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35.




⭐︎35.




 青い海だった。


 画面いっぱいに広がる南の島。


 白い砂浜。


 強い日差し。


 きらきらと光を弾く波。





 その中を、一隻の船がゆっくりと桟橋へ近づいていく。


 テロップが入る。


 ――Love Archive





 恋と記憶をめぐる、31日間。


 船から降りてきたのは、十二人の男女だった。





「わぁ……!」


「すごい、海きれい!」


「本当に島だ!」




 明るい声が重なる。


 初めての場所。


 初めての共同生活。


 少しの緊張と、それ以上の期待。





 恋愛リアリティーショーらしい、華やかな始まりだった。




 その中で、御影弓弦は一歩、砂浜へ降り立つ。


 金色の髪が潮風に揺れた。


 サングラスを外し、柔らかく笑う。





「よろしく。」



 ただ、それだけ。


 けれど画面の中の空気が変わる。


 トップアイドル・Asterismのセンター。




 御影弓弦。




 王子様のような甘いルックス。


 けれど。


 少し強引で、余裕があって、どこか危うい。






 その隣で、水城宗真が小さく笑った。



「出た。仕事用の弓弦さん。」


「宗真。」


「はい、黙ります。」




 黒瀬晃一も肩を揺らす。



「島でもキメるなぁ。」


「晃一も黙れ。」





 神崎晋也は、二人のやり取りを聞きながら、地図を見ていた。



「まず集合場所だ。浮かれる前に移動するぞ。」


「晋也さん、真面目。」


「お前たちが浮かれすぎなんだ。」







 そのやり取りに、ワイプのスタジオが笑う。


 MCが手を叩いた。





「Asterism、最初から完成されてますねぇ。」


「この四人、画が強すぎます。」





 そして。


 カメラは少し離れた場所を映す。






 白いワンピース姿の、ほたる。


 黒髪が風に揺れている。


 太陽みたいに明るく笑い、女性陣へ丁寧に挨拶していた。





『よろしくお願いします。』




 柔らかく、可愛らしく。


 誰からも愛される、日本のトップアイドル。




 その笑顔に、場の空気がふわりと華やぐ。






 弓弦の視線が、一瞬だけ止まった。


 本当に一瞬。




 けれど、番組カメラは逃さなかった。


 テロップ。




 ――御影弓弦、視線停止。





 スタジオ。


「見た!」


「今、見ましたよね!」


「一瞬止まりましたよね!」






 弓弦はワイプで顔をしかめる。

   



「いや、見ますよ。共演者ですから。」




 水城がぼそりと言う。


「共演者を見る顔じゃないんだよなぁ。」


「宗真。」


「はい。」




 笑いが起きる。






 全員で集合場所へ向かう――はずだった。


 はずだったのに。





「あれ?」




 黒瀬が振り返った。





「一ノ瀬くんは?」






 その瞬間、カメラがざわつく。


 テロップ。




 ――一ノ瀬、消える。



「え、さっきまでいたよね?」


「どこ行った?」


「まさか迷子?」






 別カメラに切り替わる。


 島の小道。


 一ノ瀬が一人、真剣な顔で歩いていた。





「たぶん、こっちですよね。」




 完全に逆方向だった。


 テロップ。


 ――違います。







 スタジオ大爆笑。



「早い早い!」


「島着いて何分!?」


「恋が始まる前に迷子!」






 一ノ瀬は地図を上下逆さに持っている。


「海がこっちだから……こっち?」


 テロップ。


 ――だから違います。









 スタッフに連れ戻された一ノ瀬は、皆の前で照れくさそうに笑った。



「すみません。島を感じてました。」




 神崎が静かに言う。


「ただの迷子を美化するな。」





 全員が笑った。


 そんな、明るい空気のまま。


 Love Archive、二日目の試練が始まった。






 ◇◇◇





 朝食後。


 リビングへ集められた十二人の前に、一枚の封筒が置かれた。




 番組ロゴ。

 

 Love Archive


「それでは、本日の試練です」




 スタッフが笑顔で言う。




「今日は弓弦さん、お願いします。」


「俺?」




 弓弦は少し驚いたように笑い、封筒を手に取った。



 カードを開く。


 視線が文字を追う。




「本日の試練。」


「サバイバルチャレンジ。」


「島の山頂を目指し、各ペアでチェックポイントを巡ってください。」


「途中で獲得できるアイテムを活用し、最初にゴールしたペアには特別なご褒美があります。」





 水城が目を輝かせる。


「楽しそう!」




 黒瀬も笑う。


「こういうの得意。」




 神崎はすでに地図を見ている。


「体力だけではなく、判断力も必要だな。」





 女性陣もざわめく。


 ほたるはカードを見つめ、ほんの少しだけ遠い目をした。


『山……。』


 小さな声。


 誰にも聞こえないくらいの声。




 けれど。


 弓弦だけが、ちらりと彼女を見た。





 番組では、そこで軽快なBGMが入る。


 テロップ。


 ――恋も試される、サバイバルチャレンジ開始!





 ◇◇◇





 VTRはテンポよく切り替わる。


 山道を進む各ペア。


 地図を見ながら真面目にルートを確認する神崎。


 勢いで突き進み、途中でまた道を間違えかける一ノ瀬。


「こっちじゃない?」


「一ノ瀬さん、また逆です。」


「あ、はい。」





 スタジオが笑う。




「一ノ瀬くん、ずっと迷子!」


「でもかわいいですね。」




 別のペアでは、水城が明るく声を張っていた。




「こういうのはテンションが大事!」


「足元見てください。」


「はい。」

    


 すぐ注意される。







 黒瀬は意外にも器用だった。


 ロープを使うポイントで軽く身をこなし、女性メンバーへ手を差し出す。




「大丈夫。ゆっくりでいいよ。」




 テロップ。


 ――バラエティ担当、普通に頼れる。




 MCが頷く。


「黒瀬さん、こういう時モテますね。」


「普段ふざけてる人が頼れると強い。」




 そしてカメラは、森の奥を歩くほたると伯耆を映した。




 木漏れ日。


 鳥の声。


 風の音。


 ほたるは、先ほどまでの明るいアイドルの顔ではなく、どこか静かな表情で歩いていた。




 伯耆が地図を見ながら、隣を気遣う。



「足元、大丈夫?」


『うん。』


「疲れてない?」


『まだ平気。』




 短い返事。


 けれど、冷たいわけではない。


 ただ、素に近い。



 気怠げで、静かで、省エネ。


 伯耆は少し笑った。




「ほたるちゃんって、思ったより静かなんだね。」


『よく言われる。』


「テレビだと、もっと太陽みたいだから。」


『いまは節電中。』


「節電。」



 伯耆が笑う。


 ほたるも、少しだけ口元を緩めた。





 そのまま歩きながら、ほたるが小さく鼻歌を歌い始める。


 最初は、本当に小さな声だった。




 けれど。


 森の中で、その声は驚くほど澄んで響いた。


 鳥の声も、風の音も、全部その歌を邪魔しない。


 むしろ寄り添うみたいに聞こえた。





 伯耆が足を止める。


「……すごい。」


『なにが?』


「森に合う。」



 ほたるは首を傾げる。


『そう?』


「うん。なんか、島が静かになったみたい。」


『歌ってると落ち着くから。』


「好きなんだね、歌。」


 ほたるは少しだけ考える。


 そして、静かに言った。





『好き。』

 


 それだけだった。


 けれど、その一言は不思議なくらい本音に聞こえた。





 スタジオの空気も変わる。




 MCが小さく言った。




「ここ、鳥肌でした。」


「ほたるちゃん、歌うと空気変わりますね。」





 ワイプの弓弦は、何も言わずに画面を見つめていた。


 その顔が、あまりにも真剣だった。

   




 水城が横目で見る。


「顔。」


「うるさい。」


 弓弦は目を逸らさなかった。





 ◇◇◇





 やがて、VTRの空気が変わる。


 山頂へ近づくにつれ、道は険しくなっていた。


 前日の雨で、足場が緩んでいる。


 スタッフから注意が入る。





「ここ、滑りやすいので気をつけてください!」




 ほたるは小さく頷いた。


『はい。』




 伯耆が先に進み、手を差し出す。




「ゆっくりでいいよ。」


『うん。』





 ほたるが足を踏み出す。


 その瞬間だった。


 乾いた音がした。


 足元の土が崩れる。





『……っ!』


 細い身体が、ふっと宙へ傾いた。


 時間が止まったように見えた。


 誰かが叫ぶ。





「ーー危ない!」




 伯耆が手を伸ばす。


 スタッフが走る。


 女性陣が息を呑む。


 けれど。


 誰よりも早く動いたのは、弓弦だった。











「ほたる!!」




 叫んだ瞬間には、もう走っていた。


 考えていなかった。


 周りの声も聞こえなかった。






 止める神崎の声も。


「弓弦!」





 叫ぶ水城の声も。


「待て!」





 黒瀬の声も。


 全部、遠かった。





 弓弦には、落ちていくほたるしか見えていなかった。





 彼女の白い指。


 驚いた瞳。


 揺れる黒髪。


 ただ、それだけ。




 弓弦は崖際へ飛び込むように手を伸ばした。


 指先が、ほたるの腕を掴む。





『……!』


 間に合った。


 そう思った瞬間。






 弓弦の足元も崩れた。


 二人の身体が、そのまま斜面へ滑り落ちる。


「弓弦!!」


「ほたるちゃん!!」










 悲鳴が重なる。


 カメラが大きく揺れた。


 土煙。


 折れる枝。


 岩肌。





 弓弦は反射的にほたるを抱き込んだ。


 自分の腕の中へ閉じ込めるように。


 彼女の頭を胸に押しつけ、自分の背中を外へ向ける。





 次の瞬間。


 鈍い音がした。


「ぐっ……!」


 背中を岩に打ちつける。


 肩に枝が当たる。


 腕に擦り傷が走る。


 それでも、弓弦は離さなかった。


 絶対に。


 腕の中のほたるだけは。


 何があっても。


 斜面を滑り落ちた二人は、途中の茂みに引っかかるように止まった。


 しばらく、誰も声を出せなかった。


 荒い息。


 土の匂い。






 遠くから聞こえるスタッフの叫び声。


「大丈夫ですか!」


「救護班、お願いします!」


 ほたるが、ゆっくり顔を上げた。





『……弓弦さん?』


 声が震えていた。


 弓弦は、苦しそうに息を吐きながらも、真っ先に彼女を見た。





「怪我は?」


『……私は、大丈夫。』


「本当に?」


『うん。』


「頭、打ってない?」


『打ってない。』


「足は?」


『……平気。』


 弓弦はそこで初めて、少しだけ息を吐いた。


 自分の傷など、どうでもいいみたいな顔だった。


 スタジオは静まり返っていた。


 さっきまで笑っていた空気が、嘘みたいに消えている。






 MCがぽつりと言う。


「……真っ先でしたね。」


「本当に、誰よりも早かった。」





 神崎は黙って画面を見ていた。


 水城も、黒瀬も、ふざけなかった。





 黒瀬が小さく言う。


「……あれが弓弦なんですよね。」




 水城が頷く。


「考える前に、行っちゃうんです。」





 神崎が低く言った。


「だから怖い。」





 VTRの中で、スタッフが二人のもとへ駆け寄る。


 大きな怪我がないことが分かり、ようやく周囲に安堵が広がった。






 けれど、弓弦はまだほたるを見ていた。


 ほたるが立ち上がろうとした瞬間。


 ほんのわずかに、右足を庇った。


 弓弦の目が細くなる。



「足。」


『……え?』


「庇ってる。」


『気のせい。』


「気のせいじゃない。」


『歩ける。』


「歩けてない。」


『歩けるってば。』


 ほたるはいつものように、何でもない顔をしようとした。


 けれど、その顔色は少し白い。


 弓弦は何も言わず、彼女の前にしゃがんだ。






 そして、次の瞬間。


 ほたるを抱き上げた。




『……っ!?』


 ほたるの目が大きくなる。




『おろして。』


「嫌だ。」


『重い。』


「軽い。」


『自分で歩ける。』


「歩けてない。」


『……人いる。』


「いるな。」


『カメラもある。』


「あるな。」


『おろして。』


「嫌だ。」


 ほたるが困ったように弓弦を見る。


 いつもの笑顔も、アイドルの仮面も、少し剥がれていた。


 弓弦はそんな彼女を見て、一瞬だけ目を細める。






 そして。


 ふっと、ドラマの時の声になった。


「黙って、抱かれてろ。」


 低く、甘く。




「拒否権はない。」


 ほたるが固まった。


 数秒。





 森の中の時間が止まる。


 スタッフも固まる。


 出演者たちも固まる。






 そして弓弦は、照れ隠しのように笑った。


「……なーんて。」


 その瞬間。


 ほたるの顔が、耳まで赤くなった。


『……なに、それ。』


「ごめん。」


『恥ずかしい。』


「うん。」


『あとで怒る。』


「はい。」




 それでも、ほたるは降りようとはしなかった。


 弓弦の腕の中で、小さく身を縮めている。


 山道の向こうから、他のメンバーが駆けつけてくる。





「大丈夫!?」


「怪我してない!?」


「ほたるちゃん!」



 みんなが心配そうに集まる。


 けれど。





 弓弦に抱えられているほたるの姿を見た瞬間、空気が少し変わった。


 泥だらけなのに。


 汗もかいているのに。






 その二人だけ、まるで別の物語の中にいるみたいだった。


 誰かが小さく言う。





「……絵になる。」


 まさに、その通りだった。





 圧倒的な王子様。


 圧倒的な姫。




 完全に、弓弦に持っていかれていた。


 スタジオでは、ようやく悲鳴のような歓声が上がる。






「きゃーーー!」


「これは落ちる!」


「いや、助け方がドラマ!」


「現実であれやる人いる!?」






 MCが机を叩く。


「これはもう、王子と姫ですよ!」





 水城が頭を抱える。


「あーあ。完全に持ってった。」




 黒瀬が笑う。


「これ勝てないだろ。」




 神崎だけが深くため息をついた。


「……あいつは本当に。」





 そして画面の端。


 小鳥遊美月が、静かに二人を見ていた。


 クールで、観察眼の鋭い女性。


 美月は騒がない。


 茶化さない。





 ただ、弓弦の顔を見ていた。


 ほたるを見る目。


 助けに行く速さ。


 名前を呼んだ声。


 それから、彼女が足を庇ったことに気づいた早さ。


 何かを、覚えておくように。






 静かに。


 テロップが入る。








 ――この観察眼が後に、ある秘密を暴くことになる。


 画面は暗転する。








 次回予告のように、MCの声が重なる。


「この二人、ただの共演者なんですか?」


「そして、御影弓弦に隠された秘密とは?」





 最後に映ったのは。


 弓弦の腕の中で、恥ずかしそうに俯くほたる。


 そして、それを見てほんの少しだけ笑う美月だった。











◇◇◇




スタッフに案内されながら、弓弦はほたるを抱えたまま歩き続けていた。




『……もう、本当に歩けるから。』


 腕の中で、小さく抗議するほたる。


 弓弦は前だけを見たまま答える。



「却下。」


『却下じゃなくて。』


「却下。」


『……重いでしょ。』


「だから軽いって。」


『みんな見てる。』


「見てるな。」


『恥ずかしい。』


「俺は平気。」


『私は平気じゃない……。』


 その小さな声に、弓弦は少しだけ笑った。


「じゃあ尚更降ろせない。」


『なんで。』


「恥ずかしくて無理するタイプだろ。」


『…………。』




 図星だった。


 何も返せなくなったほたるに、弓弦はそれ以上何も言わない。


 ただ、落とさないように腕へ少しだけ力を込めた。





 その様子を、少し離れた場所からカメラが静かに追い続けている。





 やがて、先にゴールへ到着していたメンバーたちが二人に気付いた。


「来た!」


「大丈夫!?」


「怪我は!?」





 真っ先に駆け寄ったのは水城だった。


 弓弦の腕や肩についた擦り傷を見て、表情が変わる。


「お前、血出てるじゃん!」


「かすり傷。」


「かすり傷じゃねぇよ!」




 黒瀬も苦笑しながら近付く。


「いやぁ……派手にやったな。」





 神崎は二人の前で立ち止まり、まずほたるを見る。


「立てるか。」


『……はい。』





 そう答えながら降りようとした瞬間だった。


「っ……。」


 右足に体重をかけた途端、ほんのわずかに顔をしかめる。


 それを見た弓弦は、再び抱き直した。


『ちょっ……。』


「ほら。」


『今のはちょっとだけ。』


「その”ちょっと”が怪我になる。」


『でも……。』


「却下。」


 また即答だった。





 スタジオでは、その様子に笑いが起こる。


「却下しか言わない(笑)」


「全然降ろす気ない!」





 MCも笑いながら頷く。


「もう完全に王子様なんですよ。」


「しかも本人、全く照れてない。」





 その一方で、ワイプに映る弓弦本人は頭を抱えていた。




「やめてくださいよ……。」





 隣で水城が吹き出す。


「いやぁ、かっこよかったっすねぇ。」


「宗真。」


「はい?」


「帰ったら覚えてろ。」


「怖っ。」


 スタジオがまた笑いに包まれる。





 ◇◇◇





 救護スタッフが二人の怪我を確認する。


「ほたるさんは軽い捻挫ですね。」


「弓弦さんは擦過傷だけです。」


「念のため消毒します。」





 その言葉に、全員がほっと息を吐いた。


「よかったぁ……。」


「本当に焦った。」


「映像見てても心臓止まりそうだった。」





 一ノ瀬は胸を撫で下ろしながら呟く。


「俺、本気で泣きそうでした。」


「お前が泣くな。」




 神崎の冷静なツッコミ。


 場が少し和む。


 そんな中でも、ほたるだけは俯いたままだった。


『……ごめんなさい。』




 ぽつりと零れた声。


『私が落ちたせいで……。』





 その言葉を遮るように、弓弦が言った。


「謝らないで。」


『でも。』


「怪我しなかった。」


「それで十分。」




 短い言葉だった。


 けれど、迷いはなかった。




 ほたるは弓弦を見上げる。


 弓弦は照れた様子もなく、ただ当たり前のように笑った。


「怖かったかなって思った。」


「だから、それだけ。」


 その一言に、ほたるの瞳が少し潤む。


 何かを言おうとして。


 結局、小さく頷くだけだった。


『……うん。』


 その空気に、誰も割って入れなかった。





 ◇◇◇





 VTRは、そのままスタジオへ切り替わる。


 映像が止まる。


 弓弦がほたるを抱き上げて歩く一枚。


 まるで映画のワンシーンだった。






 MCが腕を組む。


「……いや。」


「これは反則ですね。」




 女性MCも頷く。


「完全に王子と姫でした。」


「しかも助け方がドラマなんですよ。」





 別の出演者も興奮気味に話す。


「名前呼んだ瞬間、鳥肌でした。」


「あそこ、本当に泣きました。」


「迷いがなかったですよね。」





 カメラが出演者の表情を映す。


 美月は静かに頷く。


「かっこよかったです。」


「でも。」




 少しだけ意味深に笑う。


「気になることも、ありました。」





 MCが首を傾げる。


「気になること?」


「はい。」


 美月はそれ以上は何も言わず、笑って誤魔化した。





 その一瞬だけ。


 弓弦が嫌な予感を覚えたように、美月を見る。


 美月はにこりと笑うだけだった。





 ◇◇◇




 画面が切り替わる。


 今度は、番組制作スタッフのインタビュー。


「正直に言うと。」


「最初は、十二人全員を均等に追う予定でした。」





 ディレクターが苦笑する。


「恋愛リアリティーショーなので、誰が誰を好きになるか分からないですから。」


「だから編集も、かなりフラットに考えていました。」





 別のスタッフが続ける。


「でも。」


 モニターには、崖へ向かって駆け出す弓弦の姿。




 迷わず飛び込む姿。


 ほたるを庇う姿。


 抱き上げる姿。





「この日、全部変わりました。」


「弓弦さんが真っ先に飛び込んだ瞬間。」


「ほたるさんを見つめる表情。」


「それから。」





 モニターに映る。


 恥ずかしそうに俯くほたる。


 その隣で自然に歩く弓弦。




「二人だけ、空気が違ったんです。」


「スタッフ全員が思いました。」




 ディレクターは笑いながら言った。


「これは追わないともったいない。」


「番組の軸になる。」


「この二人を、ちゃんと撮ろう。」




 編集室のモニターには、弓弦とほたるのカットばかりが並んでいる。





 スタッフが口々に話す。


「ドラマでも共演してますよね。」


「だから距離感が自然なんだ。」


「絵になるなぁ。」


「恋愛かどうかは分からない。」


「でも、この空気は本物だ。」




 ディレクターが頷く。


「よし。」


「次。」


「『花の幻影』のVTR入れよう。」


「この二人が、なぜこんなに息が合うのか。」


「視聴者にも知ってもらおう。」





 編集スタッフが笑う。


「黒王子と姫ですね。」


「ぴったりです。」


 その言葉とともに画面が暗転する。








 テロップが浮かぶ。


 ――現在大ヒット放送中。


 和風ファンタジードラマ『花の幻影』。





 









 静かな三味線の音が流れる。


 画面いっぱいに映し出されたのは、夜の遊郭だった。


 赤い提灯。


 石畳を濡らす雨。


 風に揺れる無数の花灯籠。





 テロップ。


 現在放送中――大河和風ファンタジー『花の幻影』


 重厚な音楽へ切り替わる。





 まず映るのは、一人の少女。


 艶やかな着物に身を包み、月を見上げる遊女・ほたる。


 その儚さは、まるで触れれば消えてしまいそうだった。





 ナレーションが静かに入る。


「花街で”幻の花”と呼ばれた、一人の遊女。」


 続いて。




 黒い羽織を翻しながら歩く男。


 夜を支配する男。


 誰もが恐れ、誰もが跪く。


 弓弦が演じる、遊郭の支配者・御影弓弦。




 鋭い眼差し。


 ゆっくりと刀を抜く姿だけで、空気が張り詰める。





 スタジオ。


「きゃー!」


「かっこいい!」


「やっぱりこのドラマ好き!」





 MCも頷く。


「弓弦さん、この役めちゃくちゃハマってるんですよね。」




 映像は続く。


 遊郭の廊下。


 雨を眺めるほたる。


 そこへ現れる弓弦。




 言葉は少ない。


 けれど、視線だけで会話しているようだった。




 ほたるが小さく微笑む。


『……また、お越しになったのですね。』




 弓弦は短く答える。


『お前に会いに来た。』


 スタジオから悲鳴が上がる。


「きゃーー!」


「このシーン!」


「有名なやつ!」





 続いて流れるのは、戦闘シーン。


 弓弦が役人と対峙する。


 悪い笑顔を浮かべる。


 誰にも、捕まることはできない、夜の支配者。




 その時。


 ほたるの正体が明らかになる。


 二人の視線が交わった。


 そこには。


 さっきまでの優しい遊女はいなかった。


 氷のように冷たい目。




「お前、サボんなよ。」


『サボってない。』


「男と寝てただけだろ。」


『仕事。』




 乱れた着物を整え。


 水城から刀を受け取る。


 遊女ではない。


 一人の役人だった。




 敵同士・絶対に惹かれてはいけない相手。





 場面は変わる。


 敵なのに、なにかとほたるを気にかける弓弦。


 悪いやつなのに、ほたるの前ではーーー。



 


『なんで、私を助けた?』


『お前は父の仇。敵だ。』


『……なのに、なんで。』


「好きだから。」


『ーーーバカだ。』


「そうだな。」


『本当に、ばかだ。』



 言葉とは裏腹に、愛情に満ちたほたるの顔。


 それを見て。


 優しく微笑む弓弦。


 その表情だけは、誰にも見せない。


 ほたるだけのものだった。





 スタジオでは、女性出演者が胸を押さえる。



「無理……。」


「尊い。」


「この二人、本当に空気感がすごい。」





 MCも笑う。


「恋リア見てからドラマ見ると、また違うんですよ。」


「距離感が自然すぎる。」





 そこへ、さらに名場面が流れる。


 燃え盛る屋敷。


 炎の中へ飛び込もうとするほたる。


 弓弦が後ろから抱き寄せる。


『行かせない。』


『離してください!』


『離さない。』


『お願い……!』


『俺が守る。』




 抱き締める。


 そのまま抱き上げる。




 まるで先ほどのサバイバルチャレンジを思わせる映像だった。





 スタジオがざわつく。


「あっ!」


「これ!」


「さっきと一緒!」




 MCも気付く。


「だからサバイバルで、あの台詞だったんだ!」




 画面には、崖でほたるを抱き上げた弓弦。


 ドラマで抱き上げる弓弦。





 二つの映像が並ぶ。


 そして。





 ドラマの名シーン。


 弓弦が不敵に笑う。


『黙って、抱かれてろ。』


 ほたるが真っ赤になる。


『……最低です。』


 弓弦が笑う。


『冗談だ。』





 そのまま現在のVTRへ切り替わる。


 サバイバルで同じ台詞を囁く弓弦。


『……なーんて。』





 スタジオが大爆笑した。


「本人も遊んでる!」


「完全にアドリブだったんだ!」






 弓弦はワイプの中で耳まで赤くなっている。


「いや……あれは、その……。」





 水城が即座に突っ込む。


「出ちゃったんだよね?」


「宗真。」


「役が降りてきちゃったんだよね?」


「違う。」


 黒瀬が笑いを堪えながら言う。


「完全に役だった。」


 神崎はため息をつく。


「現場でも、あの二人は役に入ると空気が変わる。」





 MCが興味深そうに尋ねる。


「共演者から見てもですか?」


「ええ。」


「カメラが回ると、別人ですね。」





 映像が終わる。


 画面は、ドラマ撮影現場のメイキングへ切り替わった。





 監督がインタビューに答えている。


「最初は、ここまで相性がいいとは思っていませんでした。」


「二人とも演技は上手い。」


「でも、それ以上に。」





 監督は笑う。


「視線なんです。」


「言葉がなくても、お互いを見ているだけで芝居になる。」




 隣でプロデューサーも頷く。


「撮影初日から驚きました。」


「普通は恋愛シーンって、距離感を作るのに時間がかかるんです。」


「でも、この二人は最初から自然だった。」





 スタッフが笑いながら話す。


「だから撮影予定になかったカットも増えました。」


「二人で歩くだけ。」


「目を合わせるだけ。」


「それだけで画になるので。」





 スタジオ。


「へぇー!」


「そんなことあるんだ!」




 MCが感心したように頷く。


「だから『王子と姫』って呼ばれるようになったんですね。」


「納得です。」




 ディレクターが最後に言った。


「ドラマでも。」


「恋リアでも。」


「気付けば、カメラが二人を追っていました。」


「スタッフ全員、同じことを思ったんです。」






 一拍置いて、笑う。


「……この二人、放っておけないなって。」






 スタジオが温かい空気に包まれる。


 その時だった。





 MCがカードを一枚めくる。


「さて。」


「ここからは、番組では放送されなかった未公開映像です。」






 画面の色味が少し柔らかく変わる。


 テロップ。


 ――未公開映像。


 ある女性メンバーだけが、弓弦の”違和感”に気付いていた。





 ワイプの水城が吹き出す。


「あ。」




 黒瀬も顔を覆う。


「来た。」




 神崎は静かに目を閉じた。


「終わったな。」





 弓弦だけが、不安そうにモニターを見つめる。


「……何?」


 画面の端では。


 小鳥遊美月が、小さく意味深に微笑んでいた。

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