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✳︎5.
忙しくなっても。
立場が変わっても。
二人のLINEだけは、不思議と途切れなかった。
毎日、何時間もやり取りをするわけじゃない。
お互い仕事がある。
撮影。
レッスン。
ライブ。
海外移動。
だから返信は遅い日もある。
それでも。
気付けば、今日も通知が鳴っている。
『おはよう。』
『今日は朝から撮影。』
『頑張って。』
『ありがとう。』
そんな何気ない一言だけで、一日が少し明るくなる。
話題は本当に他愛もない。
『あのポスター、かっこよかった。』
「ありがとう。」
『こないだの雑誌、表紙だったから三冊買った。』
「買いすぎ。」
『保存用、観賞用、予備。』
『予備ってなに。』
思わず笑ってしまうようなやり取り。
またある日は。
『来週、同じ番組だね。』
「楽しみ。」
『俺も。』
その短い一文だけで、弓弦は一週間頑張れる気がした。
以前なら、仕事で会えるだけだった。
今は違う。
その日までの間も、こうして繋がっていられる。
それが何より嬉しかった。
◇◇◇
そんなある日の夜。
仕事を終えて帰宅し、ソファへ座ったところでスマートフォンが鳴る。
画面には、パンダのアイコン。
思わず口元が緩む。
開いてみる。
『次の新曲、楽しみにしてて。』
「……!」
弓弦は思わず身を乗り出した。
「新曲!」
ほたるの新曲。
それは、ファンにとって特別な知らせだった。
彼女は頻繁に曲を出すタイプではない。
新曲が続く時は立て続けにリリースされる。
反対に、一年以上まったく出ないこともある。
だからこそ、一曲一曲の重みが違う。
しかも告知から配信までが、とにかく早い。
いつも突然だ。
弓弦はすぐに返信した。
『楽しみ!』
返事はすぐに返ってきた。
『ふふ。』
『ありがとう。』
たったそれだけ。
それなのに、胸が高鳴った。
◇◇◇
数日後。
午前零時。
世界同時配信。
新曲のタイトルが発表される。
『雨恋』
タイトルを見た瞬間、弓弦はイヤホンを耳へ差し込んだ。
静かに再生ボタンを押す。
流れてきたのは。
これまでのほたるにはなかった旋律だった。
優しく。
儚く。
どこか泣いているようなピアノ。
そして。
透き通るような、ほたるの歌声。
静かな空を見上げて
今日も君を探してる
届きそうで届かない
名前さえ呼べない距離
弓弦は息を呑む。
今までのユンイーの代表曲は、前を向く歌が多かった。
誰かの背中を押す歌。
笑顔になれる歌。
夢を追い掛ける歌。
それが今回は、まったく違う。
私は雨。
君は雲。
どれだけ空を見上げても
重なることは、きっとない。
静かに。
優しく。
諦めを受け入れるように歌う声。
それなのに、どこまでも美しい。
サビへ入る頃には、弓弦は画面から目を離せなくなっていた。
君は風に流されて
私は静かに降り続ける。
それでもいい。
君の空を濡らせるなら。
私は今日も
雨のままで。
曲が進むほど、胸が締め付けられる。
決して報われない恋。
届かない想い。
それでも好きだったと言い切る強さ。
最後の歌詞が静かに響く。
私は雨。
君は雲。
交わらない運命でも
好きになったことだけは
間違いじゃない。
君がどこかで笑うたび
私の空にも虹が咲く。
報われなくてもいい。
届かなくてもいい。
君を好きだった、この歌だけは
ずっと
ずっと
忘れない。
曲が終わる。
部屋は静まり返った。
イヤホンを外しても、最後の歌声だけが耳に残っている。
「……すごい。」
思わず漏れた言葉だった。
悲しい。
苦しい。
切ない。
それなのに、何度でも聴きたくなる。
まるで、自分まで大切な恋を失ってしまったような。
そんな喪失感が胸いっぱいに広がる。
翌朝には、SNSもニュースも『雨恋』一色だった。
“ユンイー史上最高傑作”
“新境地”
“涙が止まらない”
そんな言葉が並び、配信開始からわずか数日で各種ランキングの首位を独占する。
そして、『雨恋』は瞬く間にオリコン週間ランキング一位を獲得した。
世界中が、この一曲に心を奪われていた。
けれど弓弦だけは、ランキングよりも気になることが一つあった。
――この歌は。
いったい、誰を想って歌った曲なんだろう。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




