33.
⭐︎33.
崩れた斜面を、一歩ずつ登っていく。
弓弦が前。
ほたるが、その足跡をなぞるように後ろを歩く。
「そこ。」
「右。」
『うん。』
「その石は滑る。」
『……うん。』
弓弦の声は落ち着いていた。
急かさない。
焦らせない。
ただ、ほたるが安全に登れることだけを考えている。
あと少し。
そう思った、その時だった。
『……っ。』
ほたるの足が、ほんの少しだけ止まる。
一歩踏み出す。
けれど、わずかに右足をかばうような動き。
それは本当に小さな違和感だった。
普通なら気付かない。
でも、弓弦は見逃さなかった。
「……足。」
『え?』
「痛い?」
『大丈夫。』
反射的に答える。
アイドルだから。
これくらい平気。
そう言おうとした瞬間だった。
「失礼。」
『えっ——』
ふわり。
身体が宙に浮く。
『!?』
ほたるは思わず目を丸くした。
「ゆ、弓弦さん!?」
弓弦は何でもないことのように、ほたるを横抱きに抱え上げていた。
「少し我慢。」
『いや、でも——』
「さっき、足かばってた。」
『……。』
「無理すると悪化する。」
『でも、自分で歩けるよ。』
「知ってる。」
「でも歩かせたくない。」
その返事があまりにも真っ直ぐで、ほたるは言葉を失う。
『……おろして。』
小さく抗議する。
すると。
弓弦は少しだけ口元を緩めた。
そして、ほたるにしか聞こえないくらい小さな声で囁く。
「――黙って、抱かれてろ。」
『……!?』
「拒否権はない。」
その低い声に、ほたるの耳まで真っ赤になる。
「……。」
一拍置いて。
弓弦は吹き出した。
「あはは。」
「……なーんて。」
『……。』
「ドラマの台詞。」
「つい出ちゃった。」
いたずらが成功した子どものように笑う。
『びっくりした……。』
ほたるは胸を押さえ、小さく息を吐いた。
あの時代劇ファンタジードラマ。
弓弦がほたるへ向けた台詞。
撮影で何度も聞いたはずなのに。
耳元で囁かれると、破壊力が違った。
「ごめん。」
「でも。」
弓弦は穏やかに笑う。
「今日は本当に拒否権なし。」
「安全第一。」
『……。』
ほたるは少しだけ困ったように笑った。
『……はい。』
それ以上は抵抗しなかった。
◇ ◇ ◇
数分後。
ようやく全員と合流する。
「ほたるちゃん!」
「大丈夫!?」
美月が真っ先に駆け寄ろうとして。
「……。」
「……。」
その場で固まった。
横抱きにされたほたる。
それを軽々と抱える弓弦。
夕日が二人を照らしている。
まるでドラマのワンシーンだった。
「……。」
「……。」
誰も最初の一言が出ない。
最初に口を開いたのは水城だった。
「……王子様じゃん。」
ぽつり。
その一言で全員が我に返る。
「ほんとだ。」
黒瀬が苦笑する。
「画になりすぎ。」
「ドラマ見てるみたい。」
伯耆も静かに笑った。
「御影さんらしい。」
神崎は弓弦の頬の傷を見る。
「お前。」
「顔、切れてるぞ。」
「あ。」
弓弦はようやく気付いた。
「ほんとだ。」
「ほんとだ、じゃねぇ。」
ぶっきらぼうに言う神崎。
「後で消毒しろ。」
「はい。」
その間も。
ほたるは弓弦の腕の中だった。
『……。』
こんなの公開処刑すぎる。
恥ずかしい。
視線が集まる。
耳まで赤くなっていく。
『もう……大丈夫だから。』
小さな声で言う。
「うん。」
弓弦も微笑む。
「じゃあ降ろすね。」
ゆっくり地面へ降ろす。
最後まで、怪我した足へ負担が掛からないように。
その気遣いが、自然すぎた。
◇ ◇ ◇
少し離れた場所。
モニターテント。
スタッフたちは、送られてきた映像を何度も巻き戻していた。
「……。」
「これ。」
「強い。」
ディレクターが呟く。
誰も否定しない。
「崖崩れ。」
「助けに行く。」
「お姫様抱っこ。」
「最後にあの台詞。」
「全部そろってる。」
「しかも。」
プロデューサーがモニターを指差す。
「ほたるちゃん。」
「完全に素。」
「演技じゃない。」
「照れてる。」
「うん。」
スタッフ全員が頷く。
「この二人だ。」
ディレクターが静かに言った。
「番組の軸。」
「決まりましたね。」
プロデューサーも小さく笑う。
「編集も。」
「この二人を中心に組み直そう。」
モニターには。
照れたように笑うほたると。
優しく微笑む弓弦。
二人が並ぶだけで、圧倒的な華があった。
スタッフ全員が、同じことを思っていた。
――このカップリングは、強い。




