30.
⭐︎30.
女子部屋。
珍しく、部屋には静かな時間が流れていた。
朝のコメント撮影まで、あと三十分ほど。
この時間帯だけはカメラが止まる。
出演者たちも分かっている。
だからこそ。
ようやく本音がこぼれる時間でもあった。
「……。」
天野莉子が鏡越しにぽつりと呟く。
「このままだとさ。」
「全部、ほたるちゃんに持っていかれない?」
一瞬、部屋が静かになる。
小鳥遊美月もアイラインを引きながら頷いた。
「昨日も料理。」
「ナイトプール。」
「全部話題だったもの。」
「うん。」
白石あやめも苦笑する。
「悪い子じゃないから余計にね。」
「応援したくなっちゃう。」
「そこなんだよねぇ。」
莉子はため息をついた。
「可愛いし。」
「天然だし。」
「料理までできちゃうし。」
「反則じゃん。」
その横では。
MASHIROがソファに座ったまま、静かにスマホを眺めていた。
「MASHIROちゃん。」
莉子が声を掛ける。
「焦らないの?」
「……。」
MASHIROは顔を上げる。
「別に。」
またスマホへ視線を戻す。
「恋愛、よく分からないから。」
「ぶれない!」
莉子が笑う。
すると。
「私は進展あったよ♡」
鼻歌交じりの声。
橘ひまりだった。
鏡の前でリップを塗りながら、満面の笑みを浮かべる。
「昨日、水城くんといっぱい話したし♡」
「ノリ合う!」
「面白い!」
「ずっと笑ってた!」
「へぇ〜。」
莉子が興味津々で身を乗り出す。
「いい感じじゃん。」
「でしょ♡」
ひまりはご機嫌だった。
「恋愛番組なんだから。」
「攻めなきゃ損だもん。」
「さすが肉食系。」
美月がくすっと笑う。
一方。
部屋の隅。
黙々と化粧をしている女性が一人。
白石エレナ。
鏡だけを見つめ、黙ったままファンデーションを伸ばしている。
「エレナ?」
あやめが声を掛ける。
「どうしたの?」
「……別に。」
返事は短い。
少しだけ。
ほんの少しだけ機嫌が悪そうだった。
「昨日。」
ぽつり。
「一ノ瀬さん。」
「ほたるちゃんしか見てなかった。」
部屋が静かになる。
「あぁ……。」
莉子が思わず頷く。
「分かる。」
「分かりやすかった。」
「だから。」
エレナはコンパクトを閉じる。
「今日は違う人と話そうかな。」
「なるほど。」
ひまりが笑う。
「じゃあ、みんな誰狙う?」
「作戦会議だ!」
その一言で、部屋が急に盛り上がる。
「私は。」
莉子が手を挙げる。
「黒瀬くん!」
「話しやすいし。」
「笑わせてくれる。」
「私は神崎さんかな。」
あやめが微笑む。
「まだ全然話せてないもの。」
「意外と優しいし。」
「美月は?」
「……。」
美月は少し考えてから答えた。
「伯耆さん。」
「落ち着いてる人、好き。」
「大人!」
ひまりが拍手する。
「私はね。」
にやっと笑う。
「今日は弓弦くん。」
「王子様、攻略したい♡」
「おぉ〜!」
莉子が盛り上がる。
「難易度高そう!」
「だから面白い!」
その時だった。
「……。」
今までスマホを見ていたMASHIROが、ぴたりと手を止める。
「ん?」
ひまりが首を傾げる。
「どうした?」
「……。」
MASHIROは少しだけ考えて。
「弓弦さん。」
「人気なんだね。」
「え?」
ひまりが笑う。
「そりゃそうでしょ!」
「国民的王子だよ?」
「強いよねぇ。」
「うん。」
莉子も納得する。
「王子様は強い。」
そんな話で盛り上がっていると。
あやめが辺りを見回した。
「あれ?」
「そういえば。」
「ほたるちゃんは?」
全員が部屋を見渡す。
「いない。」
「まだ寝てる?」
「まさか。」
「寝坊?」
ちょうどその時。
部屋の扉が勢いよく開いた。
スタッフだった。
「皆さん!」
「ほたるさん見ませんでした!?」
「え!?」
「まさかまだ寝てる!??」
「えぇぇ!?」
女子部屋がざわつく。
◇ ◇ ◇
20分後。
「……ふぁ。」
欠伸とともに。
廊下の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。
全員が振り向く。
そこには。
寝癖のついた黒髪。
眠そうに半分閉じた目。
可愛いパジャマ姿。
片手にはクッションを抱えたままの、ほたるが立っていた。
まだ、微睡んでいる。
『……おはようございます。』
ぼんやり。
完全に寝ぼけている。
その姿を見た瞬間。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
女子全員が固まった。
「え。」
莉子が小さく呟く。
「待って。」
「寝起きだよね?」
「うん。」
「化粧してないよね?」
「してない。」
「寝癖だよね?」
「うん。」
「……。」
「可愛くない?」
全員一致だった。
あまりにも自然で。
あまりにも透明感があって。
寝起きなのに完成されている。
ひまりが苦笑する。
「勝てないって。」
エレナもため息をつく。
「もう諦めた。」
すると。
あやめが立ち上がった。
「ほらほら!」
「座って!」
『?』
「今日はお姉さんたちが可愛くしてあげる!」
『え?』
「髪貸して!」
「メイクも!」
「アイドルなんだから!」
気付けば。
ほたるは鏡の前へ座らされていた。
「前髪もう少し流そう。」
「この巻き方絶対似合う。」
「リップこれ使って。」
「肌綺麗すぎ!」
『くすぐったい。』
「あ、笑った。」
部屋中が笑顔になる。
5分後。
「……。」
「……。」
「……。」
完成。
「かわいい……。」
莉子が思わず呟く。
「私たち。」
「なんでライバル強化してるの?」
「あははは!」
女子部屋は大爆笑だった。
◇ ◇ ◇
廊下の外。
その様子をモニターで見ていたスタッフが苦笑する。
「今期。」
「女子メンバー、仲良いな。」
「普通もっと牽制し合うんだけど。」
「うん。」
「ライバルのメイクを全力で手伝う恋リア、初めて見た。」
「しかも。」
モニターの中では、嬉しそうに鏡を見つめるほたると、それを囲んで笑う五人。
「なんか。」
「姉妹みたいだな。」
スタッフたちは、思わず微笑んでいた。




