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あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


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2-6

✳︎6.




 『雨恋』の勢いは、とどまることを知らなかった。


 配信ランキング一位。


 オリコン一位。


 動画再生回数は日に日に伸び、街を歩けば、どこからともなくあの切ないメロディーが流れてくる。


 そして当然のように。


 歌番組へ出演するたび、ほたるは『雨恋』を歌った。


 ピアノ一本で歌う日もあれば。


 オーケストラを背負って歌う日もある。


 そのたびに、同じ曲とは思えないほど表情を変える。


 歌い終わる頃には、スタジオは静まり返り、拍手だけが響いていた。


     ◇◇◇


「……すげぇな。」


 Asterismの楽屋。


 テレビでは、ちょうど『雨恋』の歌唱が終わったところだった。


 誰からともなく拍手が起こる。


「いやぁ。」


 水城が大きく伸びをする。


「今までと全然タイプ違うじゃん。」


 黒瀬も頷く。


「サビ、頭から離れねぇ。」


「“私は雨。君は雲。”」


「シンプルなのに、めちゃくちゃ刺さる。」


 神崎は腕を組みながら静かに言う。


「歌詞がいい。」


「情景が浮かぶ。」


「恋愛の歌なのに、押し付けがましくない。」


「……名曲だな。」


 弓弦は何度も頷いていた。


「うん。」


「本当に。」


「いい曲。」


 その時だった。


「ねぇ。」


 後ろから声がした。


 振り返ると、御影沙織が腕を組んでテレビを見ていた。


 その顔は、社長の顔だった。


「弓弦。」


「はい?」


「ほたるちゃんに。」


「この作詞作曲家、紹介してもらえない?」


「…………え?」


 楽屋が静まり返る。


「えぇっ!?」


 最初に反応したのは水城だった。


「社長、本気!?」


「もちろん本気。」


 沙織は即答する。


「あなたたちの次の新曲。」


「この人にお願いできないかしら。」


「絶対すごい曲になるわ。」


 黒瀬まで目を丸くした。


「確かに……。」


「でも、そんな簡単に会える人なの?」


 弓弦は固まったまま動かない。


「……。」


「弓弦?」


 神崎が声を掛ける。


 しばらく考え込んでいた弓弦は、小さく呟いた。


「……無理じゃないかな。」


「え?」


 全員の視線が集まる。


 すると。


 弓弦のスイッチが入った。


「この人ね。」


「ほたるちゃんのデビュー曲から、全部書いてる。」


「え?」


「全部?」


「うん。」


「作詞も作曲も。」


「しかも。」


「正体不明。」


「経歴不明。」


「本名も分からない。」


「ほたるちゃんが昔、本名もプロフィールも非公開だったでしょ?」


「それもあって、この人もすごく話題になったんだ。」


 止まらない。


「俺ね。」


「探したことある。」


「……。」


「あるの?」


 黒瀬が笑う。


「もちろん。」


「でもね。」


「ほたるちゃん以外にも、ぽつぽつ楽曲提供してるの。」


「だけど。」


「完成度が全然違う。」


「違う?」


 沙織が興味深そうに身を乗り出す。


「うん。」


「ほたるちゃんに書く曲だけ、異常なんだ。」


「別格。」


「同じ人とは思えない。」


「だから。」


「この人。」


「相当ほたるちゃんのファンか。」


「……。」


 一拍置く。


「もしくは。」


「別人。」


「そのくらい違う。」


 誰も口を挟まない。


「もし探し出せても。」


「Asterismに同じ熱量で書いてくれる保証はない。」


「だから。」


「難しいと思う。」


 ようやく話し終える。


 楽屋は静まり返っていた。


 水城がぽつり。


「……。」


「怖。」


 黒瀬も苦笑する。


「どんだけ詳しいんだよ。」


 神崎は慣れたようにコーヒーを飲む。


「通常運転だ。」


 阿久津だけが無表情で頷いていた。


「弓弦さんらしいですね。」


「褒めてます?」


「ええ。」


「多分。」


「多分!?」


 楽屋が笑いに包まれる。


     ◇◇◇


 それでも。


 沙織は諦めなかった。


「でも。」


「聞くだけ聞いてみても駄目?」


 その言葉に。


 弓弦は黙る。


 実は。


 弓弦自身も、その作曲家にはずっと興味があった。


 あれほど人の心を動かす曲を書く人。


 ほたるのことを知り尽くしているような歌詞。


 会えるものなら、一度会ってみたい。


 直接。


「ありがとうございます。」


 そう伝えたかった。


 でも。


(ほたるちゃんを困らせたくない。)


 その気持ちも同じくらい大きい。


 迷っていると。


「聞いてみようよ。」


 水城が背中を押した。


「断られたら、それまでじゃん。」


「そうそう。」


 黒瀬も笑う。


「お願いするだけならタダ。」


 神崎も静かに頷いた。


「無理なら無理でいい。」


「聞くだけ聞いてみろ。」


 弓弦は三人の顔を見回す。


「……分かった。」


 結局。


 誘惑には勝てなかった。


     ◇◇◇


 スマートフォンを取り出す。


 LINE。


 パンダのアイコン。


 少し緊張しながら文字を打つ。


『相談があるんだけど。』


『今、大丈夫?』


 送信。


「既読つくかな。」


 そう呟いた。


 一秒。


 ぴこん。


「え?」


 既読。


「早っ。」


 弓弦が目を丸くする。


 さらに。


 すぐ返信が来た。


『大丈夫。』


『どうしたの?』


 弓弦は事情を説明する。


 社長が作曲家さんに一度お会いしたいと言っていること。


 無理なら全然大丈夫だということ。


 送信して数秒。


 また返信。


『じゃあ。』


『今度、みんなで家に来る?』


「…………。」


 弓弦が固まる。


「どうした?」


 水城が覗き込む。


 スマホを見せる。


 全員。


「……え。」


 見事に同じ反応だった。


「いいの?」


 黒瀬が聞く。


「いや。」


「俺も今そう思ってる。」


 神崎まで少し驚いている。


「……話が早いな。」


 沙織は思わず笑った。


「これは断れないわね。」


 すると阿久津が静かに手帳を開く。


「では。」


「日程調整をしましょう。」


「私も同行します。」


「社長、お一人では失礼になりますので。」


「お願い。」


 沙織が頷く。


 その横で弓弦は、まだスマホを見つめたままだった。


(……また。)


(ほたるちゃんの家、行けるんだ。)


 その一文だけで、胸が少し高鳴っていた。

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