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あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


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2-12



✳︎12.




 その夜。


 ユンユンは帰宅してから、一度もリビングへ顔を出さなかった。


 玄関の扉が開く音。


 短い足音。


 それから、自室の扉が閉まる音。


 ただ、それだけ。


『ただいま』もない。


 夕食の時間になっても出てこない。


 お風呂にも入らない。


 リビングの明かりが柔らかく灯る中、ほたるは食器を片付けながら、廊下の奥にある閉じた扉をちらりと見た。


 そして。


 ふっと笑う。


『やっぱりね。』


 その声は、怒っているものではなかった。


 呆れているようで。


 嬉しそうで。


 少しだけ誇らしげでもあった。


 お風呂上がりのリンが、踏み台に乗ってお皿を拭きながら首を傾げる。


「ほたる、どうしたのー?」


 小さな手で布巾を握りしめたまま、不思議そうに見上げてくる。


 ほたるは優しく微笑んだ。


『やっぱり、こうなったかと思って。』


「こう?」


『うん。』


 ほたるは片付け終えた食器を棚へ戻す。


『ユンユン、今日は出てこないと思う。』


「なんで?」


『曲、書いてるから。』


 リンの目がぱっと輝いた。


「アスタの?」


『たぶんね。』


「わぁ!」


 リンは嬉しそうに小さく跳ねる。


「ユンユン、アスタ好きになったの?」


『好きになったかは分からないけど。』


 ほたるはくすくす笑う。


『興味は持ったんだと思う。』


 それは、ユンユンにとって、とても大きなことだった。


 彼は興味のない相手には、本当に一ミリも動かない。


 誰が頼んでも。


 どれほど高額な依頼でも。


 自分の中で音が鳴らなければ、絶対に書かない。


 それが今。


 帰ってきてからすぐ、部屋へこもった。


 食事も忘れて。


 風呂も忘れて。


 きっと、机に向かっている。


 もしくは床に座り込んで、ヘッドホンをつけたまま何度も同じ映像を見返している。


 その姿が目に浮かぶようだった。


『……あの子、分かりやすいんだから。』


 ほたるは小さく笑う。


 そして、冷蔵庫を開けた。


 中から取り出したのは、発酵を終えた饅頭の生地。


 白くふっくら膨らんだそれを見て、リンが目を丸くする。




「今から作るの?」


『うん。』


「もう夜だよ?」


『うん。』


「ほたる、明日も朝早いよ?」


『うん。』


「……ユンユンの?」


 リンがにやっと笑う。


 ほたるも同じように笑った。


『ユンユン、今日は徹夜だろうし。』


 腕まくりをする。


『好物のあんまんでも作ろうと思って。』


「やったー!」


『リンリンは一個だけね。夜だから。』


「えー!」


『だめ。』


 そんなやり取りをしながら、ほたるは手を洗い、キッチンへ立った。


 粉の匂い。


 ほんのり甘い餡の香り。


 湯気の立つ蒸し器。


 静かな夜のマンションに、温かな生活の音が戻っていく。


     ◇◇◇


 ほたるは手際よく生地を分けていく。


 まるく伸ばし、餡を包む。


 ひだを寄せる指先は慣れていた。


 テレビの中で何万人もの前に立つ手と同じ手が、今は家族のために小さなあんまんを作っている。


 リンは椅子に座り、足を揺らしながらそれを見ていた。


「ユンユン、喜ぶかな。」


『喜ぶよ。』


「顔に出ないよ?」


『出ないね。』


「でも食べるの早いよね。」


『うん。』


「おいしい時だけ、二個食べる。」


『そうそう。』


 二人で笑う。


 その時。


 廊下の奥から、微かに音が漏れた。


 ピアノ。


 いや、シンセの仮音だろうか。


 短いフレーズ。


 明るい。


 と思った瞬間、すぐに暗く沈む。


 そしてまた、星が瞬くみたいに一音だけ光る。


 ほたるは手を止めた。


 リンも耳を澄ませる。


「今の、アスタの曲?」


『……まだ分からない。』


 でも。


 ユンユンが何かを掴んだ音だった。


 ほたるには、それが分かった。


 彼が曲を書く時、部屋から漏れる音はいつも不安定だ。


 途中で切れる。


 急に変わる。


 綺麗なメロディを、わざと壊す。


 壊して、組み替えて、また壊して。


 そうして最後に、一つの曲になる。


『……綺麗。』


 ほたるはぽつりと呟いた。


「もう綺麗なの?」


『うん。』


『まだ途中だけど。』


『きっと、いい曲になる。』


 リンは嬉しそうに笑った。


「アスタ、喜ぶね。」


『うん。』


 ほたるはもう一度、廊下の奥を見る。


 閉じた扉。


 その向こうにいる弟。


 不器用で。


 口が悪くて。


 誰に対しても冷たくて。


 でも、音だけは嘘をつかない。


 ほたるは知っている。


 ユンユンが本当に嫌なら、曲なんて書かない。


 部屋へこもることもない。


 あんまんを食べることも忘れるくらい没頭する時は、もう心が動いている時だ。


『よかったね、ユンユン。』


 本人には届かないくらい小さな声で、ほたるは呟いた。


『面白いもの、見つけたんだね。』


     ◇◇◇


 蒸し器から湯気が上がる。


 ふっくら膨らんだあんまんを皿へ移すと、リンが目を輝かせた。


「おいしそう!」


『一個だけ。』


「はーい。」


 ほたるはユンユンの分を別皿に取り分けた。


 三つ。


 いや、少し考えて四つ。


 ラップを掛ける。


 それから、メモを書いた。


『ちゃんと食べて。寝ること。ほたる』


 少し悩んで、最後に小さくパンダの絵を描く。


 リンがそれを覗き込む。


「パンダだ。」


『ユンユン、嫌がるかな。』


「嫌がる。」


『じゃあ、描こう。』


「ふふっ。」


 二人で笑い合う。


 ほたるは皿を持って、ユンユンの部屋の前へ向かった。


 中からはまだ、音が漏れている。


 明るいフレーズ。


 急に暗くなるコード。


 その後、ほんの少しだけ救われるようなメロディ。


 扉越しでも分かった。


 これは、アステリズムの曲だ。


 ほたるはノックしようとして、やめた。


 邪魔はしない。


 今、彼の中で音が生まれている。


 それを止めるのはもったいない。


 だから、扉の前にそっと皿を置く。


 それだけして、静かに離れた。


     ◇◇◇


 深夜。


 家中が静まり返った頃。


 ユンユンの部屋の扉が、ゆっくり開いた。


「……。」


 廊下に置かれた皿。


 あんまん。


 メモ。


 そして、端に描かれた下手なパンダ。


 ユンユンはしばらくそれを見下ろしていた。


 やがて。


「……パンダを描くな。」


 小さく呟く。


 けれど、皿は持っていった。


 部屋の中へ戻り、机の端へ置く。


 一つ手に取る。


 まだ、ほんのり温かかった。


 かじる。


 甘い餡。


 懐かしい味。


 ユンユンは無言で食べる。


 一つ。


 もう一つ。


 さらにもう一つ。


 三つ目を食べ終えたところで、メモを見る。


『ちゃんと食べて。寝ること。ほたる』


「……寝るわけないだろ。」


 そう言いながら、四つ目にも手を伸ばす。


 机の上には、開きっぱなしのノート。


 譜面。


 コード。


 書き殴った言葉。


 そこには、まだ仮のタイトルが置かれていた。


 ――瞬星。


 星は、ずっと光っているわけじゃない。


 消えて。


 また光る。


 明るいから綺麗なのではない。


 暗いから、見える。


 ユンユンはペンを取った。


 頭の中で、Asterismの四人がもう一度ステージに立つ。


 苦しそうな曲。


 色気のある声。


 急に跳ねるテンポ。


 光と闇の切り替わる瞬間。


「……。」


 あんまんを飲み込み、ペンを走らせる。


 その夜。


 部屋の明かりは、朝まで消えなかった。





◇◇◇





 ユンユンは、曲を書く時にほとんど眠らない。


 食事も忘れる。


 風呂も忘れる。


 家族の声も、チャイムの音も、電話の通知も、全部遠くなる。


 世界が、音だけになる。


 その夜もそうだった。


 部屋の明かりは、朝まで消えなかった。


 机の上には、ノートが何冊も開かれている。


 五線譜。


 コード進行。


 短い言葉。


 Asterism四人の名前。


 そして、何度も書き直された一つのタイトル。


 瞬星。


 ユンユンはヘッドホンをつけたまま、Asterismのステージ映像を止めては戻し、また再生する。


 最初は全体。


 次は弓弦。


 次は神崎。


 水城。


 黒瀬。


 さらに、声だけ。


 さらに、ダンスだけ。


 さらに、観客の反応だけ。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


「……。」


 画面の中で、弓弦がセンターに立つ。


 光を拾う金髪。


 少し苦しそうに笑う表情。


 綺麗に歌うだけなら、もっと楽な出し方がある。


 けれど弓弦は、わざと少し余裕を残さない。


 息を詰める。


 音へ手を伸ばす。


 届きそうで、届かないところへ。


 それが、客席の心を掴んでいる。


「……ここ。」


 ユンユンはノートに書く。


 ――弓弦。高音。綺麗に逃がすな。少し苦しませる。


 次に神崎。


 低い声。


 動きは派手ではない。


 けれど、全体を支えている。


 水面下に沈む錨みたいな声。


 この男の声があるから、曲が浮つかない。


 光の曲でも、薄くならない。


「……土台。」


 ペンが走る。


 ――神崎。低音。夜そのもの。動かない星。


 次に水城。


 車内で騒いでいた男。


 誰より明るく、誰より場を乱す。


 けれどステージでは、観客を一瞬で味方にする。


 暗い曲の中に、急に差す光。


 それも、優しい光ではない。


 稲妻みたいな光。


 眩しくて、一瞬で目を奪う。


「……跳ねる。」


 ――水城。明滅。笑って刺す。テンポ急上昇。


 最後に黒瀬。


 ダンスが強い。


 音の隙間へ身体を差し込むのが上手い。


 ただ速いだけではない。


 止まる瞬間が美しい。


 動き続けるより、止まった時に色気が出るタイプ。


 間奏で使える。


「……こいつ、間を食える。」


 ――黒瀬。ブレイク。無音で魅せる。星が消える瞬間。


 ユンユンはペンを止める。


 画面の中の四人を、じっと見る。


 Asterism。


 星座。


 星の集まり。


 一つだけでは形にならない。


 四つあるから、意味が生まれる。


 誰か一人が強すぎても駄目。


 全員が同じ光でも駄目。


 明るい星。


 暗い星。


 動く星。


 沈む星。


 全部違うから、線で結べる。


「……。」


 ユンユンはキーボードへ手を伸ばした。


 最初の音を鳴らす。


 高く、細い音。


 すぐに消える。


 その下に、低く沈むコードを置く。


 明るい。


 でも、次の瞬間に暗くなる。


 暗い。


 でも、完全には沈まない。


 また一音だけ光る。


 まるで、夜空で星が瞬くように。


「……違う。」


 消す。


 もう一度。


 弾く。


 また消す。


 弾く。


 消す。


 何度も繰り返す。


 深夜二時。


 机の端には、ほたるが作ったあんまんの皿。


 すでに空になっている。


 ユンユンはその皿を横目で見て、少しだけ眉を寄せた。


「……食べすぎた。」


 誰も聞いていない。


 それでも、少しだけ口元が緩んでいた。


     ◇◇◇


 翌朝。


 ほたるは早起きして、リビングへ出た。


 廊下の奥を見る。


 ユンユンの部屋からは、まだかすかに音が漏れている。


 低いベース。


 突然跳ねるドラム。


 そして、消えそうなピアノ。


 ほたるは小さく笑った。


『寝てないなぁ。』


 リンが眠そうに目をこすりながら出てくる。


「ユンユン、まだ起きてる?」


『うん。』


「曲?」


『曲。』


「アスタの?」


『たぶん。』


 リンは嬉しそうに笑った。


「やったぁ。」


 ほたるは朝食の準備をしながら、廊下の奥へ声を掛けるか迷った。


 でも、やめる。


 今は邪魔をしない方がいい。


 ユンユンが本気で曲を書いている時は、無理に止めても意味がない。


 止めたところで、頭の中では鳴り続けている。


 それを知っているから。


『おにぎり、置いとこ。』


「また食べるかな。」


『食べるよ。』


「顔は嫌そうだけど?」


『でも食べる。』


 二人で笑う。


 ほたるは小さなおにぎりをいくつか作り、味噌汁をスープジャーへ入れた。


 部屋の前にそっと置く。


 メモも添える。


『寝て。食べて。倒れないこと。ほたる』


 今度はパンダではなく、星を描いた。


 下手な星だった。


     ◇◇◇


 昼過ぎ。


 ユンユンはようやく部屋から出てきた。


 髪は乱れ、目元には少し影がある。


 それでも、表情は不思議と冴えていた。


 リビングへ来るなり、水を一杯飲む。


『おはよう。』


「朝じゃない。」


『寝た?』


「少し。」


『何分?』


「……。」


『寝てないね。』


「寝た。」


『何分?』


「……二十。」


『寝てない。』


 ほたるは呆れたように眉を下げる。


 ユンユンは視線を逸らしながら、テーブルに置かれていたおにぎりを取った。


 食べる。


 無言で。


 もう一個。


 さらにもう一個。


 リンがにこにこしながら見ている。


「おいしい?」


「……普通。」


『普通なら三個食べないよ。』


「うるさい。」


 いつもの会話。


 けれど、ほたるには分かる。


 ユンユンの中で、曲はもう半分以上できている。


 目が違う。


 何かを掴んだ人間の目だった。


『どう?』


 ほたるが聞く。


「……。」


 ユンユンは少し黙る。


「面倒。」


『難しい?』


「違う。」


 短く否定する。


「面白いのが面倒。」


 ほたるは目を細めた。


『そっか。』


『よかった。』


「何が。」


『ユンユン、楽しそうだから。』


「楽しくない。」


『ふふ。』


「笑うな。」


 そう言って、ユンユンはまた部屋へ戻っていった。


 扉が閉まる。


 すぐに音が鳴り始める。


 ほたるは、少しだけ嬉しそうにその扉を見つめた。


     ◇◇◇


 二日目。


 ユンユンは、ほとんど部屋から出てこなかった。


 アステの映像を何度も見返しながら、曲の構成を削っていく。


 明るすぎる部分を消す。


 暗すぎる部分を壊す。


 綺麗すぎるメロディを、わざと歪ませる。


 Asterismの曲は、きっと綺麗なだけでは駄目だ。


 彼らは、整ったアイドルだ。


 だからこそ、ただ綺麗な曲を渡したら埋もれる。


 見た目の美しさに、音が負ける。


 必要なのは、少し苦しさのある曲。


 息が詰まるのに、耳を離せない曲。


 夜の中で急に光り、光ったと思えばすぐに闇へ沈む曲。


 星の瞬き。


 瞬星。


「……。」


 ユンユンは仮歌を録る。


 自分の声で。


 低く、淡く。


 歌手ではない。


 人前で歌う気もない。


 ただ、デモとして必要だから歌う。


 それでも音程は正確だった。


 声は細く、冷たい。


 けれど、曲の輪郭を伝えるには十分だった。


 まず神崎のパート。


 低く、深く。


 夜が始まる声。


 次に黒瀬。


 無音を切るように短いフレーズ。


 身体が見える声。


 水城。


 急に明るい。


 けれど、その明るさが怖い。


 笑っているのに、泣きそうな声がいい。


 そして弓弦。


 センター。


 サビの頭。


 ここは逃げ場がない。


 綺麗に歌えば薄くなる。


 苦しく歌いすぎれば重くなる。


 ギリギリ。


 そのギリギリを歌えるかどうか。


「……歌えよ。」


 ユンユンは画面の中の弓弦へ向かって呟いた。


「歌えなかったら、没。」


 そう言いながら、キーを半音上げる。


 さらに、サビ直前で一拍だけ落とす。


 息を吸う場所を作る。


 その一拍が、星が消える瞬間になる。


 そして次の瞬間、サビで光る。


 明るい。


 だけど、完全な明るさではない。


 その下に、暗いコードを混ぜる。


 光っているのに、どこか泣いている。


 笑っているのに、胸が痛い。


 Asterismらしい。


「……。」


 ユンユンは、ほんの少しだけ口角を上げた。


 悔しいけれど。


 楽しい。


 ほたるの曲を書く時とは違う。


 ほたるは、一本の透明な光だ。


 余計なものを足せば濁る。


 だから、ほたるの曲は削る。


 削って。


 削って。


 最後に残った感情だけを渡す。


 でもAsterismは違う。


 四人分の光がある。


 ぶつかる。


 混ざる。


 影ができる。


 その影まで、曲にできる。


「……面倒。」


 そう言いながら、ユンユンの手は止まらなかった。


     ◇◇◇


 三日目の夕方。


 部屋の中は、紙と機材と空のカップで散らかっていた。


 ほたるがそっと覗きに来る。


『ユンユン。』


「入るな。」


『ご飯。』


「あとで。」


『お風呂。』


「あとで。」


『寝る。』


「あとで。」


『全部あとでじゃん。』


「うるさい。」


 ほたるはため息をついた。


 それでも、部屋の中へは入らなかった。


 ドアの隙間から見える弟の背中。


 細い肩。


 ヘッドホン。


 画面に映る波形。


 その横に置かれた、Asterism四人のライブ映像。


 ほたるは、少し驚いたように目を細める。


 ユンユンが、ほたる以外の映像をこんなに真剣に見ている。


 それが、少しだけ嬉しかった。


『できそう?』


「……。」


 ユンユンは返事をしない。


 代わりに、再生ボタンを押した。


 部屋の中に音が流れる。


 まだ仮歌。


 まだデモ。


 それなのに、ほたるは一瞬で分かった。


 これは売れる。


 そして、それ以上に。


 Asterismが歌ったら、きっと化ける。


 低い夜の始まり。


 突然差す光。


 急に落ちる闇。


 また瞬く星。


 聴いている心が、何度も揺さぶられる。


 明るいのか、暗いのか。


 希望なのか、絶望なのか。


 そのどちらでもあって、どちらでもない。


 言葉にならない言葉。


 星の瞬きみたいな曲。


 ほたるは、しばらく黙って聴いていた。


 曲が終わる。


 ユンユンは振り返らないまま聞いた。


「どう。」


 ほたるは微笑んだ。


『すごくいい。』


「……。」


『悔しいくらい、アステの曲。』


 その言葉に、ユンユンは少しだけ目を伏せた。


「……ならいい。」


『タイトルは?』


 机の上のノートを見れば、そこに乱暴な字で書かれている。


 瞬星。


 ほたるはそれを見て、優しく笑った。


『綺麗。』


「……。」


『アステっぽいね。』


「そういう名前なんだろ。」


『うん。』


『星の集まり。』


「……だから。」


 ユンユンは小さく呟く。


「一個だけじゃ、意味ない曲にした。」


 ほたるは、その言葉を聞いて胸が温かくなった。


 彼はちゃんと見ていた。


 Asterismを。


 四人を。


 弓弦だけではなく。


 グループとして。


『喜ぶね。』


「知らない。」


『絶対喜ぶ。』


「……うるさい。」


 ほたるは笑う。


『ご飯、食べよ。』


「あとで。」


『だめ。』


 今度はきっぱりと言う。


『曲できたなら食べる。』


「……。」


『食べないなら、またママとパパに言う。』


「卑怯。」


『ご飯。』


「……分かった。」


 ユンユンはようやく立ち上がった。


 ふらりとした足元に、ほたるが少しだけ眉を寄せる。


 けれど何も言わず、先に歩き出した。


 その背中を見ながら、ユンユンは机の上のデータを保存する。


 ファイル名。


 Asterism_瞬星_demo


 保存。


 その瞬間。


 ユンユンが初めて、ほたる以外のために本気で書いた曲が完成した。




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