44.
⭐︎44.
『Love Archive』終了後。
二人の日常は、大きく変わった。
いや。
変わったというより――仕事が爆発した。
◇◇◇
「お疲れ様でーす!」
「こちら次の現場お願いしまーす!」
「取材時間、十分押してます!」
都内スタジオ。
朝からスタッフが走り回る。
入口にはファン。
報道陣。
テレビ局の車。
まるで映画の撮影現場のような騒がしさだった。
「……なんか。」
弓弦はスケジュール表を見つめる。
「すごくない?」
「すごいねぇ。」
水城が横から覗き込む。
「今日だけで雑誌六社。」
「テレビ二本。」
「ラジオ一本。」
「企業インタビュー。」
「最後に生配信。」
「……人間の予定?」
黒瀬が苦笑した。
神崎は淡々と紙をめくる。
「番組の影響だ。」
まさに社会現象。
スポンサーは競うように二人を起用し。
雑誌は表紙を飾らせたがる。
テレビは恋愛トークを聞きたがる。
広告代理店は二人セットの企画書ばかり持ってくる。
「御影さん!」
「次、ほたるさんと合同取材お願いしまーす!」
「はい!」
弓弦の顔が一気に明るくなる。
「よし。」
「頑張れる。」
「単純。」
水城が即座に突っ込んだ。
◇◇◇
けれど。
その嬉しさは長く続かなかった。
一か月。
島へ缶詰になった代償は、想像以上に大きかった。
止まっていた仕事が。
一斉に押し寄せる。
「ほたるさん!」
「こちら撮影入りまーす!」
「メイク直しお願いします!」
「次、女性雑誌のインタビュー!」
「CM衣装準備できました!」
現場の中心。
ほたるは次から次へと呼ばれていく。
ヘアメイク。
衣装替え。
インタビュー。
撮影。
動画コメント。
移動。
また撮影。
五分。
いや。
三分空けば、別の仕事が入る。
そのスケジュールを目の当たりにした弓弦は思わず固まった。
「……。」
「なぁ。」
「これ。」
「人間の働き方?」
阿久津が静かに答える。
「日本一のアイドルですから。」
「……。」
「世界も近いですよ。」
「……。」
「海外案件もあります。」
「……。」
弓弦は言葉を失った。
自分も十分忙しい。
トップアイドルとして休みなどほとんどない。
それでも。
ほたるは、その倍は働いていた。
◇◇◇
同じスタジオ。
同じ建物。
同じフロア。
なのに。
会えない。
「御影さん入りまーす!」
「はい!」
撮影を終えて廊下へ出る。
その瞬間。
「ほたるさんこちらお願いしまーす!」
向こうの廊下を歩くほたるが見えた。
「あ。」
目が合う。
ほんの数秒。
ほたるは少しだけ目を細めて。
柔らかく微笑んだ。
それだけ。
『失礼します。』
スタッフに囲まれ。
また別のスタジオへ消えていく。
「……。」
弓弦は、その背中を見送る。
「行っちゃった。」
「次の現場だね。」
水城が横で言う。
「……。」
「なんか。」
「何?」
「誰か邪魔してない?」
「は?」
「毎回。」
「ちょうど会えない。」
「話そうと思ったら呼ばれる。」
「休憩になったら移動。」
「偶然?」
神崎が静かに答える。
「偶然だろ。」
「.....,,,。」
どこか。
見えない誰かに距離を調整されている。
そんな気さえする始末。
◇◇◇
それでも。
合同取材だけは別だった。
「それでは、お二人顔を近づけてくださーい!」
「もう少しだけ!」
「いいですね!」
「自然に笑って!」
カメラマンがシャッターを切る。
隣には、ほたる。
近い。
近すぎる。
弓弦の心臓は限界だった。
『今日はよろしくお願いします。』
小さな声。
「こちらこそ。」
精一杯、平静を装う。
インタビューが始まる。
「番組終了後も、お二人仲が良いそうですね。」
「ええ。」
『はい。』
「連絡は取り合っていますか?」
「もちろん。」
『毎日です。』
弓弦らしい返事に、スタッフが笑う。
「御影さんから連絡することが多い?」
「……はい。」
『ふふ。』
ほたるが笑う。
その笑顔が。
雑誌用ではない。
少しだけ柔らかい気がする。
優しい笑顔だった。
目が合う。
その視線だけで。
「……。」
弓弦は幸せだった。
◇◇◇
取材終了。
「ありがとうございましたー!」
スタッフが頭を下げる。
ほたるはそのまま次の現場へ。
「ほたるさんこちらです!」
『はい。』
振り返る。
また目が合う。
小さく会釈。
それだけで十分だった。
「……。」
弓弦は見送る。
口元が緩んでいる。
「……。」
「……。」
水城がその横顔を見て吹き出した。
「お前さ。」
「ん?」
「話してないよ?」
「うん。」
「手も繋いでない。」
「うん。」
「デートもしてない。」
「うん。」
「目が合っただけ。」
「うん。」
「笑ってもらっただけ。」
「……うん。」
「それだけで、その顔?」
弓弦は照れたように笑う。
「十分。」
「今日も頑張れる。」
「……。」
水城は腹を抱えた。
「オタク燃費、良すぎるだろ!」
「リッター何千キロ走るんだよ!」
黒瀬も肩を震わせる。
「目が合っただけで満タンになる人、初めて見た。」
「エコにも程がある。」
神崎は苦笑してる。
「安上がりだな。」
「うるさい。」
そう返しながらも。
弓弦の口元は、どうしても緩んでしまう。
たった数秒。
たった一度の笑顔。
それだけで。
今日一日が、幸せだった。




