第18話:理科室の武器づくり【2/2】
おかげさまで、月間ホラー〔文芸〕ランキングにランクインしました!
読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!
蓮は懐中電灯の光量を絞り、部屋の隅にある清掃用具入れのスチールロッカーへ向かった。
ロッカーの扉を静かに開けると、日常の学校生活で使われていた清掃用具が並んでいた。蓮はその中から1本の木製ホウキと、1本のアルミ製モップを引きずり出した。どちらも柄の長さは120センチほどある。狭い廊下や階段の踊り場などで取り回すには、長すぎず短すぎず、極めて理想的な寸法だった。
「健太、ホウキの先のブラシ部分と、モップの先端の金具を足で踏みつけて、力任せに柄を引き抜け」
「お、おう。こういう破壊工作なら任せとけ」
健太は言われた通り、ホウキの先端を足裏でしっかりと踏み固め、柄を両手で思い切り上へ引き抜いた。
バキッ、と乾いた木裂音が響き、木製の柄がすっぽりと抜け落ちる。アルミ製のモップも同様に接続部のリベットを力任せにへし折り、純粋な頑丈な「棒」だけの状態にした。
「よし、柄は確保した。次は刃だ」
蓮は、先ほど探索した教卓の引き出しや工具箱の中身を懐中電灯で照らし出した。解剖用のメスや大型カッターナイフも並んでいたが、蓮の目を最も強く惹きつけたのは、工具箱の底に眠っていた大型の裁ちばさみだった。全長25センチを超える、分厚く重厚な鋼の刃。
「これだ。この裁ちばさみを分解して、槍の穂先にする」
蓮は裁ちばさみを手に取り、万能工具セットのペンチとドライバーを使って、中心部のカシメピンを強引にこじ開けた。
バキンッ、と硬質な金属音が響き、裁ちばさみは2本の鋭利な片刃の刃物へと姿を変えた。
「すげえ……それ、完全に単独のナイフじゃねえか」
健太が低く息を呑む。
「ああ。これを、さっきの柄の先端にガチガチに固定する。……葵」
「うん」
「葵、確か弓道部だったよな。弓と槍じゃ勝手は違うだろうけど、長い得物を扱うことや、相手との間合いを測る感覚には慣れてるんじゃないか?」
葵は少しだけ視線を伏せ、自分の手のひらをじっと見つめた後、力強く顔を上げた。
「……うん。弓道は、姿勢と重心の安定がすべてだから。自分の体の中心軸を崩さず、狙った1点に力を集中させることなら……できると思う」
「よし。お前には、このアルミの柄の槍を使ってもらう。木よりも格段に軽くて、取り回しがしやすいはずだ」
蓮はアルミパイプの先端部分を大型ペンチで強く挟み込み、平たく押し潰した。そこへ裁ちばさみの片刃の持ち手部分を隙間なく重ね合わせる。固定に用いるのは、実験用の頑丈なスチールワイヤーだ。
健太に柄と刃を全力で押さえさせ、蓮はワイヤーを交差させながら強固な8の字を描くように何周も巻き上げ、ペンチの先でねじり上げて極限まで締め上げた。さらにその上から、太口の布製ガムテープを何重にも引っ張りながら密着させて巻きつけていく。
バリッ、バリッ、バリッ――。
「……完成だ」
長さ120センチのアルミの柄の先端に、分厚い鋼の刃が寸分のガタつきもなく固定された「簡易槍」が出来上がった。
「葵、構えてみてくれ」
蓮から槍を受け取った葵は、左手を前に、右手を後ろへ添えて自然体に構えた。
その瞬間、彼女の纏う空気が一変した。恐怖に怯える女子生徒の姿は消え去り、武道を修練してきた者の澄んだ静かな集中がその横顔に宿っていた。スッと右足を引いて腰を沈め、重心を低く安定させる。背筋は真っ直ぐに伸び、槍の切っ先は寸分のブレもなく前方の一角を正確に捉えていた。
「……重さはどうだ?」
「大丈夫。重すぎず、すごくしっくりくる。これなら……遠くから、確実に突けるよ」
葵は槍の柄を握り直し、小さく鋭い呼気とともに前方の空間へ向けて鋭利に突き出した。
シュッ、と鋭く空気を切り裂く風切り音が響く。突いた直後の姿勢と「残心」にも、一切の乱れがなかった。
「突く時、1番やってはいけないのは『深く突き刺しすぎて、刃が抜けなくなること』だ」
蓮は自ら手本を示すように、槍を突き出しては素早く手元へ引き戻す動作を繰り返した。
「相手は怪物だ。人間のような痛覚がないから、骨や筋肉に刃が深く噛み込むと、柄を力任せに奪われるか引きずり倒される。突いたら『1瞬で引き抜く』。これを徹底しろ。狙うのは眼窩か顎の下、あるいは首の正面だ」
「……うん。突く動作よりも、引き抜く引き手を速く……やってみる」
葵は蓮の教えを一言一句胸に刻み込み、小声で呼吸を合わせながら、構えと引きの動作を何度も反復した。
「よし、次は俺の番だな」
蓮は残った木製のホウキの柄の先端に、サバイバルナイフで縦に10センチほどの深い切れ込みを入れた。そこにもう一方の裁ちばさみの刃を深く挟み込み、スチールワイヤーで締め上げ、布製ガムテープで強固に補強する。
ずっしりとした木の粘りと重みがある、自分用の「木柄の槍」が完成した。
腰のベルトには近接用のサバイバルナイフ。左腕には辞書防具。両手には1メートル以上の間合いを制する長柄の槍。
健太も手に馴染む鉄パイプを頼もしげに握りしめ、3人の装備はそれぞれの役割に合わせて完璧に整った。
「なあ日高、これどう思う? プロテクターっぽくね?」
作業の傍ら、健太が棚の隅にあった分厚い実験用ゴムエプロンを手に取り、胸に当ててサイズを確認した。
「……サイズが小さすぎて腹しか隠れてないぞ。あと、見た目が完全に給食当番だ」
「給食当番って言うな! 俺なりに防御力上げようとしてんだよ!」
2人の真剣ながらもコミカルなやり取りを見ていた鈴木が、準備室の扉の陰から思わず力なく「ふふっ」と息を漏らした。
「お前ら……こんな状況なのに、よくそんな会話ができるな……」
「漫才じゃねえよ、命がけのファッションチェックだ! ほら、笑った方が体に力が入るだろ!」
健太が白い歯を見せて胸を張ると、張り詰めていた室内の重苦しい空気が、ふっと柔らかく解けていった。
道具の調達と防具の補強が一通り完了すると、蓮は静かな足取りで部屋の壁際へと移動し、高窓の遮光カーテンを数ミリだけ指先で押し開けて外の光景を窺った。
正門の鉄扉は完全に圧し折られ、血まみれの感染者の群れが雪崩のように校庭へと流入している。
「……見ない方がいい。正門は完全に破られた」
蓮は静かにカーテンを戻し、脱出ルートを全員に向けて再確認した。
「特別棟の裏手にある非常階段から降り、裏庭のフェンスの破れ目を通って外へ出る。決行は、日が完全に落ちて奴らの視界が狭まる『19時』だ」
「よし、それじゃあ夜までの間に全員の体力を温存して、装備を完璧にしておくか。……おい鈴木! 泣いてる暇があったら、そこのガムテープで自分の足首をガチガチに固めろ! 夜にはマラソン大会以上のダッシュが待ってんだからな!」
健太が鈴木の肩を軽く叩き、立ち上がらせて足元の補強を手伝い始める。
その光景を横目に、蓮は部屋の隅の木製椅子に腰を下ろした。
葵がそっと歩み寄り、隣の椅子に腰を下ろす。
「日高くん……金曜日に図書室で話した時、すごく安心したの。『俺が守る』って言ってくれた時、本当に救われた。……だから私、怖くないよ。みんなと一緒に、絶対生きて帰る」
「……ああ。絶対、みんなでここを出よう」
蓮は力強く頷き返した。
「なあ日高、夜までの間、まだ少し時間があるしさ。無事に脱出したら何が食いたいか発表会しようぜ!」
健太が沈黙を紛らわせるように明るい声で持ちかけた。
「俺はラーメン屋の全トッピング特製ラーメン!」
「私は……お母さんの作ったお味噌汁かな」と葵が微笑む。
「俺は……ファミレスのチーズハンバーグ……」と鈴木も消え入りそうな声で呟いた。
過酷な現実の中での、根拠のない他愛のない約束。しかしその言葉は、暗闇の中で「生きて家へ帰る」という強い希望の明かりとなって、全員の凍えた心に灯っていた。
やがて、空が完全に濃密な夜の闇へと沈み、時計の針が19時ちょうどを指した。
「バリケードを崩すぞ。音を立てるなよ」
蓮の指示のもと、扉の前に積み上げていた木箱や実験台、丸椅子の楔を、細心の注意を払って静かに横へどかしていく。
むき出しになったスライド扉の金属錠に手をかけると、カチャン、と小さな解錠の金属音が静寂の室内に響いた。
蓮は左腕の防具の巻き具合を確かめ、右手で槍の柄を深く握り直した。背後に控える葵と健太、そして恐怖を懸命に呑み込んで立ち上がった鈴木に向かって、短く力強く頷く。
「行くぞ」
スライド扉をゆっくりと、慎重に開け放つ。
目指すは、絶望に染まった学校からの脱出。そして、愛する家族と平穏な日常を取り戻すための、暗闇への第1歩。
開かれた扉の隙間から、夜の冷たい空気が、生々しい血の匂いを孕んで静かに流れ込んできた。
次の話は、翌日7:10の投稿になります。お楽しみに!ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
面白かった、続きが気になると思っていただけたら、執筆を続ける大きな励みになります。
ぜひ、この下にある「評価」で★をつけて応援してください!
これからも『残響サバイバーズ ―僕らの最後の青春―』をよろしくお願いいたします!




