39.
⭐︎39.
番組も、いよいよ終盤へ差しかかっていた。
共同生活が始まった頃のぎこちなさは、もうどこにもない。
朝になれば自然と隣に座る相手が決まり、食事の準備をすれば役割分担も言葉はいらない。
誰かが笑えば、みんなが笑う。
誰かが落ち込めば、誰かが隣に座る。
そんな日常が、当たり前になっていた。
恋愛リアリティーショー。
期間限定の共同生活。
それでも、人の心は少しずつ近づいていく。
自然と、それぞれの距離が形になっていた。
神崎と綾芽。
水城とひまり。
黒瀬と莉子。
櫻井とMASHIRO。
一ノ瀬と美月。
そして――。
御影弓弦と、沈雨螢。
その二人だけは、どこか別格だった。
誰もが認める圧倒的なビジュアル。
隣に立つだけで絵になる存在感。
視線が重なるだけで胸が高鳴るような空気。
派手なスキンシップなんてない。
甘い言葉を囁くわけでもない。
それなのに。
二人が同じ画面に映るだけで、不思議と目が離せなくなる。
まるで、一編のドラマを見ているようだった。
◇◇◇
その日の撮影は、海。
どこまでも続く青い水平線。
真っ白な砂浜。
太陽が海面をきらきらと照らし、心地よい潮風が頬を撫でていく。
今日は特別なミッションもない。
ただ、みんなで自由に過ごす時間。
「待て待てー!」
「きゃーっ!」
水城が海水をかければ、ひまりが悲鳴を上げながら逃げ回る。
「写真撮る!」
「ちょ、黒瀬やめろ!」
「その顔おもしろすぎ!」
笑い声が浜辺いっぱいに響く。
櫻井たちは貝殻を集め、一ノ瀬たちは波打ち際を散歩している。
誰もが肩の力を抜き、この時間を楽しんでいた。
一方。
少し離れた波打ち際。
ほたるは裸足で静かに海を眺めていた。
寄せては返す波。
さらさらと砂を撫でる音。
風に揺れる長い黒髪。
白いワンピースの裾がふわりと踊る。
その姿は、まるで一枚の絵画だった。
「……綺麗。」
女性スタッフが思わず呟く。
誰も否定しない。
歩いているだけなのに、映像になる。
立っているだけなのに、物語になる。
ほたるはそんな存在だった。
そこへ。
「ほたる。」
優しい声が届く。
振り返れば、弓弦が歩いてくる。
白いシャツの袖を無造作にまくり、ラフな格好をしていても、その佇まいはやはり王子様のようだった。
「疲れてない?」
『……うん。』
小さく頷く。
「今日は結構歩いたからさ。」
『平気。』
短い返事。
けれど、弓弦は安心したように微笑む。
「でも無理だけはしないで。」
『……ありがとう。』
その一言だけで。
ほたるの表情がふわりと柔らかくなる。
花が咲くような笑顔。
それを見た弓弦も、つられるように笑っていた。
最初の頃なら。
完璧な笑顔を作っていただろう。
アイドル・御影弓弦として。
女性をエスコートし、甘い台詞をさらりと言ってみせる。
そんな王子様を演じていた。
けれど今は違う。
そこにいるのは、一人の青年だった。
好きな人の体調を気遣い。
少しでも笑っていてほしいと願う。
ただ、それだけだった。
「おーい!」
遠くから水城が大声を上げる。
「弓弦ー!」
「ん?」
「また保護者やってる!」
どっと笑いが起きた。
「違うって。」
「今日何回目だよ、『疲れてない?』って!」
「五回は聞いた!」
「いや、三回だから。」
「数えてるんかーい!」
爆笑。
弓弦は照れ臭そうに頭を掻く。
「……うるさい。」
「図星だ!」
「恋してる顔してる!」
「水城、お前あとで覚えとけ。」
「こわっ!」
また笑いが広がる。
そんな弓弦を見て、ほたるも肩を震わせた。
『……ふふ。』
小さな笑い声。
それだけで弓弦の耳が少し赤くなる。
神崎がその様子を眺め、小さく笑う。
「変わったな。」
「確かに。」
黒瀬も頷いた。
あれほど完璧だった王子様は。
今では、恋をする一人の男になっていた。
◇◇◇
しばらく歩いていると、岩場へ続く細い道へ差しかかる。
潮で濡れた岩肌は少し滑りやすい。
ほたるは足を止めた。
『……。』
一歩踏み出そうとして、少しだけ迷う。
その様子を見た弓弦は、何も言わなかった。
ただ静かに。
右手を差し出す。
『……。』
ほたるが目を丸くする。
「一緒に行こ。」
それだけ。
手を取れ、とも言わない。
無理に引っ張ることもしない。
選ぶのは彼女。
そんな優しさがあった。
ほたるは差し出された手と、弓弦の顔を交互に見つめる。
真っ直ぐな瞳。
安心させるような穏やかな笑顔。
少しだけ照れながら。
そっと、自分の手を重ねた。
『……うん。』
指先が触れる。
その瞬間。
ほたるは恥ずかしそうに笑った。
まるで花が咲くような笑顔。
弓弦も嬉しそうに微笑む。
「ゆっくり歩こう。」
『……うん。』
二人は並んで歩き出す。
繋がれた手。
白い砂浜。
青く輝く海。
吹き抜ける潮風。
少し離れた場所から、その様子を見守るメンバーたちは、誰一人茶化さなかった。
「……綺麗。」
美月が小さく呟く。
「本当に。」
ひまりも頷く。
恋愛リアリティーショーだからではない。
番組の演出だからでもない。
ただ。
二人が並んで歩く姿は、それだけで完成された美しさがあった。
モニター越しに見守るスタッフルームでも、誰かが静かに息を漏らす。
「この二人は、特別だな……。」
ディレクターの呟きに、誰も異論はなかった。
白い砂浜に並ぶ二人の足跡。
その横顔には、飾らない笑顔があった。
番組が終わりに近づくほど。
二人の距離は、誰の目にも分かるほど自然に縮まっていた。




