19.
⭐︎19.
一月前。
篠宮誘人は、一枚の企画書を静かに閉じた。
表紙には大きくタイトルが書かれている。
『Love Archive』
いま若者を中心に人気を集めている恋愛リアリティーショーの新シーズンだった。
「どうでしょう。」
向かいに座る配信会社のプロデューサーが身を乗り出す。
「今回は今までとは違います。」
「現役アイドルや俳優にも出演していただいて、よりリアルな恋愛を描きたいと考えていまして。」
企画書には出演候補者の名前が並んでいた。
人気俳優。
モデル。
若手アーティスト。
そして、一番最後。
ほたる。
誘人はそこへ視線を落としたあと、穏やかに笑う。
「申し訳ないけど。」
「今回は見送らせてもらいます。」
「……。」
プロデューサーが肩を落とした。
「ですよね……。」
正直、予想はしていた。
いま最も勢いのある女性アイドル。
恋愛リアリティーショーなど、普通なら事務所が許可するはずもない。
それでも諦めきれず、足を運んだのだ。
誘人は紅茶へ口をつける。
「ほたるに恋愛要素は必要ありません。」
「彼女は、今のままで十分魅力的です。」
「恋をしている姿より、誰からも愛される存在でいてほしい。」
それが社長としての判断だった。
「ただ。」
少しだけ考える。
「第一話だけのスペシャルゲストなら、お受けできます。」
「え?」
「番宣を兼ねて顔を出す程度なら。」
「恋愛へ参加はしません。」
「応援ゲストという形です。」
プロデューサーの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「それだけでも十分です!」
「自己紹介VTRと第一話だけ押さえさせていただきます!」
「ええ。」
こうして話はまとまった。
◇ ◇ ◇
それから数週間。
番組は少しずつ動き始めていた。
出演者との打ち合わせ。
ロケ地の下見。
衣装合わせ。
自己紹介VTRの撮影。
ほたるも第一話のゲストとして収録を終え、あとは本番を待つだけ。
まだ本格的な共同生活の撮影は始まっていない。
番組は、ようやく走り出したばかりだった。
◇ ◇ ◇
そんなある日。
ドラマ撮影現場で投稿された、一枚のオフショット。
休憩中。
疲れ切ったほたるが、隣に座っていた弓弦の肩へ頭を預け、そのまま眠ってしまった。
公式SNSへ投稿された、その何気ない写真。
それが、予想もしなかった反響を呼ぶ。
“かわいい。”
“素のほたるちゃんが見られた。”
“こういう自然体が好き。”
“恋愛リアリティーショー出てほしい。”
数字は、一晩で跳ね上がった。
◇ ◇ ◇
「社長。」
秘書がタブレットを持って部屋へ入る。
「番組の件ですが……。」
「うん。」
「例のオフショットの影響で、問い合わせが殺到しています。」
誘人は画面を受け取り、静かにコメント欄へ目を通した。
しばらく無言。
やがて、小さく笑う。
「……なるほど。」
自分は読み違えたらしい。
完璧なアイドルだけではない。
眠そうに誰かへ寄り掛かる。
そんな無防備な姿も、ファンは受け入れる。
いや。
むしろ、求めている。
「テレビ局へ繋いでくれる?」
◇ ◇ ◇
三十分後。
オンライン会議が始まる。
画面の向こうには、あの日のプロデューサー。
「篠宮さん、お世話になっております。」
「急なお時間をいただいて、ありがとうございます。」
誘人は柔らかく微笑んだ。
「こちらこそ。」
「今日はお願いがありまして。」
「お願い、ですか?」
「ほたるの出演内容を変更したいんです。」
一瞬、部屋が静まり返る。
プロデューサーが目を瞬かせた。
「……変更、というと?」
「レギュラーメンバーとして参加させてください。」
「…………え?」
数秒。
本当に誰も動かなかった。
「ほ、本当ですか!?」
プロデューサーが勢いよく立ち上がる。
「いや……でも……!」
「一度、お断りされましたよね?」
「ええ。」
誘人は苦笑する。
「考えが変わりました。」
「まだ、打ち合わせしか進んでいないでしょう?」
「共同生活の撮影も始まっていませんよね。」
「は、はい!」
「自己紹介VTRくらいなら撮り直せます!」
別のスタッフも慌てて資料を確認する。
「スケジュールも調整できます!」
「出演者への説明も間に合います!」
「でしたら。」
誘人は穏やかな笑みを崩さない。
「お願いします。」
「今の反応を見る限り、この企画とほたるちゃんの相性は悪くありません。」
画面の向こうでは、スタッフたちがすでに慌ただしく動き始めていた。
「ありがとうございます!」
「絶対に面白い番組にします!」
「視聴者も驚きますよ!」
その様子を見ながら、誘人は静かに通信を切る。
窓の外へ視線を向け、小さく息を吐いた。
「……困るんだけどな。」
ぽつりと漏れた本音。
弓弦へ身体を預けて眠る、あの無防備な姿。
思い出すだけで面白くはない。
それでも。
篠宮誘人は一人の男である前に、プロデューサーだった。
感情より先に、数字を見る。
その数字が告げていた。
――ほたるは、もう一段階、大きくなれる。
ならば、その可能性を逃す理由はなかった。




