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⭐︎59.
無機質な病室。
白い壁。
規則正しく鳴る心電図の電子音。
窓から差し込む午後の柔らかな光だけが、その部屋に少しだけ温もりを与えていた。
テレビだけが賑やかだった。
『それでは皆さん、ご覧ください!』
先日撮影された、ディズニーリゾートでのダブルデート企画。
スタジオでは、そのVTRを出演者たちと一緒に振り返っている。
『いやぁ、本当に話題になりましたねぇ!』
MCが笑えば、出演者たちも頷く。
『パークももちろん素敵だったんですけど……。』
『やっぱり今回は、この二人でしょう。』
画面いっぱいに映し出されるのは。
弓弦とほたる。
SNSでも”ゆずほた”と呼ばれ、大きな話題となった二人だった。
絶叫系アトラクションではしゃぐ姿。
パレードを見上げる横顔。
キャラクターに手を振って笑う姿。
可愛らしいフードを分け合う姿。
どれも絵になっている。
そして。
『はい、問題のシーンきましたー!』
スタジオが一気に盛り上がる。
映し出されたのは、ランチタイム。
ほたるがフォークに一口分の料理を乗せて。
『はい、あーん。』
何気ない笑顔で差し出す。
それを見た弓弦は。
『……えっ。』
耳まで真っ赤。
完全に固まってしまっていた。
VTRには大きくテロップが躍る。
【王子、フリーズ】
スタジオは爆笑。
『かわいいーー!』
『王子、照れてる!』
『これ全国のファンが悲鳴上げたやつですよ!』
MCたちに総攻撃される弓弦。
「いや……。」
本人は今さらながら照れ臭そうに頭を掻く。
「ほたるが急にあんなことするから……。」
苦笑しながら言えば。
隣では。
『ふふっ。』
ほたるが優しく笑っていた。
その笑顔だけで。
スタジオ全体が柔らかな空気になる。
『いやもう、この空気感癒されます。』
『ずっと見てられる。』
そんな言葉に。
ほたるは困ったように笑うだけだった。
◇◇◇
『あ。』
『今日、放送日だったんだ。』
病室のドアが静かに開く。
両手いっぱいにキャラクターのショッピングバッグを抱えたほたるが、そっと中へ入ってきた。
その瞬間だった。
「ほたる!」
ベッドの上から、ぱっと花が咲くような笑顔。
妹のリンだった。
ついさっきまでぼんやりテレビを眺めていた瞳が、一気に輝く。
それだけで。
部屋の空気が明るくなる。
『リンリン。』
ほたるも自然と笑みを浮かべる。
『体調どう?』
ベッドへ近付き、そっと妹の頬へ触れた。
少し冷たい。
以前よりも、ずっと痩せてしまった頬。
リンは小さく笑う。
「今日はね、ちょっと元気。」
『そっか。』
ほたるは安心したように微笑んだ。
けれど。
胸の奥は痛かった。
ほんの数か月前まで。
体調のいい日は点滴も外れ。
病室を元気いっぱい走り回っていた。
「ほたるー!」
そう言って飛び付いてきて。
二人でAsterismのMVを流して。
真似をしながら踊って。
息が切れるまで笑っていた。
そんなリンが。
最近は。
ずっとベッドの上だった。
腕には点滴。
少し話すだけでも疲れてしまう。
現実は。
確実に進んでいた。
『……なかなか会いに来られなくて、ごめんね。』
申し訳なさそうに言うほたるへ。
リンは首を横に振る。
「だいじょうぶ。」
にこっ。
太陽みたいな笑顔。
ほたるにとって。
世界でたった一つの太陽だった。
その時だった。
「あっ!」
リンの視線が、ほたるの肩に掛けられた大きなショッピングバッグへ向く。
「わぁ!」
「それ!」
「いっぱいある!」
『あ。』
ほたるは目を丸くした。
『忘れてた。』
そう言って笑いながらバッグを差し出す。
『はい。』
『お土産。』
「えっ!」
「こんなに!?」
リンは目を輝かせた。
キャラクターの袋から次々出てくる。
ぬいぐるみ。
キーホルダー。
カチューシャ。
文房具。
お菓子。
ハンカチ。
どれも。
小さな女の子が目を輝かせそうなものばかり。
ロケ中。
ショップへ立ち寄るたび。
(これ、リン好きそう。)
(これも喜ぶかな。)
そんなことばかり考えて。
見ていた。
パークを出てから、買おうと思っていた。
「かわいい……!」
「ありがとう!」
満面の笑み。
ほたるはその笑顔を見つめ、静かに目を細める。
『これ、全部。』
『弓弦さんから。』
「……え?」
リンの動きが止まる。
「……え?」
もう一度聞き返す。
「ゆ、ゆずるから!?」
声が一段高くなる。
「ほんと!?」
『うん。』
『ロケ終わったあと。』
『”リンちゃんに。”』
そう言って。
ほたるが見ていたお土産全部。
キャラクターのショッピングバッグに詰めて。
少し照れたようにはにかみながら渡してくれた。
何も言っていないのに。
全部、分かっているみたいな顔。
リンのことを覚えていてくれた。
「やったぁ!」
ぎゅっとぬいぐるみを抱き締める。
「ゆずる優しい!」
「わぁ……!」
嬉しくてたまらない。
そんな笑顔だった。
少しして。
リンはふとテレビを見る。
ちょうど。
さっきの”あーん”のシーンが流れていた。
交互に。
テレビのほたる。
目の前のほたる。
見比べる。
「ねぇ。」
「ほたる。」
『ん?』
『付き合ってるの?』
おませな質問だった。
ほたるは思わず笑ってしまう。
『付き合ってないよ。』
『お仕事。』
そう言って肩をすくめる。
「えーー?」
リンはテレビを指差した。
「でも。」
「ほたる。」
「すっごく楽しそうだよ?」
画面の中。
心から笑っている自分。
弓弦を見て笑う自分。
それを見て。
ほたるは少しだけ目を細めた。
『私はプロだから。』
いつものように微笑む。
けれど。
リンはまだ納得していなかった。
「ほんとにぃ?」
首を傾げる。
「なんか違う気がする。」
『……そう?』
「うん。」
そう言うと。
リンは弓弦からもらったぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、その柔らかな毛並みに顔をうずめた。
「えへへ……。」
幸せそうな笑顔。
その笑顔を見ながら。
ほたるもまた、小さく笑った。
その横顔は穏やかだった。
けれど胸の奥では。
(……仕事。)
そう何度も自分に言い聞かせるように。
静かに、その言葉を繰り返していた。




