3.
⭐︎3.
朝。
午前六時三十分。
都内の高級マンション最上階。
キングサイズのベッドの上で、一人の男が布団に埋もれていた。
「……。」
御影弓弦。
国民的人気アイドルグループ・Asterismのセンター。
モデルのような長身。
金色の髪。
透き通るような淡い瞳。
雑誌では『歩く国宝』『俺様プリンス』『顔面偏差値の暴力』などと好き放題書かれている男である。
しかし。
「……ねむ。」
現実は、ただの寝起きの悪い青年だった。
布団を頭まで被る。
あと五分。
いや十分。
今日は昼から収録だし。
まだ寝られる。
そんなことを考えながら、寝返りを打った、その時だった。
ピッ。
枕元のテレビが自動で点く。
予約機能だった。
『続いてはエンタメニュースです!』
「……。」
ぼんやりとしたまま視線だけ向ける。
『世界的人気アイドル・ほたるさんが、新CM発表会に登場しました!』
「!!!!!」
ガバッ。
飛び起きた。
「…ほたるちゃん。」
眠気。
消滅。
さっきまで布団から出る気配すらなかった男が、真剣な表情でベッドへ座り込む。
『本日はよろしくお願いします。』
テレビの中で、柔らかく微笑む少女。
真っ白なワンピース。
陽だまりみたいな笑顔。
朝から推しは天使だった。
「かわいい……。」
ぽつり。
思わず零れる。
「朝からかわいい。」
『撮影はいかがでしたか?』
『スタッフの皆さんのおかげで、とても楽しかったです。』
「いやいやいや。」
弓弦は一人で頷く。
「そういうところ。」
「そういうところなんだよ。」
「絶対スタッフ嬉しいじゃん。」
「好き。」
テレビへ向かって頷く。
「朝から世界救ってる。」
十分後。
マネージャーから電話が来た。
『御影さん、起きてます?』
「起きてます。」
『本当ですか?』
「ほたるちゃん見て起きました。」
『でしょうね。』
もはや誰も驚かない。
◇◇◇
ニ時間後。
テレビ局。
「おはようございます。」
そこにいたのは、さっきまでテレビと話していた男とは別人だった。
姿勢は真っ直ぐ。
表情は余裕。
歩くだけで周囲の視線を集める。
「御影さん、おはようございます!」
「おはよう。」
軽く笑う。
「今日もよろしく。」
低く甘い声。
スタッフが思わず顔を赤くする。
「きゃ……。」
「あ、ありがとうございます……!」
女性スタッフが小さく悲鳴を上げる。
控室へ向かう途中。
ファンがガラス越しに手を振る。
「弓弦くーん!」
弓弦は歩みを止めることなく。
人差し指を唇へ添えた。
「……シー。」
ウインク。
歓声。
「きゃーーーーーっ!!」
「弓弦ーーー!!」
「やばい!!」
そのまま振り返らない。
颯爽と歩いていく。
まさに王子様。
完璧。
隣を歩く神崎は、その背中を見ながら小さく呟いた。
「……仕事中だけは。」
水城が吹き出す。
「スイッチ入るよなぁ。」
黒瀬も笑う。
「完全に別人。」
◇◇◇
楽屋。
四人がソファへ座った頃だった。
ブブッ。
弓弦のスマートフォンが震えた。
「……。」
何気なく画面を見る。
次の瞬間。
瞳が見開かれた。
「!」
通知。
【ほたる Official Fan Club】
「…………。」
神崎は嫌な予感しかしなかった。
弓弦は通知を開く。
『会員限定オフショット更新』
「……。」
口元が緩む。
「……。」
さらに緩む。
「……。」
ものすごく緩む。
さっきまでの俺様プリンスはどこへ行った。
完全に、ただのオタクだった。
「……。」
神崎が静かに言う。
「弓弦。」
「ん?」
「顔。」
「え?」
「締まりがない。」
水城は肩を震わせる。
「ニヤけすぎ。」
黒瀬まで吹き出した。
「今のお前見たファン、卒倒するぞ。」
「え?」
弓弦は慌ててスマホを伏せる。
「いや、別に。」
「隠すな。」
「違う。」
「ファンクラブだろ。」
「違う。」
「ほたるだろ。」
「……。」
「図星。」
神崎が即答した。
「だって!」
弓弦はスマホを抱き締める。
「オフショットだよ!?」
「知るか。」
「しかも!」
「うん。」
「会員限定!」
「そう。」
「一般公開じゃない!」
「はいはい。」
「つまり!」
立ち上がる。
「選ばれし者だけが見られるほたるちゃん!」
「月額払えば誰でも見られる。」
神崎が冷静に返した。
「夢を壊すな!」
水城は笑い転げる。
「お前さぁ!」
「そのテンションで五分前まで女性スタッフ落としてた男と同一人物なん?」
「仕事だから!」
「便利な言葉だな、それ。」
◇◇◇
収録十分前。
「Asterism入りまーす!」
スタッフの声が飛ぶ。
その瞬間だった。
弓弦はスマホをポケットへしまう。
背筋が伸びる。
表情が変わる。
さっきまでオフショットを見て頬を緩めていた青年は、もういない。
歩くだけで空気が変わる。
「今日も頼む。」
短く笑う。
「はい!」
スタッフが一斉に動き出す。
「御影さん、立ち位置こちらです!」
「了解。」
堂々とセンターへ立つ。
ライトが点く。
歓声が上がる。
マイクを持ち。
余裕たっぷりに口角を上げた。
「待たせたね。」
その一言だけで。
スタジオ中が黄色い歓声に包まれた。
「きゃーーーーー!!」
「弓弦ー!!」
「かっこいいーーー!!」
モニター越しに見ていたマネージャーが苦笑する。
「すごいよなぁ。」
「さっきまで楽屋でニヤニヤしてた奴と同じとは思えない。」
神崎は小さく笑う。
「だから売れるんだよ。」
ステージでは完璧な王子様。
楽屋では、推しのファンクラブ更新ひとつで頬が緩む重度のオタク。
この激しすぎる温度差を知っているのは。
Asterismのメンバーと、マネージャーだけだった。




