27.
⭐︎27.
ダイニングには、まだ料理の余韻が残っていた。
笑い声。
拍手。
「美味しかった!」という感想が、あちこちから飛び交う。
そんな中、スタッフが一枚の封筒を手に前へ出た。
「それでは。」
「優勝チームへのご褒美を発表します。」
「おぉー!」
水城が一番大きな声を上げる。
「何だろ!」
「旅行券?」
「高級ディナー?」
「ブランドバッグとか?」
好き勝手な予想が飛び交う。
スタッフは笑顔のまま封筒を、ほたるへ差し出した。
「代表して、ほたるさん。」
『ありがとうございます。』
ほたるは丁寧に受け取り、両手で封筒を開く。
一枚のカード。
そこに書かれていた文字を読み上げる。
『……ナイトプールデート券。』
一瞬。
部屋が静まり返った。
次の瞬間。
「いいなーーー!」
「羨ましい!」
「めっちゃロマンチックじゃん!」
「夜の貸切プール!?」
「ずるい!」
女性陣が一斉に歓声を上げる。
ひまりなど立ち上がって悔しがっている。
「私、それ欲しかった!」
「ナイトプールとか絶対映える!」
「一ノ瀬さん、いいなぁ。」
一ノ瀬も照れ臭そうに笑った。
「せっかくだし、楽しもう。」
『はい。』
ほたるは花が咲くように微笑む。
『楽しみです。』
その笑顔は、テレビで誰もが知る”国民的アイドル・ほたる”そのものだった。
可愛らしく。
素直で。
嬉しそうで。
誰一人として違和感を抱かない。
――ただ一人。
心の中だけは違った。
(……現金じゃないのか。)
ほんの少しだけ肩を落とす。
(ちょっと期待してた。)
(でも。)
(恋愛番組だもんね。)
(当然か。)
すぐに気持ちを切り替える。
(ナイトプールなら、仕事としては十分美味しい。)
(よし。)
心の中だけで小さく頷く。
表情には、一切出さない。
それが、ほたるだった。
◇ ◇ ◇
夜。
シェアハウスの奥。
昼間は開放されていなかったインフィニティプールが、ゆっくりとライトアップされる。
水中に埋め込まれた青い照明。
プールサイドにはキャンドルランタン。
ヤシの木には暖かなイルミネーション。
遠くには、月明かりに照らされた海。
静かな波音だけが耳に届く。
スタッフの一人が、小さく息を呑んだ。
「……綺麗。」
「このために島を選んだんだもんな。」
「画になる。」
カメラの位置を確認しながら、プロデューサーも満足そうに頷いた。
「今日はいい映像が撮れそうだ。」
そこへ。
一ノ瀬葵が先にやって来る。
白いシャツを羽織り、少しだけ落ち着かない様子で辺りを見回す。
「緊張するな……。」
俳優として数え切れないほど恋愛作品へ出演してきた。
女性と向き合う芝居も何度も経験している。
なのに。
今日は違った。
台本がない。
正解もない。
自分の言葉だけだ。
「お待たせしました。」
澄んだ声が聞こえる。
一ノ瀬が振り返る。
そして。
言葉を失った。
ほたるだった。
白いシアーパーカーを軽く羽織り、その下には淡い水色の水着。
決して派手ではない。
露出も控えめ。
それでも。
透明感が際立っていた。
月明かりを浴びた白い肌。
肩まで流れる黒髪。
水色がよく似合う。
まるで夜のプールへ舞い降りた妖精のようだった。
「……。」
一ノ瀬は数秒、動けなかった。
『一ノ瀬さん?』
「あ……。」
我に返る。
「ご、ごめん。」
照れ笑いを浮かべるしかなかった。
「すごく……似合ってる。」
その一言が精一杯だった。
ほたるは少し照れたように笑う。
『ありがとうございます。』
その笑顔に。
一ノ瀬はまた、胸が締め付けられる。
◇ ◇ ◇
別室。
モニタールーム。
スタッフたちも映像を見守っていた。
「……。」
「これ。」
一人が思わず呟く。
「かわいすぎない?」
「思った。」
「水着が派手じゃないから余計に。」
「透明感えぐい。」
別のスタッフが苦笑する。
「篠宮社長……。」
「今頃、胃が痛いかも。」
「この映像、放送して大丈夫かな。」
「ファン、倒れるぞ。」
プロデューサーも頭を掻いた。
「数字は取れる。」
「間違いなく。」
「でも……。」
「社長には後で謝ろう。」
スタッフ全員が笑った。
◇ ◇ ◇
一方。
リビングでは男性陣がモニター越しにその様子を見ていた。
「……。」
黒瀬が最初に口を開く。
「かわいい。」
「めちゃくちゃかわいい。」
水城も頷く。
「アイドルってすげぇ。」
「透明感がおかしい。」
神崎は静かにコーヒーを飲みながら、小さく言った。
「似合ってるな。」
短い一言だった。
そして。
弓弦は。
「…………。」
笑っていた。
いつものように。
誰よりも爽やかな笑顔で。
けれど。
その笑顔の裏では。
(かわいい。)
(……いや。)
(知ってた。)
(知ってたけど。)
(これは反則だろ。)
胸の鼓動だけが、静かに速くなっていた。
◇ ◇ ◇
ナイトプール。
ほたるは水面へ近付き、しゃがみ込む。
『あったかい。』
指先で水をすくう。
月が揺れた。
『温水なんですね。』
「寒くない?」
『全然。』
無邪気に笑う。
その笑顔を見つめながら、一ノ瀬は静かに思う。
最初は、仕事だった。
人気アイドル。
話題性。
恋愛リアリティーショー。
そのくらいの気持ちで参加した。
けれど。
料理をする姿。
優勝を心から喜ぶ姿。
誰に対しても分け隔てなく笑う姿。
そして今。
夜風に髪を揺らしながら、楽しそうに微笑む姿を見て。
胸の奥で、何かが静かに変わっていく。
(……まずいな。)
苦笑する。
(遊び半分で来た仕事だったのに。)
(完全に。)
(心を持っていかれた。)
ほたるはそんなことなど知らず、星空を見上げていた。
『星、綺麗ですね。』
「ああ。」
一ノ瀬は穏やかに頷く。
「本当に綺麗だ。」
その視線は。
星ではなく。
ほたるへ向けられていた。




