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あの日のスピカ。  作者: ツユクサリヒト


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36/72

36.





⭐︎36.






 画面が切り替わる。


 テロップ。


 ――未公開映像。




 撮影の合間。


 海辺に用意されたウッドデッキ。





 女性メンバーだけが集まり、ジュースを片手に談笑していた。


 スタッフも少し離れた場所からカメラを回している。




「日焼け止め塗り直さなきゃ。」


「今日、本当に暑いね。」


「夜は星きれいなのかな。」



 恋バナを交えながら、和やかな時間が流れる。





 少し離れたベンチには、弓弦、水城、黒瀬、神崎の四人。


 一ノ瀬と櫻井も何かを話している。


 男性陣も休憩中だった。




 水城はアイスを食べながら笑う。


「弓弦さん、今日かっこよかったっすね。」


「お前、その顔やめろ。」


「照れてる?」


「照れてない。」


「照れてる。」





 黒瀬まで笑い始める。


「顔赤いぞ。」


「暑いだけ。」




 神崎だけは静かにコーヒーを飲んでいた。


「……。」







 その時だった。


「御影さん。」


 女性陣の輪から、美月が声を掛ける。


 弓弦が顔を上げる。


「ん?」


「ちょっと聞いてもいいですか?」


「いいけど。」


 美月はいつものように落ち着いた笑みを浮かべていた。






 人を試すような笑みではない。


 本当に、世間話でも始めるような自然さだった。


「御影さんって。」


「ほたるちゃんに詳しいですよね。」






 弓弦は一瞬だけ瞬きをした。


 それでも表情は崩さない。


「まぁ。」


「ドラマも一緒だし。」


「共演者だから。」


「なるほど。」





 美月は素直に頷いた。


 そのまま会話は終わる――


 かと思われた。






「でも。」


 美月が首を傾げる。


「昨日の朝。」


「ほたるちゃんが朝ご飯で迷ってた時。」





 弓弦は嫌な予感がした。


「“焼きたてのクロワッサン選ぶと思うよ”って言いましたよね。」


「……。」


「本当に選びました。」


「偶然。」


「そうですか?」





 美月は笑う。


「私、偶然かなって思ってたんです。」







 スタジオ。


「あっ。」


「始まった。」






 水城はアイスを持ったまま固まる。


「来た……。」




 黒瀬も笑いを堪えている。


「美月ちゃん鋭い。」





 弓弦はまだ余裕を装っていた。


「たまたまだよ。」


「そうなんですね。」





 美月はあっさり引いた。


 ……ように見えた。






「あと。」


 まだ続く。






「この前。」


「ほたるちゃんが疲れてる時。」


「甘いミルクティー好きだからって、スタッフさんにお願いしてましたよね。」






 弓弦の笑顔が少しだけ固まる。


「……。」


「それも偶然ですか?」


「まぁ……。」


「なんとなく。」


「なるほど。」




 美月はまた頷く。









 スタジオのMCが笑う。


「追い詰めるなぁ。」


「刑事みたい。」








 美月はまだ終わらない。


「それと。」


「好きなお花。」






 弓弦がぴくりと反応した。


「誕生日にもらって一番嬉しかったお花。」


「“かすみ草”って。」


「知ってましたよね。」


「…………。」


 弓弦は黙った。







 水城は吹き出しそうになり、必死で下を向く。


 黒瀬は肩を震わせる。


 神崎だけは静かに空を見上げた。


「……。」







 美月は続ける。


「デビュー曲じゃなくて。」


「カップリング曲の話もしてました。」


「ライブ限定のアレンジも。」


「昔のライブMCも。」


「全部知ってました。」






 スタジオから笑いが漏れ始める。


「これもう無理(笑)」


「共演者じゃ知らない(笑)」








 美月は小さく笑って、最後の一言を口にした。


「御影さん。」


「もしかして。」








 一拍。


「ほたるちゃんの。」


「ファンだったりします?」








 沈黙。


 本当に、誰も喋らなかった。






 弓弦は視線を泳がせる。


 水城を見る。


 黒瀬を見る。


 神崎を見る。





 三人とも助ける気はゼロだった。


 神崎に至っては、コーヒーを飲んでいる。


「……。」


 弓弦は観念したように頭を掻いた。










 そして、小さく笑う。


「……はい。」


 一瞬の静寂。








 次の瞬間だった。


 スタジオが爆発した。




「認めたーーー!!」


「言ったーーー!!」


「ガチだったーーー!!」






 MCが立ち上がる。


「共演者じゃなかった!」


「ファンだった!」






 女性陣も大笑い。


「かわいい!」


「だからあんなに詳しかったんだ!」






 弓弦は耳まで真っ赤だった。


「いや、違う、違わないけど……。」


「もう!」






 すると。


 水城がゆっくり手を挙げる。


「はい。」


「証言いいですか?」




 

「やめろ。」


「却下。」


「却下されません。」



 スタジオ大爆笑。






 水城は満面の笑みで話し始めた。


「弓弦さん。」


「デビュー当時からファンです。」


「ライブ全部行ってます。」


「ファンクラブも入ってます。」


「限定グッズも全部買ってます。」


「宗真ぁぁぁ!」


 弓弦の悲鳴が響く。





 黒瀬が続く。


「新曲配信の日は。」


「仕事の合間にずっとソワソワしてます。」


「MV公開五分前から待機してます。」


「晃一!」




「ほたるちゃんがテレビ出る日は録画三台です。」


「やめろ!」





 神崎が静かに口を開く。


「楽屋では。」


「ほたるさんの新曲が流れるたびに騒いでいます。」


「ライブ映像を見て泣いていたこともあります。」


「晋也ぁ!!」


「サイン会に本気で行こうとしたのは、」


「流石に止めました。」




「言うなぁぁぁ!」


 スタジオは涙が出るほど笑っていた。








 MCが笑いながらまとめる。


「王子。」


「その正体は。」


 一拍置いて、高らかに宣言する。




「世界一成功した、ほたるファンでした!」


 大きな拍手がスタジオに響いた。







 そしてカメラは、少し離れた席で恥ずかしそうに笑うほたるを映す。


 ほたるは口元を押さえながら、小さく笑う。





『……ありがとう。』





 その一言だけで。


 弓弦は完全に固まった。



 耳まで真っ赤になり、何も言えない。

   





 水城が肩を叩く。


「よかったな。」




 黒瀬も笑う。


「推しに”ありがとう”って言われたぞ。」




 神崎は静かにため息をついた。


「今日は眠れないな。」




 弓弦は顔を覆ったまま、小さく呟く。


「……眠れない。」




 スタジオは、この日一番の笑いに包まれた。


 テロップがゆっくりと浮かび上がる。






 ――恋も、オタクも、隠しきれない。


 Love Archive 第2話 完。

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