26.
⭐︎26.
夕方。
リビングに集められた十二人の前に、一枚のカードが置かれた。
封筒には、番組ロゴ。
Love Archive
「出た。」
水城が身を乗り出す。
「試練カードだ。」
「なにそれ。」
ほたるが首を傾げる。
「この番組、毎日なんかやらされるんだよ。」
黒瀬が笑う。
「恋愛が進むようにってやつ。」
『へぇ。』
ほたるは素直に頷いた。
スタッフがにこにこしながら言う。
「では、代表して最年少のほたるさん。読んでください。」
『私?』
「お願いします。」
封筒を開ける。
中のカードを取り出し、ほたるは綺麗な声で読み上げた。
『今日の試練。』
『二人一組に分かれて、仲良く夕食を作りましょう。』
『一番美味しかったチームには、ご褒美プレゼント。』
その瞬間。
「うわー!」
「料理!」
「やばい!」
女性陣が一斉にざわついた。
橘ひまりは自分の長いネイルを見る。
「待って、私、包丁持てる?」
天野莉子も青ざめる。
「私、卵焼き焦がしたことある。」
「それは誰でもある。」
「いや、殻ごと入れた。」
「それはない。」
部屋が笑いに包まれる。
白石あやめは苦笑し、小鳥遊美月は静かに爪を見下ろした。
「……モデルの撮影前で、爪が長い。」
「私も。」
MASHIROが小さく手を上げる。
「料理、あまり……。」
自然と視線は男性陣へ集まった。
「任せろ。」
水城が胸を張る。
「俺ら、料理番組やってるから。」
「一応な。」
神崎が淡々と補足する。
「一応って言うなよ!」
黒瀬が笑う。
「けっこうできるよ、俺ら。」
弓弦も余裕の笑みを浮かべる。
「簡単なものなら。」
その言い方がまた、テレビ向けに完璧だった。
王子様がキッチンに立つ。
それだけで画になる。
スタッフたちの顔がわずかに緩む。
そして、くじ引き。
箱の中から一人ずつ紙を引いていく。
「一ノ瀬さんと……ほたるさん。」
スタッフが読み上げた瞬間。
「おぉ!」
リビングが湧いた。
「第一印象ペアじゃん!」
水城がニヤニヤする。
一ノ瀬葵は少し照れたように笑い、ほたるはぱちぱちと瞬きをする。
『よろしくお願いします。』
「こちらこそ。」
穏やかな空気。
その横で、弓弦は笑っていた。
完璧に。
爽やかに。
大人の余裕を見せながら。
内心では、終わっていた。
(くじ……?)
(本当に……?)
(いや、これは……。)
(番組側、やったな?)
その後もペアは決まっていく。
弓弦とひまり。
神崎とあやめ。
水城とMASHIRO。
黒瀬と莉子。
櫻井と美月。
「なんか綺麗に分かれたな。」
黒瀬がぼそっと言う。
「綺麗すぎるな。」
神崎も低く返す。
「やらせ感すごい。」
水城が笑いをこらえる。
「番組ってこういうとこあるよな。」
スタッフはにこにこしている。
否定はしない。
むしろ堂々としていた。
◇ ◇ ◇
キッチンは戦場になった。
「きゃー! 油はねた!」
「まだ火つけてないよ!」
「玉ねぎってどう切るの!?」
「まず皮を剥け!」
莉子と黒瀬チームは開始五分でコントになっていた。
黒瀬は意外にも手際がよく、莉子の暴走を笑いながら止めている。
「莉子ちゃん、それ砂糖。」
「え、塩じゃないの?」
「粒の大きさ見て!」
「全部白い!」
「名言出た。」
一方、神崎とあやめは安定していた。
神崎が黙々と材料を切り、あやめが味見をする。
「神崎くん、手際いいのね。」
「番組で覚えました。」
「普段は?」
「しません。」
「正直。」
あやめが笑う。
櫻井と美月は静かだった。
会話は少ないが、互いに邪魔をしない。
パスタを茹でる櫻井。
サラダを整える美月。
画面としては落ち着いた大人組。
水城とMASHIROは、水城がひたすら喋っていた。
「大丈夫、大丈夫。」
「包丁怖かったら俺がやるから。」
「MASHIROちゃんは盛り付け担当!」
「……はい。」
「可愛い! 返事が可愛い!」
「宗真、うるさい。」
遠くから神崎に注意される。
「すみませーん!」
弓弦とひまりのペアは、見た目だけなら完璧だった。
弓弦が野菜を切り、ひまりが横で褒める。
「弓弦くん、包丁持っても王子様なんだね。」
「普通だよ。」
「いや、普通の人は玉ねぎ切って絵にならない。」
「それは褒めてる?」
「超褒めてる。」
ひまりはしっかり恋愛番組をしていた。
目線。
距離。
声の甘さ。
全部うまい。
だが弓弦の視線は、たまに、ほんの一瞬だけ別の場所へ流れる。
一ノ瀬とほたるのいるキッチンカウンター。
そして。
そこでは、予想外のことが起きていた。
◇ ◇ ◇
「えっと、ほたるちゃん。」
一ノ瀬葵は、にんじんを手に持ったまま固まっていた。
「これは、どうすれば?」
『洗って。』
「洗う。」
『皮剥いて。』
「皮。」
『薄くでいいよ。』
「薄く。」
『指、気をつけてね。』
「はい。」
完全に年下のほたるが先生だった。
一ノ瀬は素直だった。
役には立たない。
だが、素直だった。
カメラマンが笑いをこらえながら寄ってくる。
ほたるは袖を軽くまくり、髪を後ろでまとめた。
その手つきが変わった。
迷いがない。
中華包丁を握る。
とん、とん、とん、とん。
一定のリズムで野菜が刻まれていく。
細く。
美しく。
速い。
「……え?」
最初に気付いたのは黒瀬だった。
「ほたるちゃん、うまくない?」
水城も振り向く。
「え、なにその手つき。」
ほたるは平然としている。
『よく作ってたから。』
「何作るの?」
『麻婆豆腐と、青椒肉絲っぽいやつ。あと卵スープ。』
「本格的!」
一ノ瀬が感心している横で、ほたるは調味料を並べていく。
『これは豆板醤。辛いやつ。』
『こっちは甜麺醤。甘い味噌。』
『花椒は少しだけ。入れすぎると舌がびりびりする。』
小さな容器を開ける。
ふわりと香りが立つ。
『香り出すね。』
油を引いたフライパンに、にんにくと生姜を入れる。
じゅわ、と音がした。
香ばしい匂いがキッチンいっぱいに広がる。
「やば。」
莉子が目を丸くする。
「急にお店の匂いした。」
『葱姜蒜。』
「え?」
『ネギ、生姜、にんにく。中国語だとそんな感じ。』
ほたるは少しだけ照れたように笑う。
『前に、勉強して。』
花のような笑みだった。
一ノ瀬は一瞬、言葉を忘れた。
「……すごいね。」
『食材取って。』
「あ、はい。」
完全に指示待ちの大型犬だった。
ほたるが手を伸ばす前に、一ノ瀬が慌ててボウルを取る。
けれど場所を間違える。
『それ違う。』
「ごめん。」
『こっち。』
「こっち。」
『ありがとう。』
「うん。」
役に立たないのに、なぜか楽しそうだった。
そして、ほたるも嫌がっていない。
むしろ、少し楽しそうに見えた。
その光景を見ていた水城が小声で言う。
「一ノ瀬さん、完全に弟子じゃん。」
黒瀬も頷く。
「年上俳優が、十八歳アイドルに指導されてる。」
「画が強い。」
弓弦は黙って玉ねぎを切っていた。
笑顔で。
とても綺麗な笑顔で。
(近い。)
(一ノ瀬さん、近い。)
(今、ありがとうって言われてた。)
(俺も食材取れる。)
(むしろ全部取れる。)
(豆板醤も甜麺醤も分かる。)
「弓弦くん?」
ひまりが覗き込む。
「玉ねぎ、粉々だけど大丈夫?」
「……大丈夫。」
全然大丈夫ではなかった。
◇ ◇ ◇
完成した料理が、ダイニングテーブルに並んだ。
それぞれのチームが自信作を出していく。
黒瀬と莉子のオムライス。
卵は少し破れているが、見た目は可愛い。
神崎とあやめの和風ハンバーグ。
安定感抜群。
水城とMASHIROのクリームシチュー。
優しい味。
弓弦とひまりのトマト煮込み。
見た目が華やかで、映える。
櫻井と美月の冷製パスタ。
大人っぽく洗練されている。
そして。
一ノ瀬とほたるの本格中華三品。
麻婆豆腐。
青椒肉絲。
卵スープ。
香りから違った。
「いただきます!」
全員で試食が始まる。
最初は楽しく。
感想を言い合いながら。
「このシチュー優しい。」
「MASHIROちゃんの盛り付け可愛い。」
「ハンバーグうま。」
「神崎さん、店出せる。」
「出さない。」
そして、ほたるの麻婆豆腐を食べた瞬間。
全員の動きが止まった。
「……え?」
莉子が目を丸くする。
「うま。」
黒瀬が真顔で言った。
「え、うまい。」
水城ももう一口食べる。
「なにこれ。」
「普通に店じゃん。」
あやめも驚いたように笑う。
「辛いけど、ちゃんと美味しい。」
「香りがすごい。」
美月も頷く。
「本格的。」
一ノ瀬はなぜか誇らしそうにしている。
「ほたるちゃんが作りました。」
「知ってる。」
神崎が淡々と返す。
「一ノ瀬さんは?」
『にんじん洗ってくれました。』
「大事だね。」
あやめが優しくフォローする。
「あと、ボウル間違えた。」
水城が笑う。
「それは大事じゃない!」
部屋が笑いに包まれる。
ほたるはスープを小さく飲みながら、少しだけほっとしたように笑っていた。
『よかった。』
「何が?」
『美味しいって言ってもらえて。』
その表情が、あまりにも自然で。
カメラが寄る。
スタッフも分かっていた。
これは使える。
絶対に使える。
◇ ◇ ◇
投票の結果は、ほぼ満場一致だった。
「今日の優勝チームは――」
スタッフが溜める。
「一ノ瀬さん、ほたるさんチームです!」
『やった!』
ほたるがぱっと顔を輝かせた。
無邪気な笑顔。
思わず両手を上げる。
一ノ瀬も笑った。
「やったね。」
『うん!』
そのまま。
本当に自然に。
ほたるは一ノ瀬へ抱きついた。
ほんの一瞬。
嬉しさのままのハグ。
恋愛の駆け引きでも。
計算でも。
サービスでもない。
ただ、優勝が嬉しかっただけ。
けれど。
周りは止まった。
「……。」
「……。」
「……。」
一ノ瀬も一瞬固まる。
それから、少し遅れて笑った。
「うん。」
「頑張ったね。」
優しく背中に手を添える。
その映像を、カメラは逃さなかった。
ほたるはすぐに離れて、にこにこしている。
『ご褒美なにかな。』
本人は何も分かっていない。
顔をしている。
しかし。
その場の空気は確実に一度、変わっていた。
水城が小声で呟く。
「……今の、絵面強いな。」
黒瀬も頷く。
「強い。」
神崎は無言で水を飲む。
弓弦は笑っていた。
完璧なアイドルの笑顔で。
けれど、手元のフォークだけが、ほんの少し止まっていた。
(自然に。)
(ハグ。)
(自然に。)
(……自然に?)
胸の奥で、また警報が鳴る。
一ノ瀬葵。
第一印象でほたるを選んだ男。
方向音痴で。
天然で。
悪い人ではない。
むしろ、かなり良い人だ。
それが。
余計にまずかった。
ほたるは、ご褒美を待ちながら、嬉しそうに笑っている。
その笑顔は、誰が見ても誰よりも可愛らしい。
そしてこの瞬間。
番組の中で最初の大きな矢印が。
確かに動き始めた。




