表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/72

2.




⭐︎2.





「お疲れ様でしたー!」


 撮影スタジオをあとにし、Asterismの楽屋。


 四人組トップアイドル・Asterism(アステリズム)


 愛称はアステ。



 センターを務める御影弓弦。


 最年長で頭脳派、まとめ役の神崎晋也。


 グループのムードメーカー、水城宗真。


 ダンスとバラエティで人気を集める黒瀬晃一。


 歌もダンスもトークも一級品。


 大人の色気をコンセプトに、今もっとも勢いのある男性アイドルグループだ。


 ――そして。


 メンバーだけが知っている秘密が、一つある。


 






 扉が閉まった瞬間だった。


「…………。」


 御影弓弦が、その場で固まった。


 三秒。


 五秒。


 十秒。


 そのままソファへ崩れ落ちる。


「…………。」


 両手で顔を覆う。


「…………。」


 静寂。


 その様子を見た神崎晋也が、ペットボトルの水を開けながら小さくため息をついた。


「……始まったな。」


 水城宗真が肩を震わせる。


「今日は過去最長コースじゃね?」


 黒瀬晃一も苦笑した。


「キスシーンだったからなぁ。」


 その一言で。


 弓弦が勢いよく立ち上がった。


「キスした。」


「知ってる。」


「ほたるちゃんとキスしちゃった……。」


「見てた。」


「俺……。」


 胸を押さえる。


「心臓、三回止まった。」


「動いてるから今ここにいる。」


 神崎が淡々と言う。


「だって!」


 弓弦は両手を広げた。


「ほたるちゃんだよ!?」


「知ってる。」


「世界一かわいいアイドルだよ!?」


「知ってる。」


「俺の推しだよ!?」


「その情報だけは毎日聞いてる。」


「なのに!」


 頭を抱える。


「今日、キスした!」


「台本。」


 神崎が一刀両断。


「台本だけど!」


「演技。」


「演技だけど!」


「仕事。」


「仕事だけど!!」


 水城が耐えきれず吹き出した。


「はははははっ!」


「笑うな!」


「いや無理だって!」


 腹を抱えながら言う。


「テレビじゃ『俺だけ見てろ』とか言ってる男がさ。」


「そう。」


 黒瀬も頷く。


「女性ファン何百万人っている人が。」


「楽屋戻った瞬間これ。」


「仕事だから!」


 弓弦は必死に反論する。


「俺様キャラも王子様キャラも全部仕事!」


「本当の俺は!」


 机を叩く。


「推しを前にすると何もできない普通のオタクなんだよ!」


「普通ではない。」


 神崎が即答した。


「普通のオタクは推しとドラマで共演しない。」


「……。」


「普通のオタクは推しとキスシーンも撮らない。」


「……。」


「普通のオタクは推しから『弓弦さん』なんて呼ばれない。」


「…………。」


 弓弦はその場にしゃがみ込んだ。


「俺……。」


「うん。」


「前世で世界救ったのかな。」


「救ってない。」


「徳積みすぎた?」


「積んでない。」


 水城はもう涙を浮かべて笑っていた。


「お前、ホント見てて飽きねぇわ。」


     ◇◇◇


「改めて言う。」


 弓弦が急に真顔になった。


 三人も「また始まる」と察する。


「今回のドラマ。」


 拳を握る。


「絶対当たる。」


「『花影の契り』ね。」


 黒瀬が頷く。


「幕末が舞台。」


「うん!」


「地下遊郭。」


「うん!」


「奉行所。」


「うん!」


「密偵。」


「うん!」


「裏切り。」


「うん!」


「で、お前は遊郭を牛耳る悪役。」


「役得最高。」


「それな。」


 水城が笑う。


「しかも!」


 弓弦の目が輝いた。


「主演がほたるちゃん!」


「始まった。」


 三人の声が綺麗に揃う。


「聞け!」


 弓弦は机を叩いた。


「まず、ほたる!」


「十八歳!」


「芸名以外ほぼプロフィール非公開!」


「ミステリアス!」


「でも日本で一番売れてる女性アイドル!」


「ソロでドームツアー即完!」


「歌える!」


「踊れる!」


「芝居できる!」


「バラエティ強い!」


「顔がいい!」


「笑顔がかわいい!」


「声がかわいい!」


「とにかく顔がいい!」


「二回言った。」


 黒瀬が指摘する。


「大事だから。」


 弓弦は真顔だった。


 神崎はもう止めない。


 どうせ止まらない。


「しかも!」


 弓弦は止まらない。


「デビューから一回も人気落ちてない!」


「ライブはCD音源超えてくる!」


「演技も今回で主演五作目!」


「CMは三十社近い!」


「その上!」


 身を乗り出す。


「スタッフさん全員に毎回挨拶する!」


「今日も照明さん一人ひとりに『ありがとうございました!』って頭下げてた!」


「ケータリングのスタッフさんにも!」


「エキストラさんにも!」


「ADさんにも!」


「最後まで!」


「疲れてるはずなのに笑顔!」


「笑顔が自然!」


「しかも!」


 まだ続く。


「差し入れのお菓子までスタッフさん優先!」


「衣装さんにもメイクさんにも気遣い完璧!」


「共演者にも話しかける!」


「現場の空気が一気に明るくなる!」


「もうね!」


 胸を押さえる。


「あれはアイドルじゃない。」


「女神。」


「宗教始めた?」


 水城が真顔で聞く。


「始めてない!」


「でも尊い!」


「それは分かる。」


 水城が苦笑する。


「主演なのに一番腰低かった。」


「ああ。」


 神崎も珍しく頷いた。


「現場のスタッフから好かれる理由は分かる。」


「だろ!?」


 弓弦は嬉しそうに振り返る。


「だから俺は!」


「もっと推す!」


「今以上に!」


 三人は顔を見合わせた。


「いや。」


 神崎がため息をつく。


「これ以上どう推すんだ。」


「グッズ全部。」


「持ってる。」


「ライブ。」


「全通。」


「ファンクラブ。」


「最上位。」


「限定イベント。」


「皆勤。」


「CD。」


「保存用、鑑賞用、布教用。」


「写真集。」


「三冊ずつ。」


「お前。」


 神崎は呆れ半分、笑い半分で言った。


「こんなんで、このドラマ最後までもつのか?」


 弓弦は腕を組み、本気で考え込む。


「…………。」


 三秒。


 五秒。


 そして静かに顔を上げた。


「たぶん。」


「うん。」


「毎話、情緒が死ぬ。」


「それ最後まで生き残れないじゃん。」


「無理かもしれない。」


 その一言で。


 楽屋には、今日一番大きな笑い声が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ