31.
⭐︎31.
朝食後。
リビングへ集められた十二人の前に、今日も一枚の封筒が置かれた。
番組ロゴ。
Love Archive
「それでは、本日の試練です。」
スタッフが笑顔で言う。
「今日は弓弦さん、お願いします。」
「俺?」
弓弦は少し驚いたように笑い、封筒を手に取った。
カードを開く。
「本日の試練。」
「サバイバルチャレンジ。」
「島の山頂を目指し、各ペアでチェックポイントを巡ってください。」
「途中で獲得できるアイテムを活用し、最初にゴールしたペアには、豪華アウトドアディナーをプレゼント。」
「おぉー!」
水城が立ち上がる。
「体動かす系!」
「いいじゃん!」
「うるせぇ。」
神崎がぶっきらぼうに言う。
「まだ説明中だ。」
「すみません!」
リビングに笑いが起きる。
「それではペアを発表します。」
モニターに名前が映った。
櫻井伯耆 × ほたる
伯耆が少しだけ目を見開く。
ほたるはぱちぱちと瞬きをしたあと、にこっと笑った。
『初めてだね。』
「うん。」
伯耆も柔らかく笑う。
「今日、初めてちゃんと話せる。」
『よろしくお願いします。』
「こちらこそ。」
そのやり取りは穏やかだった。
けれど。
弓弦の胸には、小さな棘のように刺さる。
続いて。
御影弓弦 × 小鳥遊美月。
神崎晋也 × 天野莉子。
水城宗真 × 橘ひまり。
黒瀬晃一 × 白石あやめ。
一ノ瀬葵 × MASHIRO。
「また綺麗に分けましたねぇ。」
黒瀬が笑う。
「これ、本当にくじ?」
「運です。」
スタッフは満面の笑み。
「嘘つけ。」
神崎がぼそっと言い、全員が吹き出した。
◇ ◇ ◇
山道の入り口。
六組はそれぞれ色違いのリュックを背負い、スタートラインに並んだ。
「よーい、スタート!」
合図と同時に、全員が歩き出す。
「ひまりちゃん!」
「こっち!」
「待って、水城くん速い!」
「ごめんごめん!」
水城とひまりは、開始三十秒で遠足だった。
「虫!」
「どこ!?」
「そこ!」
「任せろ!」
「きゃー、頼れる!」
「今の何点?」
「二十点♡」
「やった!」
水城は本気で喜んでいた。
◇ ◇ ◇
「神崎さん、歩くの速くないですか?」
莉子が息を切らす。
「普通だ。」
「普通じゃないです!」
「じゃあ遅くする。」
神崎はぶっきらぼうに言いながら、何もなかったように歩幅を落とした。
「……優しいですね。」
「別に。」
「いや、優しいです。」
「喋ると疲れるぞ。」
「はい!」
「返事でかい。」
莉子が笑う。
神崎は少しだけ眉を寄せたが、ちゃんと莉子の前の枝を払っていた。
◇ ◇ ◇
「美月さん、大丈夫?」
弓弦は完璧な笑顔で小鳥遊美月を気遣っていた。
「大丈夫です。」
「無理しないで。」
「ありがとうございます。」
会話は穏やか。
美月も落ち着いていて、ペアとしてはとても綺麗だった。
けれど。
弓弦の意識は、ときどき別の方へ流れる。
伯耆とほたる。
初めてのペア。
初めてちゃんと話す時間。
何を話しているのか。
どんな顔で笑っているのか。
気にしない方が無理だった。
◇ ◇ ◇
「一ノ瀬さん。」
MASHIROが小さく声をかける。
「はい。」
「さっきから、ぼーっとしてる。」
「あ……ごめん。」
「ほたるちゃん?」
「……分かる?」
「分かる。」
MASHIROは淡々と言った。
一ノ瀬は苦笑する。
「昨日、楽しかったから。」
「うん。」
「今日、伯耆くんと一緒って聞いて、少し気になった。」
「恋?」
一ノ瀬は一瞬、黙る。
「……かもしれない。」
MASHIROはこくんと頷いた。
「頑張って。」
「ありがとう。」
◇ ◇ ◇
一方。
伯耆とほたるは、木漏れ日の中をゆっくり歩いていた。
「ほたるちゃんって、歩くの平気?」
『平気。』
『歩くの好き。』
「意外。」
『考え事できるから。』
「分かる。」
伯耆は嬉しそうに笑った。
「僕も曲作りで詰まると、よく歩く。」
『曲、歩いてる時にできる?』
「できる。」
「メロディだけ浮かんで、帰ってすぐ録ることもある。」
『分かる。』
『忘れる前に録らないと消える。』
「そう、それ。」
伯耆の表情がふっと明るくなる。
「音楽やる人の会話だ。」
しばらく歩いたあと。
ほたるが、ふと鼻歌を歌った。
『〜♪』
澄んだ声。
柔らかいのに、芯がある。
山道に、すっと溶けていくような音だった。
伯耆の足が止まる。
「……今の。」
『?』
「即興?」
『うん。』
『景色見てたら浮かんだ。』
「すごいな。」
伯耆は自然に、その旋律へ低く音を重ねた。
ほたるも一瞬だけ目を丸くする。
けれど、すぐに笑って歌い続ける。
二人の声が重なった。
アドリブとは思えないほど綺麗に。
伯耆の低く柔らかな声。
ほたるの透明な高音。
ハモリがぴたりと合う。
撮影スタッフが思わず立ち止まった。
「……え、やば。」
「今の打ち合わせなし?」
「なし。」
「完成度おかしい。」
伯耆自身も驚いていた。
歌い終えたあと、しばらく言葉が出ない。
「……ほたるちゃん。」
『はい?』
「歌、すごいね。」
『アイドルだから。』
「いや。」
伯耆は首を横に振った。
「アイドルの枠程度じゃない。」
「発声も、ピッチも、ブレスも。」
「全部、ちゃんと積み上げてきた人の歌だ。」
ほたるは少しだけ照れたように笑う。
『いっぱい練習したからかな。』
「どれくらい?」
『毎日。』
「毎日?」
『うん。』
『歌って、踊って、録って、直して。』
『できるまで。』
その言い方は軽い。
でも伯耆には分かった。
これは才能だけではない。
努力した人間の声だ。
「ミックス、すごく綺麗だった。」
『伯耆さんも、低音の響きが綺麗。』
「本当?」
『うん。』
『胸に落としすぎないで、ちゃんと前に出してる。』
「……そこ分かるんだ。」
『分かるよ。』
伯耆の目が輝く。
「じゃあさ。」
「サビ前で息を多めに混ぜるのは?」
『好き。』
『でも入れすぎると、ライブで抜ける。』
「そう!」
「そこ悩んでた。」
『マイク乗りならいいけど、野外だと少し芯残した方がいいかも。』
「分かる。」
「うわ、楽しい。」
伯耆は心から笑った。
「こんな話、番組ですると思わなかった。」
『私も。』
二人はまた歩き出す。
音楽の話は止まらない。
「転調は好き?」
『好き。』
『でも多すぎると、ほら来たってなる。』
「分かる。」
「半音上げは強いけど、使いすぎると安い。」
『私は最後の一回だけが好き。』
「最高。」
「同じ。」
恋愛の話はしていない。
甘い言葉もない。
それでも。
二人の距離は、確実に近づいていた。
伯耆にとって、ほたるはもうただの可愛いアイドルではなかった。
同じ音を知っている人。
同じ感覚で笑える人。
もっと話したい人。
もっと歌ってみたい人。
山頂へ向かう道は、思ったより短く感じた。
そして。
木々の隙間から、青い海が見えた。
『わぁ……。』
ほたるが目を輝かせる。
「綺麗だね。」
『うん。』
風が吹く。
ほたるの長い髪が揺れる。
伯耆は、その横顔を見つめながら、静かに思った。
昨日よりも。
ずっと強く。
この子を、もっと知りたい、と。




