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4.



⭐︎4.





撮影を終えた夕方。


 Asterismの楽屋には、どこか仕事終わり特有のゆるい空気が流れていた。


「腹減ったー。」


 ソファへ倒れ込む水城宗真。


「今日は珍しく早く終わったな。」


 黒瀬晃一もペットボトルを開ける。


 神崎晋也はタブレットで明日の予定を確認し、御影弓弦は鏡の前で前髪を整えていた。


 コンコン。


「失礼します。」


 低く落ち着いた声とともに扉が開く。


 現れたのは、マネージャーの阿久津だった。


 三十七歳。


 隙なく着こなした黒いスーツ。


 鋭い目つきは少し近寄りがたいが、年齢を重ねた男にしかない落ち着いた色気がある。


 芸能界一筋のベテランマネージャー。


 私情を挟まず、常に冷静。


 四人がどれだけ騒ごうが、表情一つ変えない男だった。


「皆さん、お疲れ様です。」


「お疲れ様でーす。」


 水城が手を上げる。


「少し、お時間よろしいでしょうか。」


 そう言ってスケジュール表を机へ広げた。


「明日から本格的にドラマ撮影へ入ります。」


 楽屋の空気が少しだけ引き締まる。


「皆さん。」


「来週からしばらく京都です。」


「京都。」


「時代劇の撮影になります。ロケが中心ですので、一か月ほど滞在する予定です。」


「了解。」


 弓弦は真面目に頷いた。


 そこまでは。


「……京都。」


 ぽつり。


「ほたるちゃんと京都……。」


 神崎はゆっくり目を閉じた。


「あー。」


 始まった。


「仕事だからな。」


「分かってる。」


 弓弦は真顔だった。


「でも京都。」


「京都ですね。」


 阿久津は淡々と返す。


「宿泊先どこだろ。」


「知りません。」


「同じホテルとか。」


「ありません。」


「え。」


「その可能性はありません。」


「同じ階。」


「ありません。」


「偶然エレベーター。」


「ありません。」


「朝食会場。」


「ありません。」


「そんな全部否定しなくても……。」


 弓弦が肩を落とす。


 阿久津は一枚資料をめくった。


「今回は先方もかなりスキャンダルに敏感になっています。」


「……。」


「ほたるさんは国民的人気アイドルです。」


「……。」


「ドラマ側も徹底して管理します。」


「……。」


「ですので。」


 阿久津は静かに言った。


「弓弦さん。」


「はい。」


「必要以上に近付かないでください。」


「……はい。」


 しゅん。


 本当にそんな音が聞こえた。


 神崎は思う。


 耳が見える。


 ゴールデンレトリーバーの耳。


 ぺたん、と垂れていた。


 尻尾まで見える気がする。


「落ち込んだ。」


 水城が笑う。


「耳垂れてる。」


「尻尾も。」


 黒瀬も吹き出した。


「大型犬じゃん。」


「……。」


 弓弦は机へ突っ伏した。


「ほたるちゃん……。」


「まぁ。」


 阿久津が資料を閉じる。


「打ち上げくらいなら、お話しする機会はあるかもしれません。」


 ガバッ。


「打ち上げ!?」


 耳が立った。


 ぴんっ。


「早い。」


 神崎が呟く。


「復活した。」


 水城が笑う。


「単純。」


 黒瀬も肩を震わせる。


「打ち上げ……。」


 弓弦はもう未来を見ていた。


「隣座れたり——」


「それはわかりません。」


「乾杯——」


「あるかもしれません。」


「写真——」


「撮りません。」


「サイン——」


「いただきません。」


「……。」


「俳優ですから。」


「はい……。」


 耳が少しだけ下がる。


 そんなやり取りを見ながら。


 黒瀬が首を傾げた。


「でもさ。」


「はい。」


「ほたるちゃん、めちゃくちゃ忙しいだろ。」


「あ。」


 水城も頷く。


「打ち上げ来れんの?」


「国内、飛び回ってるし。」


 阿久津はスケジュールへ目を落とした。


「ああ。」


「レナが顔は出す予定だと言っていました。」


「……。」


「……。」


「……。」


 三人が同時に首を傾げる。


「レナ?」


 水城が聞いた。


「誰?」


「ほたるさんのマネージャーです。」


「へぇ。」


「知り合いなんですか?」


「大学時代の後輩です。」


「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


 楽屋が揺れた。


「マジで!?」


「初耳!」


「なんで言わなかったんですか!?」


 三人が一斉に詰め寄る。


 弓弦はさらに一歩前へ。


「阿久津さん!」


「はい。」


「もっと早く言ってよ!」


「言いません。」


「なんで!?」


 阿久津は眉一つ動かさない。


「こうなりますから。」


 ぴたり。


 全員止まった。


「なるほど。」


 神崎だけが納得する。


「正しい判断。」


「確かに。」


 黒瀬も頷いた。


 しかし。


 弓弦だけは止まらない。


「ほたるちゃん現場でどんな感じ?」


「休憩中なにしてる?」


「好きなお菓子!」


「飲み物!」


「私服!」


「趣味!」


「香水!」


「寝る時間!」


「朝強い!?」


「弓弦さん。」


 阿久津が静かに遮る。


「マネージャーが、そのようなことを口にすると思いますか。」


「……。」


「彼女もプロです。」


「……。」


「担当しているタレントの情報を軽々しく話すことはありません。」


「……そうですよね。」


「はい。」


「そっかぁ……。」


 耳がまた垂れた。


「二回目。」


 水城が腹を抱える。


「忙しい犬。」


「感情が耳に出るタイプ。」


 黒瀬も笑う。


 阿久津はそんな弓弦を見て、小さく息を吐いた。


「ただ。」


 弓弦が勢いよく顔を上げる。


「弓弦さんが、筋金入りのほたるさんファンだということは伝えておきます。」


「……!」


 ぴんっ。


 耳が立つ。


「また立った!」


「分かりやすすぎる!」


「本当にゴールデンレトリーバー。」


 三人が笑う中。


 弓弦だけは真剣な顔で拳を握りしめた。


「よし……。」


「何が『よし』なんですか。」


 阿久津の冷静な一言で、楽屋は再び笑い声に包まれた。

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