2-4.
✳︎4.
キッチンから、美味しそうな湯気が立ちのぼる。
『できた。』
ほたるが最後のお皿をテーブルへ並べる。
テーブルいっぱいに広がるのは、本格的な中華料理だった。
小籠包。
海老蒸し餃子。
焼売。
春巻き。
青菜炒め。
卵スープ。
そして、手作りの中華まん。
「すごい……。」
弓弦は思わず声を漏らした。
「全部、手作り?」
『うん。』
『久しぶりに弓弦さんとご飯食べるし。』
『せっかくだから。』
ほたるは照れくさそうに笑う。
その時だった。
ふと、小さくため息をつく。
『……。』
人数分並べ終えたあと、一人前だけ別のお皿へ取り分ける。
その上から丁寧にラップを掛けた。
手つきに迷いはない。
慣れている。
冷ます姿も、ごく自然だった。
弓弦は首を傾げる。
『ユンユンの分。』
『帰ってきたら温めればいいから。』
それだけ言って、何事もなかったように笑った。
『食べよう?』
◇◇◇
「いただきます!」
リンの元気な声で食卓が始まる。
温かな空気。
テレビもついていない。
聞こえるのは食器の音と、三人の笑い声だけ。
「この間のライブ。」
弓弦が照れながら口を開く。
「来てくれてありがとう。」
ほたるは首を横に振る。
『こっちこそ。』
『お礼を言わせてくれて、本当にありがとう。』
『ずっと伝えたかったから。』
リンも大きく頷く。
「すっごく楽しかった!」
「また行きたい!」
『また行こうね。』
ほたるが優しく笑う。
その表情は、テレビで見る世界的アイドルではない。
一人の姉だった。
話題は自然とリンの体調へ移る。
学校。
病院。
リハビリ。
最近好きな料理。
日本で食べたいもの。
「やっぱり日本好き!」
リンが嬉しそうに言う。
「コンビニも好き!」
「パンも好き!」
「お寿司も好き!」
『よかったね。』
ほたるが目を細める。
その優しい眼差しを見ているだけで、弓弦まで嬉しくなった。
◇◇◇
少し間が空いた頃。
弓弦は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「そういえば。」
「日本へ拠点を移した理由。」
「ニュースでは家族のためって言ってたけど……。」
「リンちゃんのため?」
ほたるは少し考えてから頷く。
『半分、正解。』
『もちろんリンリンも理由。』
『でも。』
少し笑う。
『ユンユンも東京の大学に受かったから。』
「あ。」
そうだった。
弟。
さっき顔だけ見た青年。
あれから一度も帰ってきていない。
(……やっぱり。)
(俺のせいかな。)
時計を見る。
もう夕方とは言えない時間だった。
食事も終わりかけている。
帰ろうか。
そう言いかけた時だった。
『大丈夫。』
ほたるが笑った。
『あの子、いつもあんな感じだから。』
あっけらかんと言う。
『男の子って難しい。』
真剣な顔で腕を組み、小さくため息。
『思春期だよねぇ。』
その姿が妙に板についていて。
弓弦は思わず笑ってしまった。
(……お母さんみたい。)
リンもくすっと笑う。
「ユンユン、ふりょう だから。」
『そうなの。』
『困っちゃう。』
「でもね!」
リンが得意げに胸を張る。
「頭はいいんだよ!」
「そうなの?」
弓弦が聞くと、ほたるは照れたように頷いた。
『うん。』
『日本の大学から奨学金付きの推薦貰った。』
「どこ?」
大学名を聞いた瞬間。
「えっ」
弓弦は思わず声を上げた。
誰もが知る大学だった。
しかも、医学部だという。
「かなり頭いいんだね。」
『そう。』
ほたるは苦笑する。
『私は大学へ行けなかったから。』
『ユンユンには、学生生活を思い切り楽しんでほしいんだけど。』
『夜遊びばっかり。』
『不良だよね。』
「ねー。」
リンまで頷く。
弓弦は笑いながら、自分の大学時代を思い出していた。
友達と遊んで。
一人で出掛けて。
家族と少し距離を置きたくなる時期。
そういう年頃だった気もする。
「まぁ。」
「男の子だし。」
「そういう時期あるよ。」
『そうなのかなぁ。』
ほたるは少し遠くを見る。
閉まったままのリビングのドア。
『……そうかぁ。』
ぽつりと呟いた。
弟のことを考えている顔だった。
その姿を見て、弓弦は改めて思う。
本当に家族思いなんだな。
と。
◇◇◇
ふと、思い出したように尋ねる。
「でも。」
「あれだけ格好いいなら。」
「芸能界とか興味ないの?」
純粋な興味だった。
すると。
ほたるとリンが同時に顔を見合わせる。
そして。
二人そろって首を横へ振った。
『ないないない。』
「むりむり。」
「え?」
弓弦は驚く。
「なんで?」
『ユンユン。』
『芸能界も。』
『芸能人も。』
『大嫌いだから。』
「……え?」
思わず聞き返す。
『私をずっと見てきたからだと思う。』
ほたるは静かに笑った。
『忙しくて帰れない日も。』
『無理して仕事してた日も。』
『そういうの全部知ってるから。』
『だから、芸能界には良い印象ないんだろうね。』
少しだけ寂しそうな笑顔だった。
弓弦は返す言葉が見つからなかった。
◇◇◇
食事は終わり、後片付けが始まる。
どの料理も本格的で、本当に美味しかった。
「ごちそうさまでした。」
『お粗末さまでした。』
ほたるは残った饅頭を見つめる。
一つ手に取って。
少し考え。
また皿へ戻した。
『これ。』
『ユンユン好きだから。』
『一つ残しておこう。』
自然な仕草だった。
それが特別なことではなく、いつものことなのだと分かる。
ほたるは微笑みながら皿を冷蔵庫へしまった。
◇◇◇
食器を運ぼうとすると。
『だめ。』
ほたるが笑う。
『今日はお客様。』
『リンリンと遊んでて。』
「でも。」
『だーめ。』
少しだけ頬を膨らませる。
『座ってて。』
その言い方がおかしくて、弓弦は素直に降参した。
リンに手を引かれ、ソファへ座る。
テレビにはAsterismのライブ映像。
リンは嬉しそうに一緒に歌っている。
しばらく見ていた時だった。
リンがぽつりと呟いた。
「ねぇ。」
「うん?」
「本当はね。」
少しだけ声を小さくする。
「ユンユン。」
「ほたるのこと、大好きなんだよ。」
「本当に。」
「世界で一番、大好き。」
弓弦は静かに笑った。
「……うん。」
「そんな気がした。」
今日、会ったのはほんの数秒。
それでも分かった。
あの青年が抱えているのは、憎しみなんかじゃない。
不器用で。
言葉にできなくて。
だからこそ、誰よりも強く家族を守ろうとしている。
そんな人間なのだと、弓弦は感じていた。




