5.
⭐︎5.
翌朝。
まだ人もまばらな東京駅。
ホームには、大きな荷物を持った四人の男たちが並んでいた。
トップアイドルグループ・Asterism。
これから数か月に及ぶ、京都での時代劇ドラマ撮影が始まる。
いつもなら賑やかな水城宗真も、朝だけは少し眠そうで。
黒瀬晃一はイヤホンを片耳だけつけ、眠気を飛ばすようにガムを噛んでいる。
神崎晋也は朝からコーヒー片手にスケジュールを確認。
そして。
御影弓弦はというと。
「……ほたるちゃん、もうホームにいるかな。」
まったく別のことを考えていた。
「御影さん。」
低く、よく通る声。
振り返れば、マネージャーの阿久津が立っている。
三十七歳。
切れ長の目に鋭い眼光。
色気のある渋い雰囲気をまとい、スーツを隙なく着こなしている。
表情はいつも硬い。
基本的に敬語。
そして、メンバー全員を名前で「さん」付けで呼ぶ。
「御影さん。」
「はい。」
「仕事中は撮影のことを考えてください。」
「……はい。」
一瞬で肩を落とす弓弦。
耳が見えそうなくらい、しゅんとする。
まるで叱られたゴールデンレトリーバーだった。
水城が小声で笑う。
「また怒られてる。」
「毎日飽きねぇな。」
黒瀬も苦笑する。
神崎だけは慣れたようにコーヒーを飲んでいた。
◇◇◇
新幹線。
グリーン車の一角。
四人が席へ着くと、阿久津が紙袋から分厚い台本を取り出した。
「皆さん、こちらが最新稿です。」
それぞれへ配っていく。
「京都へ着くまでに一度目を通してください。」
「はーい。」
水城が受け取り、黒瀬もページをめくる。
神崎は仕事が早い。
もう読み始めている。
一方。
弓弦も真剣な表情で台本を開いた。
「……。」
一ページ。
二ページ。
三ページ。
静かな車内に、紙をめくる音だけが響く。
「……。」
その手が止まった。
「…………。」
「……え?」
小さく漏れた声。
さらに読み返す。
「え?」
神崎が顔を上げる。
「どうした。」
弓弦は震える指でページを指差した。
「神崎。」
「なんだ。」
「俺……ベッドシーンある。」
一瞬、空気が止まる。
次の瞬間。
「ぶっ!」
水城が吹き出した。
黒瀬も肩を震わせる。
「ちょ、笑い事じゃないから!」
弓弦は本気で青ざめていた。
「俺、大丈夫かな……。」
「知らん。」
「近距離だよ?」
「そうだな。」
「しかも相手、ほたるちゃんだよ?」
「役だ。」
「演技だけど!」
「役だ。」
「俺、理性保てるかな……。」
「襲うなよ。」
神崎がさらりと言う。
「襲わない!」
「顔が不安。」
「自信はない!」
「あるのかないのかどっちだ。」
「いや、だって可愛いじゃん……。」
「知ってる。」
「目合わせたら固まる。」
「固まるだけならいい。」
「心臓止まる。」
「死ぬな。」
「頑張る。」
「頑張る方向がおかしい。」
水城はもう笑いが止まらない。
「朝から腹痛ぇ。」
◇◇◇
弓弦は続きを読み進める。
「…………。」
また止まった。
「……え?」
「今度は何だ。」
神崎が呆れたように聞く。
弓弦はゆっくり顔を上げた。
「なんで神崎ともベッドシーンあるの?」
「は?」
ページを突き付ける。
「ここ!」
神崎が確認する。
「ああ。」
「ああじゃない!」
「神崎を疑い、家に通う。」
「密室!」
「そういう演出だろ。」
「いやいやいや!」
「騒ぐな。」
「しかも!」
弓弦は勢いよくページをめくる。
「黒瀬ともある!」
「俺?」
黒瀬が覗き込む。
「あ、本当だ。」
「何これ!」
「この二人幼馴染設定なんだな。」
「距離近っ!」
「仕事。」
「近い!」
「仕事。」
「近い!」
「うるさい。」
神崎が一言で終わらせた。
◇◇◇
そして。
弓弦の視線はヒロインのページへ移る。
「……。」
嫌な予感しかしない。
水城が覗き込む。
「どうした?」
「……だめ。」
「何が?」
「だめだ、これ。」
バンッ。
台本を閉じる。
「ほたるちゃんに何やらせる気?」
車内に響く声。
「敵を誘惑?」
「色仕掛け?」
「腕組んで?」
「膝枕?」
「抱きつく?」
「え?」
「何これ!」
弓弦は制作側に向かって文句を言い始めた。
「こんなの絶対だめ!」
「役だ。」
神崎。
「ヒロインの貞操観念ゆるすぎる!」
「役。」
「ほたるちゃんはこんな子じゃない!」
「役。」
「なんでこんな設定!」
「役。」
「制作どういうこと!?」
「うるせぇ。」
神崎が即答する。
「台本に文句言うな。」
「でも!」
「役だ。」
「でも!」
「役。」
黒瀬は腹を抱え、
水城は笑いすぎて涙を拭いている。
「弓弦。」
「何!」
「相手役、お前。」
「……。」
静寂。
「あ。」
「そうだった。」
「なら、まあ……。」
三人が嫌な予感を覚える。
「俺なら安心か。」
「安心じゃねぇ。」
神崎が即座に返した。
「さっき理性なくなるって言ってただろ。」
「……。」
「危険人物だ。」
「襲わない。」
「信用ゼロ。」
◇◇◇
その時だった。
──ピコン。
弓弦のスマホが震える。
「!」
目の色が変わる。
「ブログ…。」
「誰の。」
神崎は聞くまでもなく分かっていた。
「ほたるちゃん!」
すぐにアプリを開く。
更新されたばかりの記事。
『これからドラマの長期撮影に入ります!
とても素敵な作品です。
最後まで精一杯頑張ります。
応援よろしくお願いします!』
最後には笑顔の写真。
弓弦は数秒見つめたあと。
スマホをぎゅっと握る。
「よし。」
拳を握る。
「頑張ろう。」
さっきまで台本に文句を言っていた男とは思えない。
神崎が呆れたように笑う。
「切り替え早ぇな。」
「ほたるちゃんが頑張るって言ってる。」
「だから?」
「俺も頑張る。」
「単純。」
「最高の作品にする!」
「さっきまで制作に文句言ってた奴とは思えねぇ。」
「全部撤回!」
「早すぎる。」
「京都、楽しみ!」
水城と黒瀬はまた笑い出す。
阿久津はその様子を静かに眺め、小さくため息をついた。
「御影さん。」
「はい!」
「その意気込みは、撮影現場で発揮してください。」
「はい!」
「あと。」
「はい?」
「共演者の皆さんへ必要以上に近付かないようお願いします。」
「……。」
弓弦はゆっくり視線を逸らした。
「返事は。」
「……はい。」
また耳が垂れた。
その姿に、神崎たちは今日一番大きな笑い声を上げるのだった。




