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29.

⭐︎29.


 翌朝。


 島の朝は早い。


 窓から柔らかな朝日が差し込み、海鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 男子部屋では、すでにカメラが回っていた。


「おはようございます!」


 水城宗真が元気よく手を振る。


「二日目です!」


「昨日は料理対決!」


「一ノ瀬さんとほたるちゃんが優勝でした!」


「いやぁ、麻婆豆腐うまかった!」


「また食べたい。」


 黒瀬も笑う。


「俺、完全に負けた。」


「修行しよ。」


 神崎はコーヒーを片手に静かに頷く。


「今日はどんな一日になるか楽しみですね。」


 弓弦も爽やかに微笑む。


「昨日より、もっと皆さんと話せたらいいなと思います。」


 まさにトップアイドル。


 完璧なコメントだった。


「はい、OKです!」


 ディレクターが声を上げる。


「一旦カメラ止めます!」


 赤いランプが消える。


 その瞬間だった。


「……。」


 黒瀬がそっと弓弦を見る。


「大丈夫?」


「ん?」


「昨日。」


「……。」


 弓弦は苦笑した。


「仕事だから。」


 その一言だけ。


 笑顔も崩さない。


 黒瀬は、それ以上聞かなかった。


 長い付き合いだ。


 こういう時ほど、弓弦は本音を隠す。


「まぁ。」


 黒瀬がぽつりと呟く。


「今のところ、一番リードしてるのは一ノ瀬さんかな。」


「料理。」


「ナイトプール。」


「流れいいもんな。」


「そうだね。」


 弓弦は穏やかに頷く。


 その横で。


「いや。」


 水城が妙に真面目な顔をした。


「俺も昨日、ひまりちゃんと結構話したよ。」


「お。」


「どうだった?」


「もう食った。」


 一瞬。


 部屋が静まり返る。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 そして。


「ぶはっ!」


 黒瀬が吹き出した。


「はやっ!!」


「何言ってんだよ!」


 腹を抱えて笑う。


 伯耆も思わず目を丸くした。


「え……?」


「昨日ですよね?」


「昨日。」


「早くないですか?」


「男子部屋、個室で距離あるし。」


 水城は悪びれもせず肩をすくめる。


「タイミング良かった。」


「いやいや!」


 黒瀬が笑いながら肩を叩く。


「恋愛リアリティーショー開始二日目だぞ!」


「行動力あるなぁ。」


 伯耆は苦笑しながら首を振った。


「Asterism……。」


「怖いですね。」


「違う。」


 神崎が深いため息をつく。


「こいつだけだ。」


「安心しました。」


 伯耆がほっとしたように笑う。


「神崎さんまでそうだったら驚きます。」


「一緒にするな。」


「弓弦さんは?」


 黒瀬がにやりと笑う。


「どうなの?」


 弓弦は少しだけ考えた。


「……。」


 答えが出ない。


 いや。


 答えは、とっくに出ている。


 だけど。


 仕事だ。


 恋愛リアリティーショーだ。


 相手は国民的アイドル。


 自分もトップアイドル。


 番組。


 ファン。


 事務所。


 スキャンダル。


 考えなければならないことが多すぎる。


「……さぁね。」


「想像に任せるよ。」


 ようやく、それだけ答えた。


 水城が弓弦を横目で見る。


 普段なら。


 もっと軽口を返してくる。


 今日は少し違う。


 黒瀬も、その変化に気付いていた。


 弓弦だけが。


 恋と仕事の間で、一人静かに立ち止まっていた。


 その時。


「はい!」


 スタッフの声が響く。


「カメラ回します!」


 一瞬で空気が変わる。


 水城は勢いよく立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。


「おはようございまーす!」


 さっきまでの軽口など、一切感じさせない。


 テレビで見せる、明るく爽やかな人気アイドル・水城宗真。


 黒瀬も笑顔に戻る。


 神崎は穏やかに微笑み。


 弓弦もまた、完璧な王子様の笑顔を作った。


 ──アイドルは、カメラが回れば一瞬で”仕事の顔”に戻る。


 それは、Asterism全員に染みついた習慣だった。

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