49.
⭐︎49.
ロケ当日。
まだ朝日が昇りきらない早朝。
都内のテレビ局前には、大型のロケバスが停まっていた。
一泊二日。
スポンサー全面協力によるテーマパーク貸し切りロケ。
『Love Archive』で誕生した二組のカップルが、一泊二日でテーマパークを満喫する。
そんな特別企画だった。
「おはようございます。」
弓弦がバスへ乗り込む。
車内を見渡すと、すでに二人が並んで座っていた。
「あ、おはようございます。弓弦さん。」
穏やかに笑ったのは、櫻井伯耆。
二十四歳。
落ち着いた空気をまとったシンガーソングライター。
番組では大人びた雰囲気で皆を包み込む存在だった。
その隣には、小さく会釈するMAShIRO。
「……お、おはようございます。」
二十歳。
人見知りで、普段は声も小さい。
けれど、一度ステージへ立てば別人のように歌う実力派シンガー。
そして実は昔からAsterism、特に弓弦のファンだった。
「おはよう。」
弓弦も自然と笑顔になる。
「久しぶりですね。」
「番組ぶりです。」
伯耆が隣の席を軽く叩いた。
「弓弦さん、こっちどうぞ。」
「ありがとう。」
向かいの席へ腰を下ろす。
バスはまだ出発前。
車内には穏やかな空気が流れていた。
「最近、本当に忙しそうですね。」
真白が少し緊張しながら話しかけてくる。
「テレビで毎日のように見ます。」
「あ、ありがとう。」
「ドラマも観てます。」
「え、本当に?」
こくん、と真白が頷いた。
「インスタも。」
「あ……。」
弓弦は少し照れたように笑う。
「ほたるさんとの、公園の動画。」
「あと、地方のカフェ。」
「すごく自然で……素敵でした。」
「ありがとうございます。」
素直にそう言われると、少し照れくさい。
「いや、本当に。」
伯耆も笑う。
「番組終わってから、お二人ずっと話題ですもん。」
「CMもドラマも雑誌も。」
「この前のデート風の企画も見ました。」
「素敵でした。」
「そうですか?」
「はい。」
伯耆は頷いた。
「お2人の間に流れる空気は、柔らかいです。」
「仕事っていうより、お互い安心してる感じがして。」
その言葉が嬉しかった。
番組を一緒に走り抜けた二人だからこそ分かることがある。
弓弦は自然と目の前の二人を見る。
伯耆とMASHIRO。
番組後半。
音楽という共通点から急接近した二人。
番組終了後、伯耆が告白し、正式に恋人になった。
今も、その空気は変わらない。
「真白。」
伯耆がペットボトルを差し出す。
「飲む?」
「……うん。」
嬉しそうに受け取るMASHiRO。
その何気ないやり取りが、とても自然だった。
恋人だから無理に甘いわけでもない。
一緒にいることが当たり前。
そんな穏やかな距離感。
ふと。
二人の左手が目に入る。
お揃いのシルバーリング。
ペアリングだった。
隠すこともなく。
見せびらかすこともなく。
自然につけている。
それだけで、ちゃんと付き合っていることが伝わってくる。
(……いいな。)
弓弦は少しだけ目を細めた。
本当に相思相愛なんだ。
恋人として過ごす毎日を、純粋に楽しんでいる。
どこか眩しく見えた。
「そういえば。」
伯耆が辺りを見回した。
「ほたるちゃんは?」
「あ。」
弓弦は時計を見る。
「前のお仕事が押してるみたいです。」
「今日も?」
伯耆が驚く。
「最近、本当に忙しいですね。」
「昨日も夜まで撮影だったんですよね?」
MASHIROが心配そうに言う。
「ドラマ。」
「CM。」
「歌番組。」
「ラジオのお仕事もありますし……。」
「休めてるんですか?」
「……多分、あまり。」
弓弦が苦笑した、その時だった。
バスのドアが開く。
「おはようございます。」
柔らかな声。
ほたるだった。
帽子を軽く押さえながら乗り込むと、真っ先に運転手へ向かう。
『おはようございます。今日もよろしくお願いします。』
続いて。
ディレクター。
カメラマン。
音声。
メイク。
衣装。
一人ひとりへ丁寧に頭を下げていく。
『いつもありがとうございます。』
『前の現場が少し押してしまって……。』
『遅くなってしまい、すみません。』
集合時間まではまだ十分ある。
遅刻ではない。
それでも申し訳なさそうに謝る姿に、スタッフたちは慌てて笑う。
「全然大丈夫!」
「むしろ早いくらい!」
「気にしないで!」
『ありがとうございます。』
花が咲くような笑顔。
その笑顔だけで、車内の空気まで明るくなる。
挨拶を終えたほたるは、伯耆たちの前まで歩いてきた。
『お久しぶりです。』
「ほたるちゃん、久しぶり。」
伯耆が笑う。
「元気そうで安心した。」
『ありがとうございます。』
次に真白へ視線を向ける。
『MASHIROさんも、お久しぶり。』
「お、お久しぶりです……。」
少し照れながら笑うMASHIRO。
短い挨拶だけで、自然と穏やかな空気が流れる。
そして。
ほたるが弓弦を見る。
目が合う。
小さく微笑んだ。
『おはよう。』
「……おはよう。」
それだけで。
弓弦の心臓は今日も忙しい。
ほたるはそのまま当然のように弓弦の隣へ座った。
バッグを足元へ置く。
小さく息を吐いた。
『……ちょっと寝るね。』
「うん。」
返事をした瞬間。
こてん。
弓弦の肩へ頭を預ける。
柔らかな髪が腕へ触れた。
そして。
『……すぅ。』
本当に三秒だった。
規則正しい寝息が聞こえてくる。
「早っ。」
伯耆が思わず笑う。
「相当眠かったんだね。」
「かわいい……。」
MASHIROも思わず頬を緩める。
「最近ずっと忙しいもんね。」
「寝られる時に寝ないと。」
「……うん。」
弓弦は小さく頷いた。
肩に伝わる重みは驚くほど軽い。
この細い身体で。
毎日いくつもの現場を回り。
誰に対しても笑顔を絶やさず。
一切弱音を吐かない。
だからこそ。
せめて今日だけは。
起こさないように。
揺らさないように。
そっと姿勢を整える。
(今日は。)
テーマパークも。
撮影も。
全部大事だ。
だけど、それ以上に。
(なるべく、ほたるを休ませてあげよう。)
弓弦は肩にもたれて眠るほたるを見つめながら、静かにそう心へ誓っていた。




