21.
⭐︎21.
港へ到着したロケバスの扉が開く。
潮風がふわりと吹き抜けた。
「わぁ……。」
最初に声を漏らしたのは、天野莉子だった。
「すごーい! 本当に島なんだ!」
白い灯台。
青い海。
どこまでも続く空。
非日常そのものの景色に、出演者たちから自然と歓声が上がる。
その少し離れた場所。
先に到着していた四人組が談笑していた。
「お、来た。」
水城宗真が手を振る。
「ほたるー!」
その声に、出演者たちの視線が一斉に集まる。
ほたるは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。
『おはようございます。』
営業用の、とびきり明るい笑顔。
それだけで空気が変わる。
まるで雲間から太陽が顔を出したようだった。
「久しぶり!」
水城が真っ先に駆け寄る。
「急遽レギュラーになったって聞いたぞ!」
「スケジュール、大変だっただろ?」
『うん。』
ほたるは困ったように笑う。
『撮影とかレッスンとか、いっぱい動かしてもらった。』
『社長もマネージャーさんも、みんな寝てないんじゃないかな。』
「だよなぁ。」
黒瀬が苦笑する。
「俺らも急に聞いてびっくりしたわ。」
「第一話だけじゃなかったの? って。」
『私もびっくりした。』
『朝起きたら出演者になってた。』
「そんなことある?」
一同が笑う。
その輪を少し後ろから見ていた一ノ瀬葵が、小さく呟く。
「……あれが、ほたるちゃんか。」
「テレビのまんまだな。」
白石あやめも頷く。
「もっと近寄りがたい子かと思ってた。」
「全然違う。」
「自然に輪の真ん中にいる。」
初対面なのに。
初対面だと思わせない。
それが、ほたるというアイドルだった。
「そういえば。」
水城が思い出したように言う。
「自己紹介VTR撮り直したんだろ?」
『うん。』
「スタッフさん、大変そうだったな。」
『いっぱい謝られた。』
『私がお願いしたわけじゃないのに。』
「ははは!」
「でも結果オーライじゃん。」
「一緒に出られるんだから。」
『よろしくお願いします。』
ぺこり、と頭を下げる。
それだけなのに、嫌味がない。
見ていたスタッフが思わず顔を見合わせる。
「……やっぱりすごいな。」
「何が?」
「現場の空気。」
「来た瞬間、全部持っていった。」
「まだ何もしてないぞ?」
「してないからだよ。」
そこに立って。
笑って。
話しているだけ。
それだけで、中心になってしまう。
芸能界で何年もキャスティングをしてきたスタッフですら、その存在感に息を呑んでいた。
そんな中。
少しだけ離れた場所で。
「……。」
御影弓弦は腕を組み、平静を装っていた。
(落ち着け。)
(普通に。)
(普通の共演者。)
心の中で何度も唱える。
ドラマ撮影で会ってきた。
もう慣れた。
……はずだった。
『弓弦さん。』
「!」
名前を呼ばれた瞬間。
心臓が一拍、大きく跳ねる。
『よろしくお願いします。』
ほたるはいつも通り、にこっと笑う。
弓弦は一拍だけ呼吸を整えてから、余裕のある笑みを浮かべた。
「こちらこそ。」
「一か月、よろしく。」
完璧だった。
声も。
表情も。
仕草も。
誰が見ても、大人の余裕がある人気アイドル。
……に見えた。
「……。」
「……。」
その後ろで。
神崎、水城、黒瀬の三人だけは黙っていた。
(今、一瞬止まった。)
(止まったな。)
(心臓止まりかけてたな。)
三人は目だけで会話する。
弓弦は何事もなかったような顔で海を眺めている。
耳だけ、ほんの少し赤かった。
もちろん。
ほたるはそんなことにはまったく気付いていない。
『今日は天気よくて良かったね。』
無邪気に笑うその姿に。
弓弦は「そうだね」と穏やかに返しながら、内心では必死に自分を抑え込んでいた。
(近い。)
(笑った。)
(今日もかわいい。)
(いや、落ち着け俺。)
(番組始まって五分だぞ。)
その頃。
少し離れた場所では、女性陣がひそひそと話していた。
「あの五人、すごく仲良くない?」
「ドラマ共演って聞いてたけど……。」
「兄妹みたい。」
「いや、ほたるちゃんが末っ子って感じ。」
「なんか守られてる空気あるよね。」
そんな印象が、自然と出演者全員の中に出来上がっていく。
もちろん。
その中に一人だけ。
「守りたい」では済まない感情を抱えている男がいることなど、誰も知る由もなかった。




