58.
⭐︎58.
収録スタジオ。
Asterismの冠番組。
今日はスペシャルゲストとして、今もっとも話題のアイドル・ほたるがやって来ていた。
本日の企画は――
「Asterism料理対決!」
メンバー二人ずつのチームに分かれ、ゲストへ手料理を振る舞う。
ゲストが一番美味しかった料理を選ぶという、毎回人気の企画だ。
「よーし! 今日は勝つぞー!」
水城宗真が腕まくりをする。
「料理で弓弦さんに勝てる気しないんだけど。」
黒瀬晃一が苦笑する。
「情報戦ですよ。」
神崎晋也だけが妙に冷静だった。
「料理番組で情報戦って何だ。」
水城が即座に突っ込む。
スタジオが笑いに包まれる。
その一方で。
「…………」
水城は、ほたると弓弦を見比べて、小さく首を傾げた。
(……あれ?)
何かが違う。
以前、恋愛リアリティーショーで共演していた頃とも違う。
収録前。
隣を歩く二人。
弓弦はいつも通り。
王子様みたいに余裕そうな顔をしている。
けれど。
変わったのは、ほたるだった。
以前なら、どこか一定の距離を保っていた。
近付いているようで、絶対に踏み込ませない。
そんな見えない壁があった。
なのに今は。
『おはようございます。』
自然に隣へ来て。
『今日もよろしくお願いします。』
ふわりと笑う。
肩が触れそうな距離でも、避けない。
弓弦が話しかければ。
『うん。』
『そうなんだ。』
『ふふっ。』
柔らかく笑って返す。
仮初の恋人同士というより。
もう、距離を気にしない”彼女”みたいな空気。
(……え?)
(なんか甘くない?)
(いやいやいや。)
(気のせい?)
(俺だけ?)
収録が始まる。
「それでは料理スタート!」
制限時間いっぱい。
各チームが料理を仕上げていく。
そして。
弓弦と黒瀬チーム。
完成した料理を見た瞬間。
「…………。」
水城は絶句した。
「いや。」
「いやいやいや。」
「ちょっと待て。」
目の前に並ぶ料理。
本格四川風麻婆豆腐。
花山椒を効かせた激辛よだれ鶏。
香辛料の香りが食欲を刺激する。
さらに。
デザートには。
甘さを控えたタルト。
上には色鮮やかな果物が、これでもかというほど盛り付けられていた。
いちご。
キウイ。
ブルーベリー。
桃。
マンゴー。
ぶどう。
ほたるが好きなものばかり。
完全に。
好みに合わせている。
「……。」
水城は思わず弓弦を見る。
「お前。」
「情報収集えぐいな。」
弓弦は照れくさそうに笑った。
「まあ……。」
「好きなものぐらい知ってるよ。」
「いや怖ぇよ。」
即ツッコミ。
スタジオ大爆笑。
そして試食。
『……おいしい。』
ほたるが目を丸くする。
『この麻婆豆腐、ちゃんと山椒が効いてる。』
『辛いのに止まらない。』
嬉しそうにもう一口。
さらに。
タルトを食べる。
『……。』
少しだけ目を細める。
『これも好き。』
小さく笑った。
その笑顔を見た瞬間。
弓弦も嬉しそうに笑っていた。
判定。
「勝者!」
「弓弦・黒瀬チーム!!」
会場が拍手に包まれる。
その直後。
「いや!!」
「ずるいだろーーーー!!」
水城の絶叫。
スタジオが爆笑する。
「情報戦じゃん!」
「料理じゃなくて恋愛戦略じゃん!」
「俺ら勝てるわけないじゃん!」
「ゲストの好み全部知ってる奴いる!?」
出演者もスタッフも笑い転げる。
そんな中。
ほたるは口元を押さえて。
『ふふっ……。』
くすくす笑っていた。
その笑顔を見た水城は。
また違和感を覚える。
(……。)
(あれ。)
(前まで、もっと。)
(近寄りがたい感じだったよな。)
綺麗で。
優しくて。
でも。
どこか人間じゃないみたいな。
見えない棘。
透明な壁。
それが。
今日はない。
弓弦を見る目が。
あまりにも柔らかい。
(演技……?)
(これも仕事?)
(もし演技だったら。)
(水城は小さく身震いした。)
(怖すぎるだろ……。)
◇◇◇
収録終了。
楽屋。
着替えながら。
真っ先に黒瀬が聞いた。
「……なあ。」
「本当に付き合ってる?」
「俺も思った。」
水城も頷く。
「あれ普通に彼女じゃん。」
「空気違ったぞ。」
弓弦は苦笑した。
「そういうんじゃないよ。」
「でも……。」
少し照れたように笑う。
「最近、ちょっとだけ心を開いてくれた気がする。」
その一言だけで。
嬉しい。
そんな気持ちが全部伝わってきた。
「良かったな。」
神崎が静かに言う。
「うん。」
弓弦は本当に嬉しそうだった。
けれど。
水城だけは。
少しだけ引っ掛かっていた。
「……騙されんなよ。」
ぽつりと言う。
「ほたる。」
「売れるためなら何でもするタイプだろ。」
「金の亡者じゃん。」
冗談半分。
茶化すように言った。
すると。
着替えていた弓弦の手が止まる。
「……。」
少しだけ目を伏せた。
何かを考えるように。
静かな時間が流れる。
やがて。
弓弦はゆっくり顔を上げた。
「……多分。」
真っ直ぐメンバーを見る。
「ほたるちゃんがお仕事頑張る理由。」
一拍置く。
「妹ちゃんのためだと思う。」
「……は?」
水城が固まる。
弓弦の表情は冗談ではなかった。
真剣だった。
◇◇◇
弓弦は思い出していた。
あの日。
初めてほたるの家へ行った日のことを。
インスタ用の写真を撮って。
お茶を飲んで。
お菓子を食べて。
『眠い。』
そう言って。
ほたるはソファで眠ってしまった。
本当に。
限界だったのだろう。
安心しきった寝顔。
細い肩。
目の下には薄く疲れが残っていた。
起こさないように。
静かに部屋を見渡した。
その時だった。
小さな子どもの鞄。
ぬいぐるみ。
おもちゃ。
女の子の髪留め。
生活の跡。
リンちゃんのものだ。
そう思った。
でも。
キッチンへ目を向ける。
乾いた食器。
グラス。
全部、一人分。
誰かと暮らしている部屋ではない。
昔。
一緒に暮らしていた。
そんな空気だけが残っていた。
胸がざわつく。
さらに。
壁に飾られていた写真。
最近撮られたらしいリンちゃん。
背景は。
病院だった。
笑顔だった。
でも。
病室だった。
弓弦は思わず息を止めた。
リビングをもう一度見る。
さっきは気付かなかった。
テーブルの隅。
本棚。
棚の上。
そこには。
病院の資料。
医療費の冊子。
小児医療の本。
心臓移植。
海外移植。
渡航費。
補助制度。
寄付。
そんな文字が並ぶ本が、何冊も積み重なっていた。
ほたるは。
一度も親の話をしなかった。
妹の話はする。
嬉しそうに笑って話す。
でも。
親という言葉だけは。
一度も出てこなかった。
その時は。
考えすぎだと思った。
だけど。
あの日から。
ほたるを見れば見るほど。
全部が繋がっていった。
誰より働く理由。
休まない理由。
売れ続けたい理由。
お金に執着する理由。
全部。
妹に繋がっている気がした。
本人から聞いたわけじゃない。
証拠なんてない。
ただ。
ずっと見てきた。
だから。
分かってしまった。
弓弦は唇を噛む。
泣きそうに顔を歪めながら。
「……なんだよ、それ。」
あんなに笑って。
誰より明るくて。
誰より可愛いのに。
その裏で。
一人で。
どれだけのものを背負っていたんだ。
その日の違和感を、静かに。
メンバーに話した。
楽屋は静まり返っていた。
さっきまで笑っていた水城も。
何も言えなかった。
誰も。
何も言えなかった。




