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あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


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58/72

58.



⭐︎58.



収録スタジオ。


 Asterismの冠番組。




 今日はスペシャルゲストとして、今もっとも話題のアイドル・ほたるがやって来ていた。




 本日の企画は――


「Asterism料理対決!」


 メンバー二人ずつのチームに分かれ、ゲストへ手料理を振る舞う。


 ゲストが一番美味しかった料理を選ぶという、毎回人気の企画だ。




「よーし! 今日は勝つぞー!」




 水城宗真が腕まくりをする。


「料理で弓弦さんに勝てる気しないんだけど。」



 黒瀬晃一が苦笑する。


「情報戦ですよ。」





 神崎晋也だけが妙に冷静だった。





「料理番組で情報戦って何だ。」


 水城が即座に突っ込む。




 スタジオが笑いに包まれる。


 その一方で。




「…………」


 水城は、ほたると弓弦を見比べて、小さく首を傾げた。




(……あれ?)



 何かが違う。




 以前、恋愛リアリティーショーで共演していた頃とも違う。




 収録前。


 隣を歩く二人。



 弓弦はいつも通り。


 王子様みたいに余裕そうな顔をしている。



 けれど。


 変わったのは、ほたるだった。




 以前なら、どこか一定の距離を保っていた。


 近付いているようで、絶対に踏み込ませない。



 そんな見えない壁があった。


 なのに今は。





『おはようございます。』



 自然に隣へ来て。




『今日もよろしくお願いします。』



 ふわりと笑う。


 肩が触れそうな距離でも、避けない。




 弓弦が話しかければ。



『うん。』


『そうなんだ。』


『ふふっ。』



 柔らかく笑って返す。


 仮初の恋人同士というより。


 もう、距離を気にしない”彼女”みたいな空気。




(……え?)


(なんか甘くない?)


(いやいやいや。)


(気のせい?)


(俺だけ?)



 収録が始まる。






「それでは料理スタート!」




 制限時間いっぱい。


 各チームが料理を仕上げていく。




 そして。


 弓弦と黒瀬チーム。


 完成した料理を見た瞬間。




「…………。」


 水城は絶句した。






「いや。」


「いやいやいや。」


「ちょっと待て。」




 目の前に並ぶ料理。


 本格四川風麻婆豆腐。



 花山椒を効かせた激辛よだれ鶏。


 香辛料の香りが食欲を刺激する。




 さらに。


 デザートには。


 甘さを控えたタルト。



 上には色鮮やかな果物が、これでもかというほど盛り付けられていた。



 いちご。


 キウイ。


 ブルーベリー。


 桃。


 マンゴー。


 ぶどう。





 ほたるが好きなものばかり。



 完全に。


 好みに合わせている。




「……。」






 水城は思わず弓弦を見る。



「お前。」


「情報収集えぐいな。」




 弓弦は照れくさそうに笑った。


「まあ……。」


「好きなものぐらい知ってるよ。」





「いや怖ぇよ。」


 即ツッコミ。





 スタジオ大爆笑。


 そして試食。




『……おいしい。』


 ほたるが目を丸くする。




『この麻婆豆腐、ちゃんと山椒が効いてる。』


『辛いのに止まらない。』



 嬉しそうにもう一口。




 さらに。


 タルトを食べる。


『……。』




 少しだけ目を細める。


『これも好き。』




 小さく笑った。


 その笑顔を見た瞬間。




 弓弦も嬉しそうに笑っていた。


 判定。




「勝者!」


「弓弦・黒瀬チーム!!」





 会場が拍手に包まれる。


 その直後。





「いや!!」


「ずるいだろーーーー!!」



 水城の絶叫。


 スタジオが爆笑する。





「情報戦じゃん!」


「料理じゃなくて恋愛戦略じゃん!」



「俺ら勝てるわけないじゃん!」


「ゲストの好み全部知ってる奴いる!?」



 出演者もスタッフも笑い転げる。


 そんな中。




 ほたるは口元を押さえて。


『ふふっ……。』


 くすくす笑っていた。



 その笑顔を見た水城は。


 また違和感を覚える。





(……。)


(あれ。)


(前まで、もっと。)


(近寄りがたい感じだったよな。)




 綺麗で。


 優しくて。



 でも。


 どこか人間じゃないみたいな。



 見えない棘。


 透明な壁。



 それが。


 今日はない。




 弓弦を見る目が。


 あまりにも柔らかい。



(演技……?)


(これも仕事?)


(もし演技だったら。)


(水城は小さく身震いした。)


(怖すぎるだろ……。)





     ◇◇◇





 収録終了。


 楽屋。


 着替えながら。







 真っ先に黒瀬が聞いた。



「……なあ。」


「本当に付き合ってる?」







「俺も思った。」



 水城も頷く。





「あれ普通に彼女じゃん。」


「空気違ったぞ。」







 弓弦は苦笑した。



「そういうんじゃないよ。」


「でも……。」




 少し照れたように笑う。




「最近、ちょっとだけ心を開いてくれた気がする。」



 その一言だけで。


 嬉しい。


 そんな気持ちが全部伝わってきた。






「良かったな。」


 神崎が静かに言う。




「うん。」


 弓弦は本当に嬉しそうだった。




 けれど。


 水城だけは。


 少しだけ引っ掛かっていた。





「……騙されんなよ。」



 ぽつりと言う。


「ほたる。」


「売れるためなら何でもするタイプだろ。」


「金の亡者じゃん。」





 冗談半分。


 茶化すように言った。




 すると。


 着替えていた弓弦の手が止まる。




「……。」



 少しだけ目を伏せた。


 何かを考えるように。




 静かな時間が流れる。



 やがて。







 弓弦はゆっくり顔を上げた。





「……多分。」



 真っ直ぐメンバーを見る。






「ほたるちゃんがお仕事頑張る理由。」





 一拍置く。


「妹ちゃんのためだと思う。」





「……は?」


 水城が固まる。





 弓弦の表情は冗談ではなかった。


 真剣だった。






     ◇◇◇






 弓弦は思い出していた。


 あの日。




 初めてほたるの家へ行った日のことを。


 インスタ用の写真を撮って。



 お茶を飲んで。


 お菓子を食べて。




『眠い。』


 そう言って。


 ほたるはソファで眠ってしまった。





 本当に。


 限界だったのだろう。




 安心しきった寝顔。


 細い肩。


 目の下には薄く疲れが残っていた。




 起こさないように。


 静かに部屋を見渡した。




 その時だった。





 小さな子どもの鞄。


 ぬいぐるみ。


 おもちゃ。


 女の子の髪留め。


 生活の跡。



 リンちゃんのものだ。


 そう思った。




 でも。


 キッチンへ目を向ける。




 乾いた食器。


 グラス。


 全部、一人分。




 誰かと暮らしている部屋ではない。




 昔。


 一緒に暮らしていた。





 そんな空気だけが残っていた。


 胸がざわつく。


 さらに。




 壁に飾られていた写真。


 最近撮られたらしいリンちゃん。





 背景は。





 病院だった。





 笑顔だった。




 でも。




 病室だった。








 弓弦は思わず息を止めた。



 リビングをもう一度見る。



 さっきは気付かなかった。



 テーブルの隅。





 本棚。


 棚の上。



 そこには。


 病院の資料。







 医療費の冊子。



 小児医療の本。


 心臓移植。


 海外移植。


 渡航費。


 補助制度。


 寄付。




 そんな文字が並ぶ本が、何冊も積み重なっていた。





 ほたるは。


 一度も親の話をしなかった。




 妹の話はする。


 嬉しそうに笑って話す。




 でも。


 親という言葉だけは。




 一度も出てこなかった。




 その時は。


 考えすぎだと思った。




 だけど。


 あの日から。




 ほたるを見れば見るほど。


 全部が繋がっていった。




 誰より働く理由。


 休まない理由。


 売れ続けたい理由。


 お金に執着する理由。



 全部。


 妹に繋がっている気がした。




 本人から聞いたわけじゃない。


 証拠なんてない。


 ただ。




 ずっと見てきた。


 だから。


 分かってしまった。




 弓弦は唇を噛む。


 泣きそうに顔を歪めながら。





「……なんだよ、それ。」




 あんなに笑って。


 誰より明るくて。


 誰より可愛いのに。




 その裏で。


 一人で。


 どれだけのものを背負っていたんだ。











 その日の違和感を、静かに。


 メンバーに話した。







 楽屋は静まり返っていた。





 さっきまで笑っていた水城も。


 何も言えなかった。



 誰も。


 何も言えなかった。



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