2-14
✳︎14.
『瞬星』の大ヒットを受けて、音楽番組は連日のようにAsterismを取り上げた。
オリコン一位。
配信チャート一位。
MV再生数は過去最速。
けれど、世間が本当に騒いでいたのは、曲そのものだけではなかった。
作詞・作曲。
YUN
ほたるの楽曲を手掛けてきた、謎の作曲家。
そのYUNが、初めてAsterismへ楽曲提供した。
当然、番組は飛びついた。
◇◇◇
「本日の特集はこちら!」
MCの声とともに、スタジオの巨大モニターに大きな文字が映し出される。
謎の作曲家・YUNとは何者なのか!?
観客席から歓声が上がる。
「気になるー!」
「知りたい!」
「誰なの!?」
MCはにやにやしながらカメラへ向き直る。
「今、音楽業界で最も正体が気になる人物と言っても過言ではありません。」
「ほたるさんのデビュー以来、ほぼすべての楽曲を手掛け。」
「そして今回、Asterismさんの新曲『瞬星』を生み出した作曲家。」
「YUNさんを徹底特集します!」
拍手。
ゲスト席には、Asterismの四人。
そして、ほたる。
五人が並んで座っている。
水城はすでに楽しそうだった。
「いやぁ、来ましたね。」
「YUN特集。」
黒瀬も笑う。
「本人いないのに。」
「本人いたら絶対帰ってる。」
神崎が静かに言う。
「それは否定できない。」
ほたるはにこにこ笑っている。
『ふふ。』
◇◇◇
VTRが流れ始める。
まず映されたのは、ほたるのデビュー曲。
まだ幼さの残るほたる。
透明感のある歌声。
明るいのに、どこか切ないメロディ。
続いて、夏のアップテンポ曲。
さらに、静かなバラード。
そして。
『雨恋』。
ピアノの音が流れた瞬間、スタジオの空気が変わった。
モニターの中で、ほたるが静かに歌う。
私は雨。
君は雲。
その歌声だけで、観客席がしんと静まり返る。
VTRが終わると、MCが息を吐いた。
「いやぁ……。」
「全部違う曲なのに、全部YUNさんなんですね。」
ほたるは頷く。
『はい。』
『ずっと書いていただいています。』
「すごいですよね。」
「透明感もあるし、切なさもあるし。」
「特に『雨恋』なんて、もう……。」
MCが胸を押さえる。
「泣きました。」
『ありがとうございます。』
その隣で。
弓弦は真剣な顔で頷いていた。
頷きすぎていた。
「……分かります。」
ぽつり。
MCが反応する。
「弓弦さん?」
「いや。」
「『雨恋』って、一見シンプルに聞こえるんですけど。」
急に語り始める。
「歌詞の言葉数が少ない分、歌い手の息遣いで感情を補ってるんですよ。」
「例えば、一番サビの『私は雨。君は雲。』のところ。」
「普通ならもっと泣かせにいく歌い方をしそうなのに、ほたるちゃんはあえて抑えてる。」
「泣いてないんです。」
「泣かないようにしてる。」
「そこがいいんです。」
スタジオが静かになる。
MCが目を瞬かせる。
「……え?」
弓弦は止まらない。
「あと『雨のままで』の語尾。」
「あそこ、息を抜きすぎないんですよ。」
「完全に消えるんじゃなくて、まだ降ってる感じが残る。」
「だから報われない恋なのに、諦めきってない。」
「そこが本当に……。」
言いながら胸を押さえる。
「すごい。」
一瞬の沈黙。
水城が笑いをこらえきれず吹き出した。
「出た!」
「ほたる語り!」
黒瀬も肩を震わせる。
「急に専門家みたいになるのやめろ。」
MCも笑いながらツッコむ。
「ちょっと待って!」
「なんでそんな詳しいの!?」
弓弦は真顔で答えた。
「ファンなんで。」
スタジオ中が爆笑する。
「便利な言葉ー!」
「全部それで片付けた!」
「ファンってすごい!」
ほたるも隣でくすくす笑っていた。
『ありがとうございます。』
弓弦は耳を赤くしながら、小さく頭を下げる。
「いえ……。」
「こちらこそ……。」
「こちらこそって何!?」
水城が笑いながら突っ込む。
◇◇◇
続いて、VTRはAsterismの『瞬星』へ移る。
光と闇が交互に切り替わる照明。
急に跳ねるテンポ。
静かに落ちる無音。
そして、一気に広がるサビ。
観客席から歓声が上がる。
「かっこいい!」
「これ好き!」
「鳥肌!」
MCも頷く。
「この曲、本当にすごいですよね。」
「明るくなったと思ったら急に暗くなる。」
「暗くなったと思ったら、また一気に開ける。」
「まさに星の瞬きみたい。」
神崎が静かに口を開く。
「初めて聴いた時、全員しばらく黙りました。」
「え、そんなに?」
黒瀬が頷く。
「本当に。」
「何も言えなかった。」
水城は身を乗り出す。
「俺、最初に言った言葉『歌いてぇ』でした。」
スタジオが笑う。
「いやでも、本当にそうなんです。」
「聴いた瞬間、ステージ見えた。」
「照明も。」
「客席も。」
「ここで跳ねるっていうのも。」
「全部。」
弓弦も静かに頷く。
「俺は。」
「俺たちのために書いてくれた曲だって、すぐ分かりました。」
MCは興味深そうに聞く。
「ほたるさんの曲とは、全然違いますよね?」
弓弦はまた真剣な顔になる。
「全然違います。」
「ほたるちゃんの曲は、感情を一本の細い糸みたいに見せるんです。」
「透明で、繊細で、余計な音がない。」
「でも『瞬星』は違う。」
「四人の感情がぶつかって、明るさと暗さが交互に出てくる。」
「ほたるちゃんの曲が雨なら。」
「『瞬星』は夜空です。」
「……。」
MCが固まる。
「だからなんでそんな上手く説明できるの!?」
「ファンなんで。」
また即答。
スタジオは再び爆笑。
水城が腹を抱える。
「ファン、便利すぎ!」
黒瀬も笑う。
「もう職業ファンじゃん。」
神崎が淡々と締める。
「昔からだ。」
ほたるは楽しそうに笑っていた。
『弓弦さん、すごい。』
その一言で。
弓弦は完全に黙った。
耳まで赤くなる。
水城がすかさず指差す。
「ほら止まった!」
「ほたるちゃんに褒められると止まる!」
MCも大笑いする。
「王子、再起動してください!」
スタジオは、YUN特集なのか、弓弦観察番組なのか分からないくらい盛り上がっていた。
⭐︎15 謎の作曲家YUN 後編
笑いに包まれたスタジオ。
MCがようやく呼吸を整える。
「いやぁ……。」
「今日はYUNさん特集だったはずなんですけど。」
「途中から弓弦さん特集になってません?」
観客席から笑いが起こる。
弓弦は苦笑い。
「すみません……。」
「なんで謝るの!」
水城がすぐにツッコむ。
「ファン代表なんだから!」
「便利だなぁ、その言葉。」
黒瀬も肩を震わせる。
「ほんと。」
「何でも許される。」
「ファンなんで。」
「それ。」
また笑いが起きる。
◇◇◇
MCは気を取り直して進行した。
「ここでですね。」
「番組スタッフ総出で調べました。」
画面が切り替わる。
――YUN。
年齢、不明。
性別、不明。
本名、不明。
経歴、不明。
顔写真、なし。
SNS、なし。
インタビュー、なし。
テレビ出演、なし。
「調べても。」
「本当に何も出てきませんでした。」
スタジオから驚きの声が漏れる。
「ここまで情報がない人って珍しいですよね。」
「ほたるさん。」
「どんな方なんですか?」
ほたるは少しだけ困ったように笑う。
『そうですねぇ……。』
『音楽が大好きな人です。』
『とっても真面目で。』
『仕事にはすごく厳しいです。』
弓弦は思わず頷く。
「うん。」
「分かる。」
「え?」
MCが振り返る。
「また分かるんですか?」
「なんとなく。」
「ファンなんで。」
「便利ーー!!」
スタジオ大爆笑。
神崎は静かに額へ手を当てた。
「もう病気だ。」
◇◇◇
さらにVTRが流れる。
今回は、プロの音楽関係者へのインタビュー。
『コード進行が独特ですね。』
『転調のタイミングが読めません。』
『歌手の個性をここまで引き出す作曲家は珍しい。』
『メロディより、人を書く人なんでしょうね。』
最後のコメントでVTRが終わる。
MCが頷いた。
「人を書く。」
「いい表現ですね。」
弓弦も自然と頷く。
「本当にそうだと思います。」
「例えば。」
「ほたるちゃんの曲って。」
また始まった。
水城が笑いを堪える。
「始まった始まった。」
「全部。」
「ほたるちゃん自身なんですよ。」
「明るい曲でも。」
「バラードでも。」
「どこか透明感がある。」
「でも。」
「『瞬星』は俺たち。」
「四人だから成立する。」
「一人じゃ歌えない。」
「だから。」
「曲を作る前に、人を見てる。」
「そんな気がします。」
MCは目を丸くした。
「いや。」
「本当に専門家じゃないですか。」
「違います。」
弓弦は真顔だった。
「ファンです。」
「もういいよ!」
スタジオ中が笑い転げる。
ほたるまで肩を震わせて笑っていた。
『ふふっ。』
◇◇◇
そして。
番組も終盤。
MCが五人を見回す。
「皆さん。」
「実際にYUNさんとお仕事されたんですよね。」
「はい。」
神崎が答える。
「じゃあ最後に。」
「一人ずつ。」
「YUNさんって、どんな人ですか?」
スタジオが静かになる。
最初は神崎。
「……。」
少し考えて。
「職人気質。」
「妥協しない。」
「でも。」
「音楽の話をしている時だけ、少し楽しそうでした。」
「なるほど。」
MCが頷く。
続いて黒瀬。
「天才。」
「それと。」
「思ってたより若い。」
「あと。」
「ちょっと不器用。」
「照れ屋ですよね。」
「そうそう。」
観客も微笑む。
水城の番。
「ツンデレ!」
「はい?」
「絶対ツンデレ!」
「あと!」
「褒められるの苦手!」
「照れる!」
「かわ――」
言いかけて止まる。
「……。」
「危なかった。」
「何?」
「いや。」
「怒られる。」
水城が一人で納得して頷く。
スタジオは意味が分からない。
「???」
MCまで首を傾げる。
「何です?」
「企業秘密!」
「余計気になる!」
笑いが起こる。
◇◇◇
そして。
弓弦。
「俺ですか。」
「はい。」
「弓弦さんから見たYUNさん。」
「どんな人ですか?」
弓弦は少しだけ考える。
「……。」
「音楽を。」
「誰より愛してる人。」
「それと。」
「歌う人を。」
「ちゃんと見てくれる人です。」
「俺。」
「いつかまた。」
「この人の曲を歌いたいです。」
真っ直ぐな言葉だった。
スタジオが静かに拍手する。
◇◇◇
「では最後。」
「ほたるさん。」
「あなたから見たYUNさんは?」
全員の視線が集まる。
ほたるは少し考える。
『うーん……。』
『そうですね。』
『かわいい。』
「…………。」
一瞬。
時間が止まった。
「……え?」
MCが瞬きをする。
「え?」
観客席も静まり返る。
水城が吹き出した。
「出た!」
黒瀬も笑う。
「その答え!」
神崎は肩を震わせている。
MCは混乱した。
「ちょっと待ってください!」
「今まで!」
「職人気質とか!」
「天才とか!」
「不器用とか!」
「いろいろあったのに!」
「最後!」
「かわいい!?」
『はい。』
ほたるは満面の笑み。
『とってもかわいいです。』
「いや!」
「分からん!!」
「人物像が全然分からん!!」
スタジオが大爆笑になる。
ほたるは首をかしげる。
『え?』
『本当にかわいいですよ?』
「だから!」
「それが分からないんですって!」
『ふふっ。』
楽しそうに笑うほたる。
結局。
最後まで。
YUNという人物は謎のままだった。
けれど。
その正体が分からないからこそ。
人々はもっと知りたくなる。
番組終了後。
SNSでは、
『結局YUNって何者!?』
『ほたるだけ「かわいい」で終わった(笑)』
『弓弦の解説が詳しすぎる。』
『専門家じゃなくてファンらしい(笑)』
『ファンって便利な言葉だな。』
そんな投稿が、日本中を埋め尽くしていた。
⭐︎16 放送後のリビング
番組が終わった頃。
都内の高層マンション。
広いリビングでは、まだテレビの余韻が残っていた。
テーブルの上には、食べかけのみかん。
湯気の立つジャスミンティー。
ソファでは、リンがクッションを抱えて大笑いしていた。
「もーー!」
「MCさん!」
「『分からん!』って言ってた!」
思い出してまた笑う。
「かわいいのにねぇ!」
キッチンでは、ほたるが食器を洗っている。
『でしょ?』
『かわいいよねぇ。』
「うん!」
「ユンユンかわいい!」
そこまで聞いて。
ダイニングテーブルでノートパソコンを開いていたユンユンの手が止まった。
「……。」
ゆっくり顔を上げる。
「何。」
「その流れ。」
リンはにこにこしている。
「テレビで言ってたよ?」
「ほたるも。」
「かわいいって。」
「……。」
ユンユンは深いため息をついた。
「意味分かんねぇ。」
『えー?』
ほたるは振り返る。
『だって本当じゃない。』
「本当じゃない。」
『本当だよ?』
「違う。」
『かわいい。』
「違う。」
『かわいい。』
「違う。」
まるで子どもの言い合いだった。
リンはお腹を抱えて笑っている。
「また始まったー!」
◇◇◇
ユンユンはマグカップを持ち上げ、一口コーヒーを飲む。
「第一。」
「テレビで言うことか?」
『思ったこと言っただけ。』
「だから。」
「そういうとこ。」
『?』
「天然。」
『褒めてる?』
「褒めてない。」
『そっかぁ。』
全然気にしていない。
ほたるは鼻歌を歌いながら食器を拭き始める。
その姿を見て。
ユンユンはまたため息をついた。
「……。」
「危機感ない。」
『あるよ?』
「ない。」
『あるもん。』
「ない。」
「世界中が見てる番組で。」
「かわいい。」
「それだけ。」
「意味分かんねぇ。」
『でも。』
ほたるは不思議そうに首を傾げた。
『かわいい以外に思いつかなかった。』
「……。」
「ほら。」
「やっぱ天然。」
リンは笑いすぎてソファへ倒れ込む。
「ほたる最強!」
◇◇◇
しばらくして。
リンが思い出したように聞いた。
「ねぇねぇ。」
「ユンユン。」
「弓弦、面白かったね!」
「……。」
ユンユンの眉がぴくりと動く。
「『ここは息遣いが〜』とか!」
「『語尾が〜』とか!」
「『雨のままでが〜』とか!」
リンは弓弦の真似をする。
思い出してまた笑う。
「専門家みたいだった!」
ユンユンは静かにテレビの消えた画面を見る。
「……。」
「違う。」
「え?」
「専門家じゃない。」
「じゃあ何?」
「……。」
少しだけ考える。
「ただの。」
「オタク。」
ぼそり。
リンが吹き出した。
「そうかも!」
「でも。」
「いっぱい聞いてくれてるんだね!」
「……。」
その言葉に。
ユンユンは何も返さなかった。
番組の中で弓弦が話した内容を思い返す。
ブレス。
語尾。
コード。
歌詞。
雨恋。
全部。
ちゃんと聴いていなければ、気付かないことばかりだった。
「……。」
少しだけ。
本当に少しだけ。
口元が緩む。
『どうしたの?』
ほたるが覗き込む。
「別に。」
『笑った?』
「笑ってない。」
『笑ったよね。』
「笑ってない。」
リンも加勢する。
「笑ったー!」
「笑ってない。」
「笑ったー!」
「うるさい。」
そう言いながらも。
ユンユンは立ち上がると、冷蔵庫を開けた。
「腹減った。」
『あ。』
ほたるの顔がぱっと明るくなる。
『あんまん蒸す?』
「……。」
一瞬だけ沈黙。
「二個。」
『はいはーい。』
嬉しそうに蒸し器を取り出すほたる。
その後ろ姿を見ながら。
リンは小さな声で笑った。
「やっぱり。」
「ユンユン。」
「ほたるには甘いね。」
「違う。」
「違わないもん。」
「違う。」
今日もまた。
賑やかな笑い声が、マンションのリビングいっぱいに広がっていた。




