36.
⭐︎36.
画面が切り替わる。
テロップ。
――未公開映像。
撮影の合間。
海辺に用意されたウッドデッキ。
女性メンバーだけが集まり、ジュースを片手に談笑していた。
スタッフも少し離れた場所からカメラを回している。
「日焼け止め塗り直さなきゃ。」
「今日、本当に暑いね。」
「夜は星きれいなのかな。」
恋バナを交えながら、和やかな時間が流れる。
少し離れたベンチには、弓弦、水城、黒瀬、神崎の四人。
一ノ瀬と櫻井も何かを話している。
男性陣も休憩中だった。
水城はアイスを食べながら笑う。
「弓弦さん、今日かっこよかったっすね。」
「お前、その顔やめろ。」
「照れてる?」
「照れてない。」
「照れてる。」
黒瀬まで笑い始める。
「顔赤いぞ。」
「暑いだけ。」
神崎だけは静かにコーヒーを飲んでいた。
「……。」
その時だった。
「御影さん。」
女性陣の輪から、美月が声を掛ける。
弓弦が顔を上げる。
「ん?」
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいけど。」
美月はいつものように落ち着いた笑みを浮かべていた。
人を試すような笑みではない。
本当に、世間話でも始めるような自然さだった。
「御影さんって。」
「ほたるちゃんに詳しいですよね。」
弓弦は一瞬だけ瞬きをした。
それでも表情は崩さない。
「まぁ。」
「ドラマも一緒だし。」
「共演者だから。」
「なるほど。」
美月は素直に頷いた。
そのまま会話は終わる――
かと思われた。
「でも。」
美月が首を傾げる。
「昨日の朝。」
「ほたるちゃんが朝ご飯で迷ってた時。」
弓弦は嫌な予感がした。
「“焼きたてのクロワッサン選ぶと思うよ”って言いましたよね。」
「……。」
「本当に選びました。」
「偶然。」
「そうですか?」
美月は笑う。
「私、偶然かなって思ってたんです。」
スタジオ。
「あっ。」
「始まった。」
水城はアイスを持ったまま固まる。
「来た……。」
黒瀬も笑いを堪えている。
「美月ちゃん鋭い。」
弓弦はまだ余裕を装っていた。
「たまたまだよ。」
「そうなんですね。」
美月はあっさり引いた。
……ように見えた。
「あと。」
まだ続く。
「この前。」
「ほたるちゃんが疲れてる時。」
「甘いミルクティー好きだからって、スタッフさんにお願いしてましたよね。」
弓弦の笑顔が少しだけ固まる。
「……。」
「それも偶然ですか?」
「まぁ……。」
「なんとなく。」
「なるほど。」
美月はまた頷く。
スタジオのMCが笑う。
「追い詰めるなぁ。」
「刑事みたい。」
美月はまだ終わらない。
「それと。」
「好きなお花。」
弓弦がぴくりと反応した。
「誕生日にもらって一番嬉しかったお花。」
「“かすみ草”って。」
「知ってましたよね。」
「…………。」
弓弦は黙った。
水城は吹き出しそうになり、必死で下を向く。
黒瀬は肩を震わせる。
神崎だけは静かに空を見上げた。
「……。」
美月は続ける。
「デビュー曲じゃなくて。」
「カップリング曲の話もしてました。」
「ライブ限定のアレンジも。」
「昔のライブMCも。」
「全部知ってました。」
スタジオから笑いが漏れ始める。
「これもう無理(笑)」
「共演者じゃ知らない(笑)」
美月は小さく笑って、最後の一言を口にした。
「御影さん。」
「もしかして。」
一拍。
「ほたるちゃんの。」
「ファンだったりします?」
沈黙。
本当に、誰も喋らなかった。
弓弦は視線を泳がせる。
水城を見る。
黒瀬を見る。
神崎を見る。
三人とも助ける気はゼロだった。
神崎に至っては、コーヒーを飲んでいる。
「……。」
弓弦は観念したように頭を掻いた。
そして、小さく笑う。
「……はい。」
一瞬の静寂。
次の瞬間だった。
スタジオが爆発した。
「認めたーーー!!」
「言ったーーー!!」
「ガチだったーーー!!」
MCが立ち上がる。
「共演者じゃなかった!」
「ファンだった!」
女性陣も大笑い。
「かわいい!」
「だからあんなに詳しかったんだ!」
弓弦は耳まで真っ赤だった。
「いや、違う、違わないけど……。」
「もう!」
すると。
水城がゆっくり手を挙げる。
「はい。」
「証言いいですか?」
「やめろ。」
「却下。」
「却下されません。」
スタジオ大爆笑。
水城は満面の笑みで話し始めた。
「弓弦さん。」
「デビュー当時からファンです。」
「ライブ全部行ってます。」
「ファンクラブも入ってます。」
「限定グッズも全部買ってます。」
「宗真ぁぁぁ!」
弓弦の悲鳴が響く。
黒瀬が続く。
「新曲配信の日は。」
「仕事の合間にずっとソワソワしてます。」
「MV公開五分前から待機してます。」
「晃一!」
「ほたるちゃんがテレビ出る日は録画三台です。」
「やめろ!」
神崎が静かに口を開く。
「楽屋では。」
「ほたるさんの新曲が流れるたびに騒いでいます。」
「ライブ映像を見て泣いていたこともあります。」
「晋也ぁ!!」
「サイン会に本気で行こうとしたのは、」
「流石に止めました。」
「言うなぁぁぁ!」
スタジオは涙が出るほど笑っていた。
MCが笑いながらまとめる。
「王子。」
「その正体は。」
一拍置いて、高らかに宣言する。
「世界一成功した、ほたるファンでした!」
大きな拍手がスタジオに響いた。
そしてカメラは、少し離れた席で恥ずかしそうに笑うほたるを映す。
ほたるは口元を押さえながら、小さく笑う。
『……ありがとう。』
その一言だけで。
弓弦は完全に固まった。
耳まで真っ赤になり、何も言えない。
水城が肩を叩く。
「よかったな。」
黒瀬も笑う。
「推しに”ありがとう”って言われたぞ。」
神崎は静かにため息をついた。
「今日は眠れないな。」
弓弦は顔を覆ったまま、小さく呟く。
「……眠れない。」
スタジオは、この日一番の笑いに包まれた。
テロップがゆっくりと浮かび上がる。
――恋も、オタクも、隠しきれない。
Love Archive 第2話 完。




