53.
⭐︎53.
二人きりになった途端。
周囲の空気が、少しだけ変わった。
もちろん、カメラは回っている。
少し離れた場所にはスタッフもいる。
けれど、恋愛リアリティーショー特有の距離感。
必要以上に話しかけず。
必要以上に近寄らず。
二人だけの時間を、静かに見守ってくれていた。
「どこから行こうか。」
『まかせる。』
ほたるはにこりと笑う。
弓弦は少しだけ考えてから笑った。
「じゃあ、まずはお土産屋さん。」
『うん。』
「疲れる前にゆっくり見よう。」
『ありがとう。』
二人は並んで歩き始めた。
店へ入ると。
「わぁ……。」
色とりどりの商品が目に飛び込んでくる。
壁一面のぬいぐるみ。
お菓子。
文房具。
食器。
限定グッズ。
どこを見ても夢の国だった。
ほたるは一つひとつを、本当に初めて見る子どものような目で眺めている。
『かわいい。』
『これも。』
『あっ……。』
思わず足を止める。
ショーウインドウの中央。
大きなネズミのぬいぐるみ。
ふわふわで、自分の上半身ほどある。
ほたるは何も言わない。
ただ。
じっと見ていた。
その視線に気付いたのは弓弦だった。
「ちょっと待って。」
『?』
そう言って店員のところへ向かう。
数分後。
大きな紙袋を抱えて戻ってきた。
「はい。」
『……え?』
ぽん、と手渡される。
袋の中を見る。
『……。』
さっき見ていたぬいぐるみだった。
『えっ……。』
本気で驚く。
『なんで?』
「欲しそうだったから。」
『……見てた?』
「うん。」
当たり前のように答える。
「ずっと見てた。」
その言葉に。
ほたるは少しだけ目を丸くした。
そこまで見られていたとは思わなかった。
「俺も。」
弓弦は照れたように笑いながら、自分の袋を持ち上げる。
中には対になったぬいぐるみ。
『……おそろい?』
「うん。」
「可愛かったから。」
『……。』
ほたるは思わず弓弦を見る。
本当に。
本当にこの人は。
自分をよく見ている。
少し目を向けただけ。
少し立ち止まっただけ。
それだけで気付いてしまう。
(……困る。)
少しだけ。
ほんの少しだけ。
気恥ずかしかった。
ふと、弓弦の手元が目に入る。
財布。
レシート。
現金。
『……。』
『弓弦さん。』
「ん?」
『番組のカード、あるよね?』
「ああ。」
『なんで使わないの?』
スタッフから支給された撮影用カード。
こういう買い物は、基本そこから落ちる。
なのに。
カチューシャも。
ぬいぐるみも。
全部、自分の財布だった。
『それ、仕事のお金で買えるよ?』
弓弦は少しだけ笑う。
「うん。」
『……?』
「でも。」
まっすぐ。
本当にまっすぐな目で言う。
「これは。」
「俺が買いたいものだから。」
『……。』
一瞬。
言葉が出なかった。
そんな理由で。
そんな真っ直ぐに言われるなんて思わなかった。
仕事だからじゃない。
番組だからじゃない。
自分がしたいから。
それだけ。
ほたるは少しだけ視線を逸らした。
『……ありがとう。』
小さな声。
けれど。
それは今日一番、本音に近い「ありがとう」だった。
弓弦は少し照れ臭そうに笑う。
「どういたしまして。」
それからが大変だった。
『これ、かわいい。』
ほたるが小さく呟けば。
「買おう。」
『え?』
『これも。』
「買おう。」
『……。』
『あっ。』
「それも。」
「買おう。」
「待って。」
ほたるが思わず止める。
『だめ。』
「え?」
『買いすぎ。』
「でも。」
『だめ。』
「欲しいんでしょ?」
『見てるだけ。』
「でも。」
『だめ。』
ぴしゃり。
完全に却下された。
「……。」
弓弦が少ししょんぼりする。
その顔がおかしくて。
ほたるは思わず笑ってしまった。
『もう。』
『今日は終わり。』
「えぇ……。」
『終了。』
「……はい。」
強制的に買い物は終わった。
店を出ると。
午後の日差しが心地いい。
近くのワゴンでアイスクリームを買う。
二人並んで歩きながら食べる。
ほたるが一口。
『おいしい。』
「よかった。」
『このあと、どこ行くの?』
アイスを食べながら尋ねる。
その瞬間。
弓弦は思わず呟いていた。
「……かわいい。」
『……。』
ぴたり。
ほたるが止まる。
『また言った。』
「うん。」
『今日、何回目?』
「分かんない。」
『そんなに?』
「だって。」
弓弦は笑う。
「かわいいから。」
『……。』
返す言葉がない。
その時。
口元に小さくアイスが付いていた。
「動かないで。」
『?』
弓弦が指先でそっと拭う。
ほんの一瞬。
距離が近付く。
「取れた。」
『……ありがとう。』
少しだけ照れた笑顔。
それを見て。
また。
「かわいい。」
『また。』
「うん。」
『……。』
『もういい。』
呆れたように笑うほたる。
そんな様子を見ながら。
弓弦は時計を見る。
十五時。
ちょうどホテルのチェックイン時間だった。
「ほたるちゃん。」
『ん?』
「少し疲れたでしょ。」
『……。』
図星だった。
「一回ホテル行こう。」
『でも……。』
一瞬だけ。
ほたるの笑顔が止まる。
弓弦には分かった。
(……とれだか。)
もっと撮らなくていいのか。
そう考えた顔だった。
でも。
何も言わない。
「ホテルのプール。」
「すごいらしいよ。」
「少し休んで。」
「そのあと遊ぼう?」
その瞬間だった。
ほたるの頭の中で。
カチ。
何かを計算する音が聞こえた気がした。
ホテル。
プール。
水着。
映える。
SNS。
番組。
スポンサー。
一瞬で計算が終わる。
次の瞬間には。
ぱっと花が咲く。
『すごく楽しそう!』
いつもの。
完璧なアイドルスマイル。
弓弦は苦笑するしかなかった。
(……今、絶対計算した。)
でも。
それもほたるらしい。
「じゃあ。」
弓弦は自然に手を差し出した。
「行こっか。」
ほたるは少しだけその手を見る。
それから。
何の迷いもなく重ねた。
『うん。』
二人は手をつなぎ。
午後の日差しの中を、ゆっくりホテルへ向かって歩き始めた。
少し後ろでは。
スタッフたちが、言葉もなく静かにカメラを回していた。
誰もが思っていた。
今日一番の映像が、今、撮れていると。




