第20話:ノックの音【2/3】
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「ひっ……!? 日高くん!?」
扉の隙間にへばりついていた女子生徒――篠原が、顔を涙と鼻水で濡らしながら、驚愕の表情で蓮を見上げた。制服は破れ、膝は泥まみれだったが、その瞳には助かったという狂おしいほどの歓喜が溢れていた。
「喋るな! 入れ!」
蓮は篠原の襟首を掴み、力任せに理科室の内側へ引きずり込んだ。
「きゃっ……!」
篠原が床に倒れ込む。すかさず葵が彼女の体を抱き寄せ、奥へと引き下がらせた。
「次! 小林、加藤! 急げ!」
続いて滑り込んできたのは、男子生徒の加藤だった。加藤は息を乱し、大量の汗を流しながら、右足を引きずる小林の体を肩で必死に支えていた。
「日高……城山……! 助けてくれ! 小林が……小林が走れないんだ!」
加藤が泣き叫びそうになるのを、健太が手を伸ばして胸ぐらを掴み、強引に引きずり込んだ。
「静かにしろ! 音を立てるな!」
健太が加藤の口を大きな手で塞ぐ。
最後に、右足から大量の血を流した小林が、激痛に顔を歪ませながら隙間へと体を滑り込ませてきた。
「アガァァァァァァッ!!」
その直後。廊下の曲がり角から、追いついてきた4体の感染者たちが獲物の姿を捉え、喉を震わせて咆哮を上げた。先頭の感染者――首の骨が不自然に曲がった男子生徒が、猛烈な脚力で廊下のコンクリートを蹴り、開いた30センチの隙間へと飛びかかってきた。
間合い、わずか2メートル!
「させるかぁぁッ!!」
蓮は、構えていた木柄の槍を隙間越しに力任せに突き出した。
シュッ!
裁ちばさみの鋼刃が、跳躍してきた感染者の開かれた口の奥へ深く突き刺さる。
ズスッ!!
重く生々しい肉の感触が、柄を通して蓮の両手にダイレクトに伝わる。刃先が頭部の奥深くまで届き、感染者は空中で完全に勢いを失った。そのまま理科室の扉の外枠へ激しく激突し、もんどり打って床へ転がり落ちる。
「引くっ……!」
蓮は突き刺した槍を1瞬で手元へ引き戻した。刃先から黒い血液が激しく飛び散る。
「葵! 閉めろ!!」
「はいっ!!」
葵がスライド扉の取っ手を掴み、全身の体重をかけて一気に引き戻した。
バタンッ!!!!
扉が完全に閉ざされ、蓮が即座にシリンダー鍵をカチャリと回して施錠した。さらに健太が引き下げていた重厚な教卓を、再びズズズッと力任せに押し戻し、扉へ隙間なく密着させた。足元の木製丸椅子の楔を叩き込み、実験台の突っ張りも再び固定する。
ドドドンッ!!
扉の向こう側で、残りの3体の感染者たちが追いつき、閉ざされた扉に体当たりを食らわせた。しかし、再構築された鉄壁のバリケードは、ビクともしなかった。
「……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」
蓮は槍を構えたまま、扉に背中を預けて激しい呼吸を繰り返した。全身から噴き出た汗が目に入り、酷く沁みる。
理科室の中には、新たに逃げ込んできた3人――篠原、加藤、そして小林の荒い息遣いと、絶望的なすすり泣きが満ちていた。
「助かった……のか……? 俺たち……助かったのかよ……!?」
加藤が床にへたり込み、両手で顔を覆って号泣し始めた。篠原も葵の胸に抱きついたまま、過呼吸気味に肩を震わせて泣いている。
だが、蓮の目は緩まなかった。冷たい視線は、床の上に横たわり、右足の膝下を力なく押さえて苦悶の表情を浮かべている小林へ向けられていた。小林の右足の制服ズボンは太ももからスネにかけて大きく引き裂かれ、赤黒い大量の血液がダラダラと床に溢れ、小さな血溜まりを作りつつあった。
蓮は、手に持った槍の切っ先を、ゆっくりと小林の胸元へ向けた。
「……な、なんだよ……日高……?」
加藤が涙で濡れた目を大きく見開き、蓮の行動に驚愕した。
「静かにしろ」
蓮の声は、氷のように冷たかった。蓮は床に横たわる小林の前へしゃがみ込み、小型LED懐中電灯の光を、小林の右足の血まみれの傷口へ直接叩きつけた。
「小林」
蓮の低い声が、理科室の静寂を切り裂いた。
「その傷は……何でついた傷だ?」
部屋の空気が、1瞬にして再び死の緊張へと逆戻りした。
「な……何するんだよ、日高! 槍なんか向けて……! 俺たちだぞ! 2年B組の小林と加藤と篠原だぞ! 仲間じゃないか!」
加藤が床を叩き、小林を庇うようにして蓮と槍の間へ割って入ろうとした。その顔は怒りと恐怖で歪み、目からは大粒の涙がこぼれ落ちている。篠原も葵の腕の中でひっと息を呑み、怯えた目で蓮を見つめていた。
「下がれ、加藤」
蓮の声には、一切の私情が通っていなかった。右手に握った木柄の簡易槍の切っ先は、寸分の狂いもなく小林の胸元に向けられたままだ。
「この学校の中で何が起きてるか、お前らも見たはずだ。噛まれた奴は、数分から数10分で体温を失い、白目を剥いて仲間だった奴に襲いかかる。もし小林のその傷が『あいつら』に噛まれた痕なら……この部屋の中にいる全員が、数分後に殺されることになる」
「そんな……っ!」
篠原が悲鳴のような声を漏らした。
「日高の言う通りだ、加藤」
重い沈黙を破ったのは、健太だった。健太は手にした鉄パイプを低く構え、加藤と小林の横へ回り込んでいた。その表情にはいつものひょうきんさは欠片もなく、悲壮な覚悟が刻まれている。
「俺たちだって、お前らを突きたくなんかない。だがな、ルールなんだよ。噛まれた奴を情けで部屋に入れたら、全員が全滅する。確認させてくれ。小林……その傷、どうやってついた?」
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