42.
⭐︎42.
日本中が見守った、恋愛リアリティーショー『Love Archive』最終回。
そのフィナーレは、誰も予想しなかったほど大きな波紋を呼んだ。
翌朝。
新聞各紙は一面で取り上げる。
ニュース番組は特集を組み。
SNSでは関連ワードが何日もトレンド入りを続けていた。
『#弓弦とほたる』
『#ゆずほた』
『#告白成功』
『#あの笑顔』
『#ずっと見ていたい』
『#ドラマみたい』
そして、一番多かった声は。
『もっと二人を見たい。』
『結婚してください。』
『本当に幸せになってほしい。』
『二人なら応援できる。』
芸能界でも前代未聞だった。
恋愛リアリティーショーで成立したカップルが、ここまで国民から祝福されるなど、誰も想像していなかった。
◇◇◇
「……は?」
朝一番。
アステリア・プロダクション本社。
社長室で携帯を見ていた御影弓弦は、間の抜けた声を漏らした。
「え、なんで?」
「なんでって?」
「いや、もっと炎上してると思ってた。」
隣では水城がスマホを眺める。
「全然だな。」
黒瀬も苦笑した。
「むしろ祝福しかない。」
神崎は腕を組みながら静かに言う。
「ここまでとは思わなかった。」
弓弦自身。
番組で告白した瞬間から覚悟していた。
アイドル失格。
炎上。
ファン離れ。
スポンサーへの謝罪。
何もかも失うかもしれない、と。
なのに。
蓋を開けてみれば、真逆だった。
SNSには。
『こんな幸せそうな弓弦初めて見た。』
『恋してる弓弦かわいい。』
『王子様じゃなくて普通の男の子だった。』
『ほたるだから応援できる。』
『二人とも幸せになって。』
そんな言葉ばかりが並んでいた。
「……なんで?」
もう一度呟く。
本当に理解できなかった。
◇◇◇
「やってくれたわね。」
静かな声だった。
社長机の向こう。
新聞を置いた女性が、ゆっくり顔を上げる。
アステリア・プロダクション代表取締役。
御影沙織。
四十代半ば。
美しい金髪を後ろで一つにまとめ、切れ長の瞳が鋭く光る。
ハーフらしい整った顔立ち。
弓弦が年齢を重ねれば、きっとこんな顔になる。
そう思わせるほど、親子はよく似ていた。
ただ今は。
その美しい顔が、苦々しく歪んでいる。
「何の相談もなしに。」
低い声。
「告白?」
「いや、その……。」
「アイドルが全国放送で公開告白?」
「……。」
「普通なら大問題よ。」
部屋が静まり返る。
水城も。
黒瀬も。
神崎も。
誰一人、口を挟まない。
弓弦が思わず口を開く。
「母さん――」
「社長と呼びなさい。」
ぴしゃり。
その一言で空気が張り詰める。
「……社長。」
弓弦は言い直した。
沙織は新聞を閉じ、大きく息を吐く。
「私だって。」
少しだけ微笑む。
「この子は好きよ。」
新聞の一面。
そこには砂浜で向かい合う二人。
照れたように笑う弓弦。
困ったように、それでも優しく笑うほたる。
まるで映画のワンシーンだった。
「芸能人として見ても。」
「アイドルとして見ても。」
「”ほたる”は、本当に素晴らしい子。」
その言葉に、弓弦の顔がぱっと明るくなる。
「だよね!」
「そこじゃない。」
即座に遮られる。
「問題は。」
新聞を机へ置く。
「この子の事務所。」
部屋の空気が変わった。
「ルミエール・エンターテインメント。」
その社名が出た瞬間。
神崎の表情も少しだけ険しくなる。
沙織は綺麗な金髪をかき上げながら、小さくため息を吐いた。
「あそこだけは。」
「駄目。」
「絶対。」
一言一言に重みがあった。
「篠宮社長。」
その名前だけで十分だった。
「何を考えているのか分からない。」
「笑っていても、本心が見えない。」
「人を育てる天才。」
「でも。」
視線が弓弦へ向く。
「同時に、人を作品として扱う男。」
社長として。
二十年以上この業界を見てきた人間だからこその断言だった。
「私は。」
「弓弦が食い物にされる姿なんて見たくない。」
その声には、社長としての厳しさと。
一人の母親としての心配が滲んでいた。
◇◇◇
弓弦は静かに目を伏せる。
思い出す。
あの日。
砂浜。
ほたるは一度、断ろうとしていた。
その時。
少し離れた場所。
ルミエールのスタッフの中に立つ篠宮誘人。
彼は何も言わず。
ただ。
にこり、と笑って。
小さく頷いた。
それを見たほたるが。
答えを変えた。
あの瞬間。
弓弦は全部分かっていた。
この恋が。
自分の想いだけで実ったわけじゃないことくらい。
それでも。
それでも。
好きな人の隣に立てるなら。
今は、それで十分だった。
自然と笑みが零れる。
その笑顔を見て。
沙織は悟る。
(…この子は全部分かってる。)
だからこそ、止められない。
もう一度、深く息を吐いた。
◇◇◇
(篠宮の狙いも、大体分かる。)
ほたるは十八歳。
完成されすぎた少女。
日本中が憧れる完璧なアイドル。
だからこそ。
恋を知る。
誰かを好きになる。
失う怖さを知る。
そんな経験さえも。
あの男は芸の糧にしようとしている。
もっと魅力的な女性へ。
もっと人を惹きつけるスターへ。
その最後の一欠片。
それを与えられる存在として。
篠宮は弓弦を選んだ。
(……土台、ということね。)
それでも。
あの番組の流れでは。
きっと、ああするしかなかったのなら。
ならば。
せめて。
社長として。
そして母として。
守れるものだけは守る。
机の端に置かれていた封筒を手に取る。
差出人。
ルミエール・エンターテインメント。
沙織は中身を確認し。
静かに弓弦へ差し出した。
「交際条件。」
「……。」
「期間は未定。」
「でも。」
「そんなに長くは続かないと思いなさい。」
「世間が落ち着くまで。」
「自然に別れられるタイミングまで。」
「それが今回の契約。」
弓弦は黙って聞く。
「仮初めの恋人。」
「仕事。」
「それ以上でも、それ以下でもない。」
そして。
一番大事なことを告げた。
「間違えても。」
「手なんて出すんじゃない。」
「清いお付き合い。」
「……はい。」
「約束できる?」
「はい。」
「本当に?」
「できます。」
「絶対?」
「できます!」
即答だった。
その返事に。
沙織は少しだけ肩の力を抜く。
「……ならいい。」
最後に一枚の紙を差し出した。
「これ。」
弓弦は受け取る。
「……え。」
固まる。
「ほたるさんの。」
「個人連絡先。」
一瞬。
時間が止まる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
次の瞬間。
「やっっっっっっったぁぁぁぁぁ!!」
社長室いっぱいに響く歓声。
飛び上がる弓弦。
「LINE!!」
「電話番号!!」
「本人!!」
「本人だぁぁぁ!!」
「落ち着け。」
神崎が即座に肩を掴む。
「俺、生きててよかった!!」
「怖い怖い。」
黒瀬が引く。
「お前、本当にトップアイドルか?」
水城が腹を抱えて笑う。
「最初に送る文章どうしよう!」
「三日考える!」
「いや五日!」
「既読ついたら失神する!」
「返信来たら心臓止まる!」
「止まるな。」
神崎が真顔で突っ込む。
その横で。
沙織は額を押さえた。
「……はぁ。」
今日一番深いため息が、社長室へ静かに落ちた。




