表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/72

52.



⭐︎52.



パークは、MASHIRO先生の案内で進んでいった。


 先生。


 いつの間にか、四人の中でそういう扱いになっていた。




「まず、正面の通りを抜けたら、写真スポットがあります。初めてなら絶対そこは押さえたいです」



 MASHIROはスマホを片手に、真剣な顔で説明する。


 普段は人見知りで、声も小さめ。


 けれど今は違った。


 背筋が伸び、目は輝き、足取りまで軽い。


 完全に水を得た魚だった。




「あと、朝のうちに人気アトラクションを一つ乗って、そのあと軽めのショーを見て、移動しながらフードを買って……」


「真白」



 伯耆が苦笑する。


「少し息しようか」


「あ……」



 MASHIROは我に返ったように瞬きをする。




「すみません」


「いや、頼もしいよ」



 弓弦が笑う。



「今日は先生に任せる」


「先生……」




 MASHIROは少し照れたように頬を赤くした。




 その隣で、ほたるはにこにこと笑っている。


『MASHIROちゃん、すごいね』


「い、いえ……」


『初めてだから、うれしい』


 


花が咲くような笑顔。


 それを向けられたMASHIROは、完全に固まった。


「……が、頑張ります」


 小さく拳を握る。


 その姿に、伯耆が優しく笑った。


 午前中は、ほたるが初めて来たことを考えた王道コースになった。


 大きな通りを歩き。


 シンボルの前で写真を撮り。


 定番アトラクションに乗り。


 キャラクターの装飾を見て。


 フードワゴンの甘い香りに足を止める。


 ほたるは、そのすべてに完璧な反応を見せた。


『わぁ……!』


『かわいい』


『すごいね』


『本当に映画の中みたい』


 大きすぎず。


 わざとらしくなく。


 けれど、画面越しに見た人間が思わず笑顔になるような反応。


 弓弦は横で見ていて、少し感心してしまった。


(……強い)


 初めての夢の国。


 しかも朝から眠そうだったのに。


 カメラが回れば、ほたるは完璧だった。


 視線。


 笑顔。


 声の高さ。


 驚くタイミング。


 全部がちょうどいい。


 アイドルとして、番組として、求められているものを自然に出している。


 まさに、とれだかの女王だった。


 けれど。


 時折、本当に初めてなのだと分かる瞬間があった。


 道端の小さな装飾をじっと見る。


 ショーウィンドウに並ぶお菓子の缶を不思議そうに眺める。


 キャストが手を振ると、一瞬だけ驚いてから笑顔で振り返す。


 その反応だけは、演技ではない。


 だから弓弦は、ますます目が離せなくなった。


「ほたるちゃん、こっち見て」


『?』


 弓弦がスマホを向けると、ほたるは赤いリボンのカチューシャに軽く手を添えた。


 ぱしゃり。


 撮れた写真を見た瞬間、弓弦は言葉を失う。


「……かわいい」


『また?』


「うん」


『まだ何もしてないよ』


「存在がかわいい」


『……』


 ほたるが少しだけ困ったように笑う。


 伯耆はそれを見て、肩を震わせていた。


「弓弦さん、強いですね」


「何が?」


「隠す気がないところが」


「……」


 自覚はあった。


 最近、ほたるに対して「かわいい」を隠せない。


 昔なら心の中で叫んでいた。


 今は普通に口から出る。


 終わっている。


 でも、止まらない。


 昼食は、MASHIRO先生のおすすめだった。


 海賊船のアトラクションのそばにある、薄暗く幻想的なレストラン。


 店内へ入った瞬間、外の明るさが嘘のように消えた。


 ランタンの灯り。


 水辺のきらめき。


 遠くに聞こえる陽気な音楽。


 まるで夜の港町に迷い込んだような雰囲気だった。


『すごい……』


 ほたるが小さく呟く。


 それは番組用の声ではなく、本音に近かった。


 その顔を見て、MASHIROが満足そうに頷く。


「ここ、雰囲気がいいんです」


「真白、得意げ」


 伯耆が笑う。


「だって、初めてなら絶対ここがいいと思って」


「正解だと思うよ」


 弓弦も頷いた。


 四人はテーブルにつき、料理をいくつも頼んだ。


 プレート。


 パスタ。


 肉料理。


 デザート。


 限定ドリンク。


 せっかくだからと、全部少しずつシェアすることになった。


『これ、おいしい』


「ほたるちゃん、それ好き?」


『うん』


「じゃあ、こっちも食べてみる?」


『いいの?』


「もちろん」


 伯耆が自然に皿を寄せる。


 その隣でMASHIROも小さく手を挙げた。


「あの、こっちのデザートもおすすめです」


『ありがとう』


 ほたるはにこりと笑う。


 場の空気は穏やかだった。


 番組で出会った四人。


 けれど今は、同窓会のような懐かしさもあった。


 食事が進むにつれ、話題は午後の予定へ移っていく。


「午後は二組に分かれるんですよね」


 伯耆が言う。


「真白、どうする?」


 MASHIROはすでにスマホを見ていた。


「ショーを二つ見て、次のパスの時間にアトラクションへ行って、そのあとパレードの場所取りをして、間にフードを挟んで、夕方のショー抽選が当たっているのでそこへ行って……」


「真白」


「はい」


「それ、休憩ある?」


「移動中に休めます」


「それは休憩じゃないね」


 伯耆が少し遠い目をする。


 弓弦は思わず笑った。


 MASHIROは恋愛初心者で、人見知りで、普段は控えめ。


 けれど、好きなものを前にすると一直線。


 伯耆はそんな彼女を、困ったように、けれど愛おしそうに見ている。


 ちゃんと付き合っている二人の空気だった。


「弓弦さんたちは?」


 伯耆が視線を向ける。


「午後、どう回ります?」


 弓弦は隣のほたるを見る。


「ほたるちゃん、行きたいところある?」


 ほたるは少し考えたあと、にこりと笑った。


『まかせる』


「……」


 完全に委ねられた。


 それはそれで、責任重大だった。


 弓弦は少しだけ考える。


 朝からほたるはよく笑っていた。


 けれど、車内では三秒で寝た。


 きっと疲れている。


 午後までMASHIRO先生的なコースだと、夜まで体力が持たない。


「じゃあ、俺たちはゆっくり回ろうか」


『ゆっくり?』


「うん。あまり歩き回らずに、フード食べたり、お土産見たり」


『……いいの?』


「いいよ」


 弓弦は笑う。


「今日は長いし」


 ほたるは少しだけ瞬きをした。


 それから、いつもの花のような笑顔になる。


『楽しそう』


 その笑顔は完璧だった。


 でも弓弦には、ほんの少しだけ分かる。


 ほたるは今、とれだかを計算した。


 歩き回らない。


 でもフードとお土産なら、映像になる。


 会話も作れる。


 休める。


 効率がいい。


(……今、頭の中でそろばん弾いたな)


 弓弦は苦笑する。


 けれど口には出さなかった。


 それも含めて、ほたるらしいと思ってしまったから。


 食事を終え、四人はレストランを出る。


 外の光が一気に眩しい。


 午後のパークは、朝よりもさらに賑やかだった。


 MASHIROはスマホを握りしめ、すでに次の目的地を見ている。


「伯耆さん、行きましょう」


「はいはい」


 伯耆は笑いながら立ち上がる。


 その顔は少し遠い目をしていたけれど、手は自然にMASHIROの荷物を持っていた。


「じゃあ、あとでホテルで」


「うん」


「ほたるちゃん、弓弦さん、楽しんでください」


『MASHIROちゃんも』


「はい!」


 二組はそこで分かれた。


 ショーとアトラクションを詰め込んだ、全力のMASHIRO先生コース。


 そして。


 フードとお土産を中心にした、ゆずほたのゆっくりデートコース。


 弓弦は隣のほたるを見る。


 赤いリボンのカチューシャ。


 少し眠そうな瞳。


 それでもカメラへ向ければ、完璧に笑えるトップアイドル。


「行こっか」


『うん』


 午後のデートが、静かに始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ