表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/72

39.



⭐︎39.





番組も、いよいよ終盤へ差しかかっていた。


 共同生活が始まった頃のぎこちなさは、もうどこにもない。




 朝になれば自然と隣に座る相手が決まり、食事の準備をすれば役割分担も言葉はいらない。



 誰かが笑えば、みんなが笑う。


 誰かが落ち込めば、誰かが隣に座る。


 そんな日常が、当たり前になっていた。




 恋愛リアリティーショー。


 期間限定の共同生活。


 それでも、人の心は少しずつ近づいていく。


 自然と、それぞれの距離が形になっていた。




 神崎と綾芽。


 水城とひまり。


 黒瀬と莉子。


 櫻井とMASHIRO。


 一ノ瀬と美月。




 そして――。


 御影弓弦と、沈雨螢。




 その二人だけは、どこか別格だった。


 誰もが認める圧倒的なビジュアル。


 隣に立つだけで絵になる存在感。


 視線が重なるだけで胸が高鳴るような空気。



 派手なスキンシップなんてない。


 甘い言葉を囁くわけでもない。



 それなのに。


 二人が同じ画面に映るだけで、不思議と目が離せなくなる。


 まるで、一編のドラマを見ているようだった。




     ◇◇◇




 その日の撮影は、海。


 どこまでも続く青い水平線。


 真っ白な砂浜。




 太陽が海面をきらきらと照らし、心地よい潮風が頬を撫でていく。


 今日は特別なミッションもない。


 ただ、みんなで自由に過ごす時間。




「待て待てー!」


「きゃーっ!」


 水城が海水をかければ、ひまりが悲鳴を上げながら逃げ回る。




「写真撮る!」


「ちょ、黒瀬やめろ!」


「その顔おもしろすぎ!」




 笑い声が浜辺いっぱいに響く。


 櫻井たちは貝殻を集め、一ノ瀬たちは波打ち際を散歩している。


 誰もが肩の力を抜き、この時間を楽しんでいた。



 一方。


 少し離れた波打ち際。


 ほたるは裸足で静かに海を眺めていた。


 寄せては返す波。


 さらさらと砂を撫でる音。


 風に揺れる長い黒髪。


 白いワンピースの裾がふわりと踊る。


 その姿は、まるで一枚の絵画だった。




「……綺麗。」



 女性スタッフが思わず呟く。


 誰も否定しない。




 歩いているだけなのに、映像になる。


 立っているだけなのに、物語になる。



 ほたるはそんな存在だった。


 そこへ。





「ほたる。」


 優しい声が届く。


 振り返れば、弓弦が歩いてくる。


 白いシャツの袖を無造作にまくり、ラフな格好をしていても、その佇まいはやはり王子様のようだった。




「疲れてない?」


『……うん。』



 小さく頷く。




「今日は結構歩いたからさ。」


『平気。』



 短い返事。


 けれど、弓弦は安心したように微笑む。





「でも無理だけはしないで。」


『……ありがとう。』



 その一言だけで。


 ほたるの表情がふわりと柔らかくなる。


 花が咲くような笑顔。


 それを見た弓弦も、つられるように笑っていた。




 最初の頃なら。


 完璧な笑顔を作っていただろう。


 アイドル・御影弓弦として。


 女性をエスコートし、甘い台詞をさらりと言ってみせる。




 そんな王子様を演じていた。


 けれど今は違う。


 そこにいるのは、一人の青年だった。




 好きな人の体調を気遣い。


 少しでも笑っていてほしいと願う。


 ただ、それだけだった。





「おーい!」


 遠くから水城が大声を上げる。




「弓弦ー!」


「ん?」


「また保護者やってる!」




 どっと笑いが起きた。




「違うって。」


「今日何回目だよ、『疲れてない?』って!」


「五回は聞いた!」


「いや、三回だから。」


「数えてるんかーい!」



 爆笑。


 弓弦は照れ臭そうに頭を掻く。




「……うるさい。」


「図星だ!」


「恋してる顔してる!」


「水城、お前あとで覚えとけ。」


「こわっ!」




 また笑いが広がる。


 そんな弓弦を見て、ほたるも肩を震わせた。




『……ふふ。』


 小さな笑い声。





 それだけで弓弦の耳が少し赤くなる。






 神崎がその様子を眺め、小さく笑う。




「変わったな。」


「確かに。」



 黒瀬も頷いた。


 あれほど完璧だった王子様は。


 今では、恋をする一人の男になっていた。





     ◇◇◇





 しばらく歩いていると、岩場へ続く細い道へ差しかかる。


 潮で濡れた岩肌は少し滑りやすい。


 ほたるは足を止めた。




『……。』



 一歩踏み出そうとして、少しだけ迷う。


 その様子を見た弓弦は、何も言わなかった。


 ただ静かに。


 右手を差し出す。





『……。』



 ほたるが目を丸くする。



「一緒に行こ。」




 それだけ。


 手を取れ、とも言わない。




 無理に引っ張ることもしない。


 選ぶのは彼女。



 そんな優しさがあった。


 ほたるは差し出された手と、弓弦の顔を交互に見つめる。




 真っ直ぐな瞳。


 安心させるような穏やかな笑顔。




 少しだけ照れながら。


 そっと、自分の手を重ねた。




『……うん。』



 指先が触れる。


 その瞬間。




 ほたるは恥ずかしそうに笑った。


 まるで花が咲くような笑顔。


 弓弦も嬉しそうに微笑む。




「ゆっくり歩こう。」


『……うん。』



 二人は並んで歩き出す。


 繋がれた手。



 白い砂浜。


 青く輝く海。


 吹き抜ける潮風。




 少し離れた場所から、その様子を見守るメンバーたちは、誰一人茶化さなかった。


「……綺麗。」





 美月が小さく呟く。




「本当に。」


 ひまりも頷く。




 恋愛リアリティーショーだからではない。


 番組の演出だからでもない。





 ただ。


 二人が並んで歩く姿は、それだけで完成された美しさがあった。






 モニター越しに見守るスタッフルームでも、誰かが静かに息を漏らす。




「この二人は、特別だな……。」


 ディレクターの呟きに、誰も異論はなかった。




 白い砂浜に並ぶ二人の足跡。


 その横顔には、飾らない笑顔があった。



 番組が終わりに近づくほど。


 二人の距離は、誰の目にも分かるほど自然に縮まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ