間=死」「外=逃げ場所」という、現実とは完全に真逆の短絡的な認識が出来上がってしまっている。

外の廊下がどれほどの地獄なのか、非常ベルの金属音と血の匂いに引き寄せられた無数の感染者たちがどれほど廊下にひしめき合っているかを説明したところで、恐怖で思考停止に陥った脳にはそれを受け入れる余白など残されていなかった。


「おい、やめろ! バリケードに触るな!」


蓮の鋭い静止の声が飛んだ時には、すでに遅かった。


狂乱した男子生徒と、それに同調した女子生徒が、スライド扉の前に積み上げられていた重量数100キロの教卓と人造大理石の実験台へ向かって、猛然と飛びついていた。


「開けろ! こんな血生臭い部屋、1秒も居たくない! 外へ逃げるんだ!」


「やめろ、馬鹿野郎!!」


健太が鉄パイプを握り直して駆け寄ろうとした。

だが、死への盲目的な恐怖に駆られた生徒たちの筋力は、火事場の馬鹿力となって想像を絶する破砕力を発揮した。

床と教卓の間に深く打ち込まれていた木製丸椅子の楔が、ガタガタと激しい音を立てて強引に引き抜かれ、滑るように床を転がっていく。続いて、実験台のキャスターロックが力任せに蹴り飛ばされ、床に固定されていた突っ張り構造が1瞬にして崩壊した。


『ズズズズズズズズッ!!』


重厚な人造大理石の天板を持つ実験台が、耳障りな擦過音を響かせて後ろへと押し滑らされた。

その衝撃によって、扉の真前に横付けされていた教卓が大きく傾き、スライド扉の木枠との間に作られていた「体圧分散の壁」が完全に失われてしまう。


「ああ……ああああっ!! なんてことを……!」


小林が、包帯の巻かれた右足を抱えながら絶望の叫びを上げた。

自分たちがこの理科室を「要塞」とするために注ぎ込んだ努力と知恵のすべてが、恐怖に狂った仲間たちの手によって、わずか数10秒のパニックの中で無残に瓦解していく。


『ガラガラガラガラッ!!』


重いスライド扉が、男子生徒の手によって力任せに横へと開け放たれた。


「開いた! 外へ出られるぞ!!」


「待て! 出るな!!」


蓮が怒号を上げた。

だが、その声は、扉が開かれた瞬間に一気に雪崩れ込んできた「外界の圧力」によって掻き消された。


開け放たれた30センチ、50センチ、1メートルの隙間。

そこから理科室の室内へ流れ込んできたのは、夜の冷気などでは断じてなかった。

それは、本棟の炎が焼き尽くす化学薬品と焼けた建材が放つ猛烈な臭気、耳を劈く非常ベルの金切り声、そして――扉のすぐ向こう側で息を潜めていた「狂気の捕食者たち」の生臭い血の匂いだった。


『ギシャァァァァァァァァッ!!』


扉が開いたほんの0.1秒後。

暗い廊下の陰から、待ち構えていたかのように2体の影が飛び出してきた。


1人は、制服の胸元を真っ赤に染め上げた女子生徒の感染者。

もう1人は、首の骨が不自然な90度に折れ曲がった体育教師の感染者だった。


彼らは、非常ベルの金属音と、理科室内部から漏れ出てきた加藤や篠原の血の匂い、そしてパニックになった生徒たちの叫び声によって、すでに扉のすぐ目の前まで引き寄せられていたのだ。

バリケードという絶対の防壁が取り払われた瞬間、彼らにとって目の前に現れたのは、鍵のかかっていない「食料庫の扉」以外の何物でもなかった。


「ひっ……!? いやあぁぁぁぁぁぁっ!?」


真っ先に外へ逃げ出そうと扉を押し開けた男子生徒の喉元に、女子生徒の感染者が蜘蛛のような凄まじい跳躍で飛びかかった。

爪の割れた血塗られた指先が男子生徒の制服の襟ぐりを掴み、そのまま勢いを殺さずに廊下の床へと押し倒す。


『ガブリッ……!!』


生々しい、肉が抉れ飛ぶ嫌な音が理科室の入口に響き渡った。

今回の続きは、13:10の投稿になります。お楽しみに!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

面白かった、続きが気になると思っていただけたら、執筆を続ける大きな励みになります。


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これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!

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