50.
⭐︎50.
ロケバスは静かに都内を抜け、高速道路へ入る。
窓の外には朝の東京湾。
やがて、大きな白い橋が見えてきた。
レインボーブリッジ。
朝日に照らされた海がきらきらと輝き、遠くにはお台場の街並みが広がっている。
車内は穏やかな空気だった。
ほたるは相変わらず弓弦の肩にもたれたまま、気持ち良さそうに眠っている。
小さく規則正しい寝息。
時折、揺れに合わせて髪がさらりと弓弦の腕へ触れる。
(……起きないな。)
よほど疲れていたのだろう。
弓弦は肩が動かないよう、自然と姿勢を正した。
そんな様子を見計らったように、ディレクターが前方から声を掛ける。
「それでは皆さん、今日の流れだけ説明します。」
弓弦だけが小さく頷く。
ほたるを起こさないよう、静かに耳を傾けた。
「今日はスポンサー企業様の貸し切り営業日です。」
「一般営業ではありませんので、通常営業日よりかなり人は少ないです。」
「ですが、スポンサー様の招待客や関係者はいらっしゃいます。」
「完全貸し切りではありませんので、その点だけお願いします。」
「はい。」
弓弦は小さく返事をする。
「撮影はなるべく自然体で。」
「デートを楽しむ気持ちで。」
──デートを楽しむ気持ちで。
その言葉だけ、やけに耳へ残った。
(いやいや。)
(仕事だから。)
心の中で何度も言い聞かせる。
ディレクターはさらに説明を続けた。
「パーク内ではスマートフォンを使用していただきます。」
「アプリでマップを確認し、アトラクションの予約、パス取得もすべてスマホからになります。」
「紙のマップは基本的にありません。」
「え。」
思わず声が漏れた。
「ないんですか?」
「はい。」
スタッフが笑う。
「今は全部アプリですね。」
「へぇ……。」
弓弦は純粋に驚いた。
最後に来たのは何年前だっただろう。
幼い頃。
父と母に連れられて歩いた夢の国。
家族四人で写真を撮って。
紙のマップを広げながら、
『次どこ行く?』
なんて話していた記憶。
学生になってからも友人と数回遊びに来た。
その頃もまだ、紙のマップをポケットへ入れて歩いていた気がする。
(そんなに変わったんだ。)
時代を感じる。
「そうなんですよ!」
突然。
静かだったMASHIROが勢いよく顔を上げた。
今までとは別人みたいだった。
「入園したら、まず有料パスを取った方がいいです。」
「人気アトラクションは朝が勝負なので。」
「あと抽選も先に。」
「有料パスを取得すると、一時間くらい空けないと次が取れないので、タイマーをセットしておくと忘れません。」
「アプリの位置情報もオンにして。」
「モバイルバッテリーは絶対必要です。」
「あと──」
「……。」
「……。」
車内が静かになる。
弓弦も伯耆もぽかんとしていた。
MASHIROだけが真剣だ。
「レストランも混むので予約を──」
そこまで言って。
「あ。」
我に返る。
「……でも。」
少し恥ずかしそうに俯く。
「今日は貸し切りでした。」
「そんなに混んでないのかな……。」
「でも人気アトラクションは……。」
またぶつぶつ考え始める。
その姿が少し可愛らしくて。
伯耆が苦笑した。
「弓弦さん。」
「はい?」
「真白、このテーマパーク大好きなんです。」
「そうなんだ。」
「休みの日、一人でも来ます。」
「伯耆さん。」
MASHIROが少しだけ頬を膨らませる。
「一人じゃありません。」
「私と来たこともあるよね?」
「……あります。」
少し照れたように笑う。
そのやり取りだけで、二人の仲の良さが伝わってきた。
「年パスがあった頃は、本当に毎月来てたんですよ。」
「へぇ。」
「廃止されたの、今でも悲しいです。」
真白は本気で落ち込んだ表情になる。
「復活してくれたら、絶対買います。」
「そんなに?」
「はい。」
即答だった。
「ここ嫌いな人っています?」
真剣な顔で聞かれてしまい、弓弦は思わず笑う。
「いや、嫌いな人はあんまりいないんじゃないかな。」
「ですよね。」
MASHIROは満足そうに頷いた。
「夢の国ですもん。」
その言葉に弓弦も苦笑する。
「俺も嫌いじゃないよ。」
むしろ好きだ。
来るだけで少しだけ子どもに戻れる場所。
そんな不思議な空気がある。
そう思って。
ふと隣を見る。
ほたるは変わらず眠っていた。
すぅ……。
規則正しい寝息。
長い睫毛。
安心しきった寝顔。
(……ほたるちゃんは。)
こういう場所、好きなのかな。
遊園地。
テーマパーク。
キャラクター。
パレード。
甘いお菓子。
写真。
女の子なら、やっぱり好きなのだろうか。
もし好きなら。
今日はいっぱい楽しんでほしい。
一緒に笑って。
一緒にはしゃいで。
仕事だとしても。
少しくらい思い出になればいい。
そんなことを考えた瞬間。
(……いや。)
弓弦はぶんぶんと小さく頭を振る。
(違う違う。)
(仕事。)
(今日は仕事だから。)
浮かれるな。
期待するな。
そう自分へ言い聞かせる。
けれど。
肩へ預けられた小さな温もりだけは、どうしても意識してしまうのだった。




