40.
⭐︎40.
少しずつ、荷物が片付けられていく。
リビングの隅には、畳まれたスーツケース。
テーブルの上には、最後まで食べきれなかったお菓子。
最初は緊張しかなかったこの家も、明日には空になる。
番組最終日前日。
夜。
キャストたちは、いつものようにリビングへ集まっていた。
テレビでは、スタッフが編集したダイジェスト映像が静かに流れている。
一話目。
ぎこちない自己紹介。
初めての試練カード。
笑って、泣いて、喧嘩して。
十二人で積み重ねてきた日々。
「早いなぁ……。」
ひまりがぽつりと呟く。
「ほんと。」
莉子も寂しそうに笑った。
女性陣が思い出話に花を咲かせる中。
リビングの端、アステリズムが集まっていた。
「…………。」
弓弦がぼんやりと窓の外を眺めていた。
その横顔は、どこか物憂げで。
楽しそうな輪の中にいるのに、心だけ別の場所へ行っているようだった。
そんな様子を見逃す黒瀬ではない。
「なぁ。」
肩を小突く。
「ん?」
「その顔。」
「……?」
「番組終わるの寂しいです、って顔してる。」
アステリズムにしか聞こえない小声。
一瞬、空気が止まる。
次の瞬間。
「ぶっ!」
水城が吹き出した。
「図星じゃん!」
「違う。」
「いやいや、違わないって!」
「さっきから五分くらい窓見てるぞ。」
「考え事。」
「ほたるちゃんのことだろ?」
「…………。」
沈黙。
「はい、図星ー!」
「やっぱり!」
水城が腹を抱えて笑う。
弓弦は耳まで赤くしながら顔をしかめた。
「……うるさい。」
「否定しない!」
「できないんだろ?」
「うるさいって。」
ぶっきらぼうに返しながらも。
否定はしなかった。
というより。
できなかった。
図星だったから。
この一か月。
朝起きれば、ほたるがいて。
一緒に朝食を食べて。
散歩して。
笑って。
たまにはからかわれて。
隣を歩いて。
夕日を見て。
夜、おやすみを言って眠る。
恋人でもないのに。
恋人みたいな毎日だった。
トップアイドルの自分が。
こんな日々を送れるなんて思っていなかった。
夢みたいだった。
だからこそ。
終わるのが怖い。
明日、この家を出たら。
もう今までみたいには会えない。
仕事で共演することはあるかもしれない。
けれど。
「おはよう」と言って笑い合える朝は、もう来ない。
そんなことを考えていると。
「弓弦。」
神崎が静かに口を開いた。
「……ん?」
「どうするんだ。」
「……。」
その一言だけで意味は伝わった。
明日。
番組最後のイベント。
告白タイム。
男性キャストから女性キャストへ。
番組最大の見せ場。
最後の選択。
弓弦はゆっくり視線を落とした。
「……。」
迷っていた。
好きだ。
それはもう疑いようがない。
でも。
自分はアイドルだ。
人気商売。
恋愛リアリティーショーとはいえ、本気の告白なんてすればニュースになる。
ファンはどう思うだろう。
事務所は。
メンバーは。
Asterismに迷惑が掛かるかもしれない。
そんな考えばかりが頭を巡る。
「考えすぎ。」
神崎が苦笑した。
「……。」
「お前らしいけどな。」
弓弦は苦く笑う。
「だってさ。」
「俺一人じゃないし。」
「グループだから。」
その言葉に。
三人は顔を見合わせた。
水城が大げさにため息をつく。
「ほんっと真面目。」
「そこが弓弦なんだけど。」
黒瀬も笑う。
「でもさ。」
水城がにやりと笑った。
「どうせ振られるだろ。」
「ぶっ!」
黒瀬が吹き出す。
「お前最低!」
「いや、現実的!」
「ほたるちゃんだぞ?」
「国民的アイドルのほたるちゃんだぞ?」
「競争率えぐいだろ!」
リビングに笑い声が響く。
弓弦も思わず笑ってしまう。
「……それは。」
「確かに。」
苦笑しながら頷いた。
ほたるが、自分を選ぶ保証なんてどこにもない。
むしろ。
あの性格を考えれば。
選ばれない可能性の方が高い。
「だったら。」
水城が真面目な顔になる。
「なおさら言えよ。」
「……。」
「振られたら終わり。」
「でも言わなかったら、一生終わらない。」
「ずっと後悔する。」
その言葉に。
弓弦は息を呑んだ。
黒瀬も続ける。
「俺だったら嫌だな。」
「十年後も。」
「あの時言っとけばよかったって思い続ける人生。」
「……。」
静かな空気が流れる。
神崎が立ち上がる。
そして。
弓弦の前まで歩いてきた。
大きな手を。
ぽん、と肩へ置く。
「どうなろうと。」
真っ直ぐな目だった。
「お前がやりたいようにやれ。」
「……晋也。」
「俺たちは。」
少し笑う。
「お前の味方だから。」
その一言だった。
胸の奥で何かがほどける。
ずっと抱えていた重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。
「もし炎上したら?」
弓弦が冗談っぽく笑う。
すると。
水城が胸を張る。
「俺が全部バラエティで笑いに変える。」
「なんでだよ。」
「黒瀬!」
「はい!」
「俺ら二人で弓弦を守る!」
「雑誌のインタビューでもテレビでも!」
「『あいつ、実は昔からバカなんです』って証言しまくる!」
「それ守れてる?」
「たぶん!」
また笑いが起きる。
神崎は呆れたように笑いながらも、小さく頷いた。
「ほら。」
「お前、一人じゃない。」
その言葉が。
何より嬉しかった。
弓弦は三人を見回す。
デビュー前から一緒に歩いてきた仲間。
苦しい時も。
売れなかった頃も。
今も。
ずっと隣にいてくれた人たち。
「……ありがと。」
照れ臭そうに笑う。
「よし。」
立ち上がる。
迷いは、まだ消えていない。
怖さもある。
それでも。
伝えないまま終わる未来だけは、もう選びたくなかった。
明日。
番組最後の日。
たとえ結果がどうなろうとも。
自分の言葉で。
自分の想いを。
ほたるへ伝えよう。
そう、静かに心へ決めた。




