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ゲートをくぐった瞬間だった。
「……!」
真っ先に反応したのはMASHIROだった。
きらきらと目が輝く。
普段の物静かな表情が嘘みたいに、瞳が期待でいっぱいになる。
「……。」
今にも走り出しそう。
けれど、大人だから必死に我慢している。
その様子があまりにも分かりやすくて、弓弦は思わず笑ってしまった。
(分かる。)
普段大人しい人ほど。
好きなものを前にすると弱い。
それは、自分も同じだから。
ほたるのライブ会場へ行けば、きっと自分も似たような顔をしている。
「それでは皆さん。」
ディレクターが四人を集める。
「本日の流れだけ確認します。」
全員が耳を傾ける。
「午前中は四人で自由に回ってください。」
「お昼を食べたあと、二組に分かれてデートをしていただきます。」
「十五時からホテルへチェックインできます。」
「海側パークにあるホテルです。」
「お部屋で休んでも構いません。」
「ホテル内のプールで遊んでいただいても結構です。」
「夜の過ごし方も自由です。」
「閉園は二十一時。」
「皆さんらしい一日を撮らせてください。」
最後にスタッフは笑った。
「それでは。」
「よろしくお願いします。」
拍手が小さく起こる。
その瞬間だった。
スタッフが一歩下がる。
カメラも少し距離を取る。
必要以上に話しかけない。
あくまで見守る。
恋愛リアリティーショーらしい。
空気を壊さない距離感。
自然な表情を撮るための配慮が伝わってきた。
「じゃあ。」
伯耆が笑う。
「どこ行こうか。」
そう言いかけた、その時だった。
「取れました!」
MASHIROが勢いよく振り返る。
全員が驚く。
「え?」
「全部です!」
「え?」
「抽選!」
「パス!」
「全部!」
スマホを嬉しそうに掲げる。
「人気アトラクション全部取れました!」
「……。」
「……。」
「……。」
三人とも固まる。
「え。」
弓弦が聞き返す。
「もう?」
「はい!」
「入園したら最初にやることなので。」
「さっき歩きながら全部取りました。」
「……。」
伯耆が苦笑する。
「さすが真白。」
「ありがとうございます。」
「午前中はMASHIRO先生についていこう。」
「……はい。」
照れながらも、少し誇らしそうに笑うMASHIRO。
完全に頼れるガイドだった。
四人はセンターストリートをゆっくり歩く。
色鮮やかなショップ。
甘いポップコーンの香り。
聞こえてくる軽快な音楽。
どこを見ても夢の国だった。
その時だった。
弓弦の視界に、ほたるが映る。
ショーウインドウの前。
じっと立ち止まっている。
視線の先には。
色とりどりのカチューシャ。
耳付き。
リボン付き。
帽子付き。
季節限定。
どれも可愛らしい。
ほたるはガラス越しに眺めていた。
珍しそうに。
本当に珍しそうに。
その横顔を見た瞬間。
弓弦は考えるより先に店へ入っていた。
「え?」
三人が振り返る。
一分もしないうちに戻ってくる。
手には赤い大きなリボンのカチューシャ。
「ほたるちゃん。」
『?』
「ちょっと。」
ほたるが素直に近付く。
弓弦はそっと前髪を避けて。
赤いリボンを頭へ乗せた。
ぱちん。
完成。
「……。」
弓弦は固まる。
(……可愛い。)
予想以上だった。
白い肌。
艶やかな黒い髪。
赤いリボン。
全部が似合いすぎている。
「可愛い。」
思わず口から漏れた。
最近はもう隠せない。
前なら心の中だけだった。
でも今は。
思ったことがそのまま口へ出る。
ほたるは不思議そうに瞬きをした。
『……これ、なに?』
「え?」
弓弦も首を傾げる。
そのまま自分用に買った、魔法使いの帽子付きカチューシャを手に取る。
自分の頭へ乗せる。
「こういうやつ。」
『……。』
ほたるはじっと見つめる。
そして。
周囲を見渡した。
『……。』
歩いている人。
スタッフ。
キャスト。
みんな頭に何か付けている。
耳。
帽子。
リボン。
王冠。
ようやく納得したように頷いた。
『そういう場所なんだ。』
「……。」
「……。」
「……。」
三人が同時に固まる。
伯耆が恐る恐る聞く。
「……ほたるちゃん。」
「もしかして。」
「初めて?」
『……うん。』
一拍置いて。
『……え?』
きょとん。
『おかしい?』
「「「えぇぇぇぇ!?」」」
三人の声が見事に重なった。
MASHIROが一番大きかった。
「ありえないです!」
思わず叫ぶ。
「えっ!?」
「本当にですか!?」
『うん。』
「来たことないんですか!?」
『ない。』
「小さい頃も?」
『ない。』
「学校の遠足とか!」
『ない。』
「修学旅行!」
『ない。』
「友達と!」
『ない。』
「デート!」
『……ない。』
MASHIROは頭を抱えた。
「そんなことあります!?」
伯耆も驚きを隠せない。
「芸能界入る前も?」
『うん。』
ほたるは首を傾げる。
『そんなに珍しい?』
「珍しいよ。」
弓弦も思わず笑う。
「俺、小さい頃に家族と何回か来たし。」
「学生の頃も友達と遊びに来た。」
「ほとんどの人、一回くらいは来てると思う。」
『そうなんだ。』
本当に知らなかった顔。
演技ではない。
心から不思議そうにしている。
伯耆が苦笑した。
「ほたるちゃんって、本当に謎が多いよね。」
二年前。
彗星のように芸能界へ現れたトップアイドル。
本名不明。
経歴不明。
過去もほとんど語られない。
知らないことばかり。
それなのに。
今、目の前にいるほたるは。
ショーウインドウへ映る自分の赤いリボンを見て。
『……。』
少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
その表情は。
国民的アイドルでも。
完璧な天使でもなく。
初めて夢の国へ来た、一人の普通の女の子だった。




