表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/63

32.





⭐︎32.





 山道。


 木漏れ日の中を、弓弦と美月はゆっくり歩いていた。




 足元は少しずつ悪くなっていく。


 舗装されていた道は細くなり、小石や木の根が目立ち始めていた。




「大丈夫?」


 弓弦が振り返る。


「疲れてない?」


「大丈夫です。」



 美月は小さく微笑む。


「ありがとうございます。」


「無理しないで。」


「今日はサバイバルだけど、安全第一だから。」




 その言葉は自然だった。


 恋愛リアリティーショー。


 それでも、弓弦は相手を気遣うことを忘れない。


 王子様。


 そう呼ばれる理由が分かるような振る舞いだった。





 その時だった。


 風に乗って。


 どこか遠くから歌声が聞こえてきた。





『──♪』


「……。」


 弓弦の足が止まる。





「この声。」


 聞き間違えるはずがない。


 ほたるだ。




 しかも。


 伴奏がない。


 完全なアカペラ。


 そして、その数秒後。





 もう一つの声が重なった。


 伯耆。


 二人の声が、美しく山へ響いていく。


 思わず鳥肌が立つほど綺麗なハーモニー。





(やば……。)


 弓弦は心の中だけで叫んだ。


(生歌だ。)


(しかも即興!?)


(ちょっと待って。)


(録音したい。)


(いや、できない。)


(くそっ……!)


(今日来てよかった……。)


(いや違う。)


(伯耆さんと歌ってる!?)


(ハモってる!?)


(なんでそんな綺麗に合うの!?)


(ほたるちゃん今日も可愛いし。)


(歌まで可愛いし。)


(最高じゃん……。)


 頭の中では、完全にオタクだった。


 その横で。

    





「……。」


 美月も立ち止まっていた。




「ほたるちゃんの生歌……。」


 ぽつりと漏らす。




「やばい。」


「え?」


 弓弦が思わず振り向く。





「え?」


 美月も同じように弓弦を見る。


 二人とも、数秒固まった。


 同士はなんとなく、分かってしまう。





 

「もしかして……。」


 美月が恐る恐る聞く。


「御影さん。」


「はい。」


「ほたるちゃん……。」


「好きですか?」


「……。」


 一秒。


 二秒。


 弓弦は小さく咳払いをした。


「えっと。」


「……ファンかな。」


「やっぱり!」


 美月の目が一気に輝いた。


「私もです!」


「え!?」


 今度は弓弦が驚く番だった。


「そうなの?」


「デビューからずっと!」


「ライブも!」


「配信も!」


「写真集も!」


「全部!」


「えぇ!?」


 二人とも、完全にスイッチが入った。


「この前のアリーナツアー!」


「行きました?」


「…もちろん!」


「三日間!」


「私も!」


「センターステージの最後!」


「あの高音!」


「分かります!?」


「分かる!」


「やばかったですよね!」


「鳥肌!」


「ですよね!」





 二人とも、歩きながら小声で盛り上がる。


 完全にオタクトークだった。


 しかし。


 弓弦はふと我に返る。


「……。」


 前を見る。


 山道が急に険しくなっていた。


 細い。


 しかも、左側は斜面。


「美月さん。」


「はい?」


「ここ。」


「足元だけ見て。」


「結構危ない。」


「あ……。」


 美月も表情を引き締める。


「ありがとうございます。」


「あと。」


 弓弦は先へ回り込む。


「俺の後ろ歩いて。」


「え?」


「落ちたら困る。」


「……。」


 美月は少し照れながら頷いた。


「はい。」


 二人は慎重に歩き始める。


 その時だった。







 ――ズズッ。


 どこか遠くで。


 嫌な音がした。


「……?」


 弓弦が顔を上げる。


 次の瞬間。


 ゴゴゴゴッ!!


 山全体が震えるような音。


 木々が揺れる。


 鳥たちが一斉に飛び立った。





「崖崩れ!?」


 美月が息を呑む。


 スタッフの無線が一斉に鳴り始める。





「確認!」


「北ルートで崩落!」


「出演者の位置を確認!」




 山道の向こう。


 伯耆が立ち尽くしていた。


「ほたるちゃん!」


 叫ぶ声。


 その視線の先。


 崩れた土砂の向こう側に、小さな人影が見えた。





「動かないで!」


 伯耆はすぐに無線機を掴む。




「本部!」


「北ルート!」


「崩落です!」


「ほたるちゃんが向こう側に――」



 言い終わる前だった。


 弓弦はもう走っていた。





「御影さん!??」


 スタッフが呼び止める。


 止まらない。


 崩れた斜面を一目見て。


 安全に下りられる場所を一瞬で見極める。


 そして。


 迷いなく斜面へ飛び込んだ。


「えっ!?」


 スタッフが息を呑む。


 足場を選び。


 木の幹へ手を掛け。


 岩を蹴る。


 まるで重力を感じさせない動きだった。





「身体能力、高っ……。」


 誰かが思わず呟く。


 伯耆も目を見開く。




「御影さん!」


 弓弦は返事もしない。


 視線の先には。


 ただ一人。


 ほたるだけが映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ