52.
⭐︎52.
パークは、MASHIRO先生の案内で進んでいった。
先生。
いつの間にか、四人の中でそういう扱いになっていた。
「まず、正面の通りを抜けたら、写真スポットがあります。初めてなら絶対そこは押さえたいです」
MASHIROはスマホを片手に、真剣な顔で説明する。
普段は人見知りで、声も小さめ。
けれど今は違った。
背筋が伸び、目は輝き、足取りまで軽い。
完全に水を得た魚だった。
「あと、朝のうちに人気アトラクションを一つ乗って、そのあと軽めのショーを見て、移動しながらフードを買って……」
「真白」
伯耆が苦笑する。
「少し息しようか」
「あ……」
MASHIROは我に返ったように瞬きをする。
「すみません」
「いや、頼もしいよ」
弓弦が笑う。
「今日は先生に任せる」
「先生……」
MASHIROは少し照れたように頬を赤くした。
その隣で、ほたるはにこにこと笑っている。
『MASHIROちゃん、すごいね』
「い、いえ……」
『初めてだから、うれしい』
花が咲くような笑顔。
それを向けられたMASHIROは、完全に固まった。
「……が、頑張ります」
小さく拳を握る。
その姿に、伯耆が優しく笑った。
午前中は、ほたるが初めて来たことを考えた王道コースになった。
大きな通りを歩き。
シンボルの前で写真を撮り。
定番アトラクションに乗り。
キャラクターの装飾を見て。
フードワゴンの甘い香りに足を止める。
ほたるは、そのすべてに完璧な反応を見せた。
『わぁ……!』
『かわいい』
『すごいね』
『本当に映画の中みたい』
大きすぎず。
わざとらしくなく。
けれど、画面越しに見た人間が思わず笑顔になるような反応。
弓弦は横で見ていて、少し感心してしまった。
(……強い)
初めての夢の国。
しかも朝から眠そうだったのに。
カメラが回れば、ほたるは完璧だった。
視線。
笑顔。
声の高さ。
驚くタイミング。
全部がちょうどいい。
アイドルとして、番組として、求められているものを自然に出している。
まさに、とれだかの女王だった。
けれど。
時折、本当に初めてなのだと分かる瞬間があった。
道端の小さな装飾をじっと見る。
ショーウィンドウに並ぶお菓子の缶を不思議そうに眺める。
キャストが手を振ると、一瞬だけ驚いてから笑顔で振り返す。
その反応だけは、演技ではない。
だから弓弦は、ますます目が離せなくなった。
「ほたるちゃん、こっち見て」
『?』
弓弦がスマホを向けると、ほたるは赤いリボンのカチューシャに軽く手を添えた。
ぱしゃり。
撮れた写真を見た瞬間、弓弦は言葉を失う。
「……かわいい」
『また?』
「うん」
『まだ何もしてないよ』
「存在がかわいい」
『……』
ほたるが少しだけ困ったように笑う。
伯耆はそれを見て、肩を震わせていた。
「弓弦さん、強いですね」
「何が?」
「隠す気がないところが」
「……」
自覚はあった。
最近、ほたるに対して「かわいい」を隠せない。
昔なら心の中で叫んでいた。
今は普通に口から出る。
終わっている。
でも、止まらない。
昼食は、MASHIRO先生のおすすめだった。
海賊船のアトラクションのそばにある、薄暗く幻想的なレストラン。
店内へ入った瞬間、外の明るさが嘘のように消えた。
ランタンの灯り。
水辺のきらめき。
遠くに聞こえる陽気な音楽。
まるで夜の港町に迷い込んだような雰囲気だった。
『すごい……』
ほたるが小さく呟く。
それは番組用の声ではなく、本音に近かった。
その顔を見て、MASHIROが満足そうに頷く。
「ここ、雰囲気がいいんです」
「真白、得意げ」
伯耆が笑う。
「だって、初めてなら絶対ここがいいと思って」
「正解だと思うよ」
弓弦も頷いた。
四人はテーブルにつき、料理をいくつも頼んだ。
プレート。
パスタ。
肉料理。
デザート。
限定ドリンク。
せっかくだからと、全部少しずつシェアすることになった。
『これ、おいしい』
「ほたるちゃん、それ好き?」
『うん』
「じゃあ、こっちも食べてみる?」
『いいの?』
「もちろん」
伯耆が自然に皿を寄せる。
その隣でMASHIROも小さく手を挙げた。
「あの、こっちのデザートもおすすめです」
『ありがとう』
ほたるはにこりと笑う。
場の空気は穏やかだった。
番組で出会った四人。
けれど今は、同窓会のような懐かしさもあった。
食事が進むにつれ、話題は午後の予定へ移っていく。
「午後は二組に分かれるんですよね」
伯耆が言う。
「真白、どうする?」
MASHIROはすでにスマホを見ていた。
「ショーを二つ見て、次のパスの時間にアトラクションへ行って、そのあとパレードの場所取りをして、間にフードを挟んで、夕方のショー抽選が当たっているのでそこへ行って……」
「真白」
「はい」
「それ、休憩ある?」
「移動中に休めます」
「それは休憩じゃないね」
伯耆が少し遠い目をする。
弓弦は思わず笑った。
MASHIROは恋愛初心者で、人見知りで、普段は控えめ。
けれど、好きなものを前にすると一直線。
伯耆はそんな彼女を、困ったように、けれど愛おしそうに見ている。
ちゃんと付き合っている二人の空気だった。
「弓弦さんたちは?」
伯耆が視線を向ける。
「午後、どう回ります?」
弓弦は隣のほたるを見る。
「ほたるちゃん、行きたいところある?」
ほたるは少し考えたあと、にこりと笑った。
『まかせる』
「……」
完全に委ねられた。
それはそれで、責任重大だった。
弓弦は少しだけ考える。
朝からほたるはよく笑っていた。
けれど、車内では三秒で寝た。
きっと疲れている。
午後までMASHIRO先生的なコースだと、夜まで体力が持たない。
「じゃあ、俺たちはゆっくり回ろうか」
『ゆっくり?』
「うん。あまり歩き回らずに、フード食べたり、お土産見たり」
『……いいの?』
「いいよ」
弓弦は笑う。
「今日は長いし」
ほたるは少しだけ瞬きをした。
それから、いつもの花のような笑顔になる。
『楽しそう』
その笑顔は完璧だった。
でも弓弦には、ほんの少しだけ分かる。
ほたるは今、とれだかを計算した。
歩き回らない。
でもフードとお土産なら、映像になる。
会話も作れる。
休める。
効率がいい。
(……今、頭の中でそろばん弾いたな)
弓弦は苦笑する。
けれど口には出さなかった。
それも含めて、ほたるらしいと思ってしまったから。
食事を終え、四人はレストランを出る。
外の光が一気に眩しい。
午後のパークは、朝よりもさらに賑やかだった。
MASHIROはスマホを握りしめ、すでに次の目的地を見ている。
「伯耆さん、行きましょう」
「はいはい」
伯耆は笑いながら立ち上がる。
その顔は少し遠い目をしていたけれど、手は自然にMASHIROの荷物を持っていた。
「じゃあ、あとでホテルで」
「うん」
「ほたるちゃん、弓弦さん、楽しんでください」
『MASHIROちゃんも』
「はい!」
二組はそこで分かれた。
ショーとアトラクションを詰め込んだ、全力のMASHIRO先生コース。
そして。
フードとお土産を中心にした、ゆずほたのゆっくりデートコース。
弓弦は隣のほたるを見る。
赤いリボンのカチューシャ。
少し眠そうな瞳。
それでもカメラへ向ければ、完璧に笑えるトップアイドル。
「行こっか」
『うん』
午後のデートが、静かに始まった。




