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あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


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51.



⭐︎51.




ゲートをくぐった瞬間だった。


「……!」


 真っ先に反応したのはMASHIROだった。


 きらきらと目が輝く。


 普段の物静かな表情が嘘みたいに、瞳が期待でいっぱいになる。


「……。」


 今にも走り出しそう。


 けれど、大人だから必死に我慢している。


 その様子があまりにも分かりやすくて、弓弦は思わず笑ってしまった。


(分かる。)


 普段大人しい人ほど。


 好きなものを前にすると弱い。


 それは、自分も同じだから。


 ほたるのライブ会場へ行けば、きっと自分も似たような顔をしている。


「それでは皆さん。」


 ディレクターが四人を集める。


「本日の流れだけ確認します。」


 全員が耳を傾ける。


「午前中は四人で自由に回ってください。」


「お昼を食べたあと、二組に分かれてデートをしていただきます。」


「十五時からホテルへチェックインできます。」


「海側パークにあるホテルです。」


「お部屋で休んでも構いません。」


「ホテル内のプールで遊んでいただいても結構です。」


「夜の過ごし方も自由です。」


「閉園は二十一時。」


「皆さんらしい一日を撮らせてください。」


 最後にスタッフは笑った。


「それでは。」


「よろしくお願いします。」


 拍手が小さく起こる。


 その瞬間だった。


 スタッフが一歩下がる。


 カメラも少し距離を取る。


 必要以上に話しかけない。


 あくまで見守る。


 恋愛リアリティーショーらしい。


 空気を壊さない距離感。


 自然な表情を撮るための配慮が伝わってきた。


「じゃあ。」


 伯耆が笑う。


「どこ行こうか。」


 そう言いかけた、その時だった。


「取れました!」


 MASHIROが勢いよく振り返る。


 全員が驚く。


「え?」


「全部です!」


「え?」


「抽選!」


「パス!」


「全部!」


 スマホを嬉しそうに掲げる。


「人気アトラクション全部取れました!」


「……。」


「……。」


「……。」


 三人とも固まる。


「え。」


 弓弦が聞き返す。


「もう?」


「はい!」


「入園したら最初にやることなので。」


「さっき歩きながら全部取りました。」


「……。」


 伯耆が苦笑する。


「さすが真白。」


「ありがとうございます。」


「午前中はMASHIRO先生についていこう。」


「……はい。」


 照れながらも、少し誇らしそうに笑うMASHIRO。


 完全に頼れるガイドだった。


 四人はセンターストリートをゆっくり歩く。


 色鮮やかなショップ。


 甘いポップコーンの香り。


 聞こえてくる軽快な音楽。


 どこを見ても夢の国だった。


 その時だった。


 弓弦の視界に、ほたるが映る。


 ショーウインドウの前。


 じっと立ち止まっている。


 視線の先には。


 色とりどりのカチューシャ。


 耳付き。


 リボン付き。


 帽子付き。


 季節限定。


 どれも可愛らしい。


 ほたるはガラス越しに眺めていた。


 珍しそうに。


 本当に珍しそうに。


 その横顔を見た瞬間。


 弓弦は考えるより先に店へ入っていた。


「え?」


 三人が振り返る。


 一分もしないうちに戻ってくる。


 手には赤い大きなリボンのカチューシャ。


「ほたるちゃん。」


『?』


「ちょっと。」


 ほたるが素直に近付く。


 弓弦はそっと前髪を避けて。


 赤いリボンを頭へ乗せた。


 ぱちん。


 完成。


「……。」


 弓弦は固まる。


(……可愛い。)


 予想以上だった。


 白い肌。


 艶やかな黒い髪。


 赤いリボン。


 全部が似合いすぎている。


「可愛い。」


 思わず口から漏れた。


 最近はもう隠せない。


 前なら心の中だけだった。


 でも今は。


 思ったことがそのまま口へ出る。


 ほたるは不思議そうに瞬きをした。


『……これ、なに?』


「え?」


 弓弦も首を傾げる。


 そのまま自分用に買った、魔法使いの帽子付きカチューシャを手に取る。


 自分の頭へ乗せる。


「こういうやつ。」


『……。』


 ほたるはじっと見つめる。


 そして。


 周囲を見渡した。


『……。』


 歩いている人。


 スタッフ。


 キャスト。


 みんな頭に何か付けている。


 耳。


 帽子。


 リボン。


 王冠。


 ようやく納得したように頷いた。


『そういう場所なんだ。』


「……。」


「……。」


「……。」


 三人が同時に固まる。


 伯耆が恐る恐る聞く。


「……ほたるちゃん。」


「もしかして。」


「初めて?」


『……うん。』


 一拍置いて。


『……え?』


 きょとん。


『おかしい?』


「「「えぇぇぇぇ!?」」」


 三人の声が見事に重なった。


 MASHIROが一番大きかった。


「ありえないです!」


 思わず叫ぶ。


「えっ!?」


「本当にですか!?」


『うん。』


「来たことないんですか!?」


『ない。』


「小さい頃も?」


『ない。』


「学校の遠足とか!」


『ない。』


「修学旅行!」


『ない。』


「友達と!」


『ない。』


「デート!」


『……ない。』


 MASHIROは頭を抱えた。


「そんなことあります!?」


 伯耆も驚きを隠せない。


「芸能界入る前も?」


『うん。』


 ほたるは首を傾げる。


『そんなに珍しい?』


「珍しいよ。」


 弓弦も思わず笑う。


「俺、小さい頃に家族と何回か来たし。」


「学生の頃も友達と遊びに来た。」


「ほとんどの人、一回くらいは来てると思う。」


『そうなんだ。』


 本当に知らなかった顔。


 演技ではない。


 心から不思議そうにしている。


 伯耆が苦笑した。


「ほたるちゃんって、本当に謎が多いよね。」


 二年前。


 彗星のように芸能界へ現れたトップアイドル。


 本名不明。


 経歴不明。


 過去もほとんど語られない。


 知らないことばかり。


 それなのに。


 今、目の前にいるほたるは。


 ショーウインドウへ映る自分の赤いリボンを見て。


『……。』


 少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。


 その表情は。


 国民的アイドルでも。


 完璧な天使でもなく。


 初めて夢の国へ来た、一人の普通の女の子だった。

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