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⭐︎2.
「お疲れ様でしたー!」
撮影スタジオをあとにし、Asterismの楽屋。
四人組トップアイドル・Asterism
愛称はアステ。
センターを務める御影弓弦。
最年長で頭脳派、まとめ役の神崎晋也。
グループのムードメーカー、水城宗真。
ダンスとバラエティで人気を集める黒瀬晃一。
歌もダンスもトークも一級品。
大人の色気をコンセプトに、今もっとも勢いのある男性アイドルグループだ。
――そして。
メンバーだけが知っている秘密が、一つある。
扉が閉まった瞬間だった。
「…………。」
御影弓弦が、その場で固まった。
三秒。
五秒。
十秒。
そのままソファへ崩れ落ちる。
「…………。」
両手で顔を覆う。
「…………。」
静寂。
その様子を見た神崎晋也が、ペットボトルの水を開けながら小さくため息をついた。
「……始まったな。」
水城宗真が肩を震わせる。
「今日は過去最長コースじゃね?」
黒瀬晃一も苦笑した。
「キスシーンだったからなぁ。」
その一言で。
弓弦が勢いよく立ち上がった。
「キスした。」
「知ってる。」
「ほたるちゃんとキスしちゃった……。」
「見てた。」
「俺……。」
胸を押さえる。
「心臓、三回止まった。」
「動いてるから今ここにいる。」
神崎が淡々と言う。
「だって!」
弓弦は両手を広げた。
「ほたるちゃんだよ!?」
「知ってる。」
「世界一かわいいアイドルだよ!?」
「知ってる。」
「俺の推しだよ!?」
「その情報だけは毎日聞いてる。」
「なのに!」
頭を抱える。
「今日、キスした!」
「台本。」
神崎が一刀両断。
「台本だけど!」
「演技。」
「演技だけど!」
「仕事。」
「仕事だけど!!」
水城が耐えきれず吹き出した。
「はははははっ!」
「笑うな!」
「いや無理だって!」
腹を抱えながら言う。
「テレビじゃ『俺だけ見てろ』とか言ってる男がさ。」
「そう。」
黒瀬も頷く。
「女性ファン何百万人っている人が。」
「楽屋戻った瞬間これ。」
「仕事だから!」
弓弦は必死に反論する。
「俺様キャラも王子様キャラも全部仕事!」
「本当の俺は!」
机を叩く。
「推しを前にすると何もできない普通のオタクなんだよ!」
「普通ではない。」
神崎が即答した。
「普通のオタクは推しとドラマで共演しない。」
「……。」
「普通のオタクは推しとキスシーンも撮らない。」
「……。」
「普通のオタクは推しから『弓弦さん』なんて呼ばれない。」
「…………。」
弓弦はその場にしゃがみ込んだ。
「俺……。」
「うん。」
「前世で世界救ったのかな。」
「救ってない。」
「徳積みすぎた?」
「積んでない。」
水城はもう涙を浮かべて笑っていた。
「お前、ホント見てて飽きねぇわ。」
◇◇◇
「改めて言う。」
弓弦が急に真顔になった。
三人も「また始まる」と察する。
「今回のドラマ。」
拳を握る。
「絶対当たる。」
「『花影の契り』ね。」
黒瀬が頷く。
「幕末が舞台。」
「うん!」
「地下遊郭。」
「うん!」
「奉行所。」
「うん!」
「密偵。」
「うん!」
「裏切り。」
「うん!」
「で、お前は遊郭を牛耳る悪役。」
「役得最高。」
「それな。」
水城が笑う。
「しかも!」
弓弦の目が輝いた。
「主演がほたるちゃん!」
「始まった。」
三人の声が綺麗に揃う。
「聞け!」
弓弦は机を叩いた。
「まず、ほたる!」
「十八歳!」
「芸名以外ほぼプロフィール非公開!」
「ミステリアス!」
「でも日本で一番売れてる女性アイドル!」
「ソロでドームツアー即完!」
「歌える!」
「踊れる!」
「芝居できる!」
「バラエティ強い!」
「顔がいい!」
「笑顔がかわいい!」
「声がかわいい!」
「とにかく顔がいい!」
「二回言った。」
黒瀬が指摘する。
「大事だから。」
弓弦は真顔だった。
神崎はもう止めない。
どうせ止まらない。
「しかも!」
弓弦は止まらない。
「デビューから一回も人気落ちてない!」
「ライブはCD音源超えてくる!」
「演技も今回で主演五作目!」
「CMは三十社近い!」
「その上!」
身を乗り出す。
「スタッフさん全員に毎回挨拶する!」
「今日も照明さん一人ひとりに『ありがとうございました!』って頭下げてた!」
「ケータリングのスタッフさんにも!」
「エキストラさんにも!」
「ADさんにも!」
「最後まで!」
「疲れてるはずなのに笑顔!」
「笑顔が自然!」
「しかも!」
まだ続く。
「差し入れのお菓子までスタッフさん優先!」
「衣装さんにもメイクさんにも気遣い完璧!」
「共演者にも話しかける!」
「現場の空気が一気に明るくなる!」
「もうね!」
胸を押さえる。
「あれはアイドルじゃない。」
「女神。」
「宗教始めた?」
水城が真顔で聞く。
「始めてない!」
「でも尊い!」
「それは分かる。」
水城が苦笑する。
「主演なのに一番腰低かった。」
「ああ。」
神崎も珍しく頷いた。
「現場のスタッフから好かれる理由は分かる。」
「だろ!?」
弓弦は嬉しそうに振り返る。
「だから俺は!」
「もっと推す!」
「今以上に!」
三人は顔を見合わせた。
「いや。」
神崎がため息をつく。
「これ以上どう推すんだ。」
「グッズ全部。」
「持ってる。」
「ライブ。」
「全通。」
「ファンクラブ。」
「最上位。」
「限定イベント。」
「皆勤。」
「CD。」
「保存用、鑑賞用、布教用。」
「写真集。」
「三冊ずつ。」
「お前。」
神崎は呆れ半分、笑い半分で言った。
「こんなんで、このドラマ最後までもつのか?」
弓弦は腕を組み、本気で考え込む。
「…………。」
三秒。
五秒。
そして静かに顔を上げた。
「たぶん。」
「うん。」
「毎話、情緒が死ぬ。」
「それ最後まで生き残れないじゃん。」
「無理かもしれない。」
その一言で。
楽屋には、今日一番大きな笑い声が響いた。




