表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/72

44.





⭐︎44.




『Love Archive』終了後。


 二人の日常は、大きく変わった。


 いや。


 変わったというより――仕事が爆発した。




     ◇◇◇




「お疲れ様でーす!」


「こちら次の現場お願いしまーす!」


「取材時間、十分押してます!」




 都内スタジオ。


 朝からスタッフが走り回る。




 入口にはファン。


 報道陣。


 テレビ局の車。





 まるで映画の撮影現場のような騒がしさだった。




「……なんか。」


 弓弦はスケジュール表を見つめる。


「すごくない?」


「すごいねぇ。」


 水城が横から覗き込む。


「今日だけで雑誌六社。」


「テレビ二本。」


「ラジオ一本。」


「企業インタビュー。」


「最後に生配信。」


「……人間の予定?」



 黒瀬が苦笑した。






 神崎は淡々と紙をめくる。


「番組の影響だ。」


 まさに社会現象。


 スポンサーは競うように二人を起用し。


 雑誌は表紙を飾らせたがる。


 テレビは恋愛トークを聞きたがる。


 広告代理店は二人セットの企画書ばかり持ってくる。





「御影さん!」


「次、ほたるさんと合同取材お願いしまーす!」


「はい!」


 弓弦の顔が一気に明るくなる。





「よし。」


「頑張れる。」


「単純。」


 水城が即座に突っ込んだ。





     ◇◇◇




 けれど。


 その嬉しさは長く続かなかった。





 一か月。


 島へ缶詰になった代償は、想像以上に大きかった。


 止まっていた仕事が。


 一斉に押し寄せる。




「ほたるさん!」


「こちら撮影入りまーす!」


「メイク直しお願いします!」


「次、女性雑誌のインタビュー!」


「CM衣装準備できました!」




 現場の中心。


 ほたるは次から次へと呼ばれていく。




 ヘアメイク。


 衣装替え。


 インタビュー。


 撮影。


 動画コメント。


 移動。


 また撮影。


 五分。


 いや。


 三分空けば、別の仕事が入る。





 そのスケジュールを目の当たりにした弓弦は思わず固まった。



「……。」


「なぁ。」


「これ。」


「人間の働き方?」





 阿久津が静かに答える。


「日本一のアイドルですから。」


「……。」


「世界も近いですよ。」


「……。」


「海外案件もあります。」


「……。」




 弓弦は言葉を失った。


 自分も十分忙しい。


 トップアイドルとして休みなどほとんどない。


 それでも。


 ほたるは、その倍は働いていた。





     ◇◇◇





 同じスタジオ。


 同じ建物。


 同じフロア。


 なのに。


 会えない。


「御影さん入りまーす!」


「はい!」





 撮影を終えて廊下へ出る。


 その瞬間。


「ほたるさんこちらお願いしまーす!」


 向こうの廊下を歩くほたるが見えた。


「あ。」


 目が合う。


 ほんの数秒。


 ほたるは少しだけ目を細めて。


 柔らかく微笑んだ。


 それだけ。





『失礼します。』



 スタッフに囲まれ。


 また別のスタジオへ消えていく。






「……。」


 弓弦は、その背中を見送る。


「行っちゃった。」


「次の現場だね。」


 水城が横で言う。





「……。」


「なんか。」


「何?」


「誰か邪魔してない?」


「は?」


「毎回。」


「ちょうど会えない。」


「話そうと思ったら呼ばれる。」


「休憩になったら移動。」


「偶然?」




 神崎が静かに答える。


「偶然だろ。」


「.....,,,。」


 どこか。


 見えない誰かに距離を調整されている。


 そんな気さえする始末。




     ◇◇◇





 それでも。


 合同取材だけは別だった。


「それでは、お二人顔を近づけてくださーい!」


「もう少しだけ!」


「いいですね!」


「自然に笑って!」


 カメラマンがシャッターを切る。




 隣には、ほたる。


 近い。


 近すぎる。


 弓弦の心臓は限界だった。




『今日はよろしくお願いします。』


 小さな声。




「こちらこそ。」


 精一杯、平静を装う。




 インタビューが始まる。


「番組終了後も、お二人仲が良いそうですね。」


「ええ。」


『はい。』




「連絡は取り合っていますか?」


「もちろん。」


『毎日です。』



 弓弦らしい返事に、スタッフが笑う。


「御影さんから連絡することが多い?」


「……はい。」


『ふふ。』



 ほたるが笑う。


 その笑顔が。




 雑誌用ではない。


 少しだけ柔らかい気がする。


 優しい笑顔だった。




 目が合う。


 その視線だけで。


「……。」


 弓弦は幸せだった。





     ◇◇◇





 取材終了。


「ありがとうございましたー!」


 スタッフが頭を下げる。




 ほたるはそのまま次の現場へ。


「ほたるさんこちらです!」


『はい。』




 振り返る。


 また目が合う。



 小さく会釈。


 それだけで十分だった。


「……。」


 弓弦は見送る。


 口元が緩んでいる。


「……。」


「……。」




 水城がその横顔を見て吹き出した。


「お前さ。」


「ん?」


「話してないよ?」


「うん。」


「手も繋いでない。」


「うん。」


「デートもしてない。」


「うん。」


「目が合っただけ。」


「うん。」


「笑ってもらっただけ。」


「……うん。」


「それだけで、その顔?」





 弓弦は照れたように笑う。



「十分。」


「今日も頑張れる。」


「……。」





 水城は腹を抱えた。


「オタク燃費、良すぎるだろ!」


「リッター何千キロ走るんだよ!」




 黒瀬も肩を震わせる。


「目が合っただけで満タンになる人、初めて見た。」


「エコにも程がある。」




 神崎は苦笑してる。


「安上がりだな。」


「うるさい。」


 そう返しながらも。


 弓弦の口元は、どうしても緩んでしまう。




 たった数秒。


 たった一度の笑顔。



 それだけで。


 今日一日が、幸せだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ