8.
⭐︎8.
乾杯からしばらく。
店内はすっかり和やかな空気に包まれていた。
あちらこちらで笑い声が上がり、スタッフ同士が撮影中の失敗談を話しては盛り上がっている。
監督は照明スタッフと熱く演出を語り合い。
助監督は美術スタッフに酒を注がれながら苦笑していた。
そんな賑やかな空間の中。
主演テーブルだけは、不思議と少し穏やかな時間が流れていた。
ほたるは小さなお皿へ料理を取り分けながら、
『すごく美味しそう……。』
と、目を輝かせる。
豪華な料理を前にしても、少しずつしか取らない。
食べる量も控えめだった。
それでも、一口食べるたびに、
『……美味しい。』
と、小さく微笑む。
その表情があまりにも幸せそうで。
見ているこちらまで頬が緩んでしまう。
「ほたるちゃん。」
黒瀬が笑いながら話しかける。
「撮影、大変じゃない?」
『大変です。』
即答だった。
そのあまりの速さに、思わず全員が笑う。
『殺陣も難しいですし。』
『着物って思ったより重くて。』
『毎日筋肉痛です。』
「分かる!」
水城が大きく頷く。
「俺も時代劇初めての時、三日くらい足終わった。」
『本当ですか?』
「本当。」
「しかも翌日も走らされる。」
『えぇ……。』
心底驚いたような顔をする。
ころころと変わる表情が可愛らしい。
その様子を見ながら神崎が笑った。
「慣れる。」
「最初だけだ。」
『そうだといいんですけど……。』
困ったように笑う。
その笑顔を見ているだけで場が和む。
不思議な子だ。
主演で。
国民的アイドルで。
誰より忙しいはずなのに。
偉そうなところが、まるでない。
だからだろう。
自然と会話の中心には、ほたるがいた。
◇◇◇
少しして。
ほたるはグラスをテーブルへ置くと、
四人を見回した。
『そういえば。』
『皆さんと、ちゃんとお話しするのって初めてですよね。』
「そうだね。」
水城が頷く。
『ご一緒するシーンは多いのに、不思議です。』
「撮影入るとバタバタだからな。」
黒瀬も笑う。
『でも。』
ほたるは少し照れたように笑った。
『ずっと、お話ししてみたかったんです。』
「え?」
四人が少し驚く。
ほたるは首を傾げる。
『あれ……?』
『変なこと言いました?』
「いや。」
水城が笑う。
「嬉しくて。」
「ねぇ?」
黒瀬も頷いた。
「俺らもちゃんと話してみたかったし。」
『本当ですか?』
「もちろん。」
ほたるは安心したように微笑んだ。
『よかった。』
その笑顔を見た弓弦は。
(よかった……。)
(って笑うんだ……。)
(かわいい。)
(いや、落ち着け。)
(顔に出すな。)
料理を食べるふりをして必死に平静を保つ。
向かいでは。
神崎がその様子を横目で見ていた。
(分かりやすい。)
酒を飲みながら小さく苦笑する。
◇◇◇
『私。』
『Asterismさん、少し知ってますよ。』
その一言だった。
四人が自然と顔を上げる。
『御影さんは、ピンク担当。』
「……。」
弓弦が少し目を見開く。
『センターで。』
『歌もダンスも全部できるオールラウンダー。』
『ライブの煽りも、すごく上手ですよね。』
「……。」
弓弦は思わず固まった。
そこまで見てくれているとは思わなかった。
ほたるは続ける。
『神崎さんは赤担当。』
『最年長で、皆さんをまとめるリーダー。』
『ライブのMC、すごく安心感があります。』
「......ありがとう。」
神崎は照れくさそうに笑った。
真正面から褒められることには、まだ慣れない。
『水城さんは青担当。』
『ムードメーカーですよね。』
『バラエティ番組も毎週見てます。』
「え、本当に?」
『はい。』
『いっぱい笑わせてもらってます。』
「うわぁ。」
水城は照れ隠しに頭を掻いた。
「嬉しいなぁ。」
『黒瀬さんは黄色担当。』
『ダンス、本当に素敵です。』
『ライブ映像、何回も見ちゃいました。』
「……。」
黒瀬は思わず笑ってしまう。
「何それ。」
「普通に嬉しい。」
四人は顔を見合わせた。
ここまで知っているとは思わなかった。
担当カラーだけではない。
活動内容。
得意分野。
ライブまで見ている。
営業トークではないことは、話し方で分かる。
ちゃんと知った上で話してくれている。
だから。
余計に嬉しかった。
「ありがとう。」
神崎が代表するように言う。
「そこまで見ててくれているとは知らなかった。」
『いえ。』
『皆さん、本当に素敵なので。』
照れたように笑う。
その笑顔を見て、水城がふっと思った。
(この子。)
(褒めるの、上手だなぁ。)
持ち上げる感じではない。
本当に思ったことを、そのまま言葉にしている。
だからこそ、自然と嬉しくなる。
そんな話し方だった。
すると。
ほたるは少しだけ困ったように笑って、視線を落とした。
『実は……。』
少し言いづらそうに指先をもじもじさせる。
『妹が、皆さんの大ファンで...。』
「妹?」
水城が目を丸くする。
『はい。』
ほたるは嬉しそうに頷いた。
『六歳なんですけど。』
『Asterismさんが大好きで。』
『いつも、皆さんの曲ばっかり聴いてます。』
「六歳?」
黒瀬が思わず聞き返した。
『はい。』
ほたるは嬉しそうに頷く。
『朝起きても。』
『ご飯を食べてても。』
『寝る前も。』
『ずーっとAsterismさんなんです。』
「ははっ。」
水城が吹き出す。
「生活がアステじゃん。」
『この前も、朝食食べながら。』
『“ピンクのお兄ちゃん今日もかっこいいね。”』
『“青のお兄ちゃん面白いね。”』
『“黄色のお兄ちゃん踊るの上手。”』
『“赤のお兄ちゃんはとにかく顔がいい。”』
『って、一人でテレビに話しかけてました。』
「かわいいなぁ。」
黒瀬が思わず笑う。
「六歳でそこまで見てくれてるんだ。」
『はい。』
『ライブDVDを流すと、一緒に踊ってます。』
『振り付けも少し覚えてて。』
『私より上手なんじゃないかなって思う時もあります。』
妹の話になると、ほたるの表情は一段と柔らかくなる。
自然と頬が緩み。
目尻も優しく下がる。
その様子を見て、水城は思わず頬杖をついた。
「ほたるちゃんさ。」
「妹ちゃんのこと、大好きなんだね。」
『……はい。』
迷いなく頷く。
『世界で一番、大切です。』
その一言は静かだった。
けれど、少しも迷いがなかった。
弓弦はその横顔を見つめる。
(……世界で一番。)
(そんな顔、するんだ。)
妹のことを話しているだけなのに。
こんなにも優しい顔になるなんて。
知らなかった。
「名前は?」
神崎が短く尋ねる。
『リンです。』
『まだ六歳なんですけど……。』
『かなり、おませさんで。』
「へぇ。」
水城が笑う。
「どんな子?」
『元気です。』
『アステリズムさんの熱烈なファンで。』
『すごいしゃべります。』
『毎日、三十分くらいずっと皆さんの話しをしてくれます。』
「三十分?」
黒瀬が笑った。
「長ぇ。」
『途中で眠くなるんですけど。』
『“まだ終わってない!“って怒られます。』
ほたるが困ったように笑う。
その光景が簡単に想像できて、四人も自然と笑顔になった。
「かわいいな。」
水城がぽつりと呟く。
『あと……。』
ほたるは少し照れたように神崎を見る。
『神崎さんのことが、一番好きみたいです。』
「俺?」
神崎が珍しく目を丸くした。
「えー!」
水城がすぐに身を乗り出す。
「神崎さん推し?」
『はい。』
『テレビに出るたびに。』
『“しんやさん!“って一番最初に見つけるんです。』
「へぇ。」
黒瀬が笑う。
「見る目あるじゃん。」
「おい。」
神崎が苦笑する。
「茶化すな。」
『この前なんて。』
ほたるは思い出したように笑った。
『お友達に。』
『“しんやさんは私のだから。”』
『って言ったみたいで……。』
一瞬、静まり返る。
そして。
「ぶっ!」
水城が盛大に吹き出した。
「ははははっ!」
「神崎さん!」
「六歳に独占されてる!」
「宗真。」
神崎は額を押さえた。
「笑いすぎ。」
「いや無理だって!」
水城は腹を抱える。
「かわいすぎるだろ!」
黒瀬も肩を震わせながら笑っている。
「将来ライバル増えそうだな。」
「だから茶化すな。」
神崎は呆れたように笑いながらも、どこか照れくさそうだった。
ほたるはそんな三人を見て、ほっとしたように微笑む。
『すみません。』
『リン、いつも勝手にそんなこと言ってて……。』
「いや。」
神崎は首を横に振った。
「嬉しい。」
短い一言だった。
それだけで十分だった。
ほたるの表情がぱっと明るくなる。
『本当ですか?』
「ああ。」
「応援してくれてるなら、嬉しい。」
そう言うと、神崎はふと思い出したように自分のバッグへ手を伸ばした。
「……あ。」
ごそごそと中を探る。
「ちょうどいい。」
取り出したのは、次回ツアーで販売予定のグッズ見本。
まだ世に出ていない、メンバー四人のビジュアル入り色紙だった。
「名前、リンだったな。」
『はい。』
「これ。」
「サイン書く。」
そう言って自然にペンを探す。




