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17.



⭐︎17.





ある日の撮影現場。



 朝から続いていた撮影も一区切りつき、現場には束の間の休憩時間が流れていた。

 スタッフたちは飲み物を片手に談笑し、出演者たちも思い思いに椅子へ腰を下ろしている。





 Asterismの四人も一角に集まり、他愛ない話をしていた。


「弓弦、さっきNG出しそうだった。」


「出してない。」


「いや、完全に笑ってた。」


「晋也が悪い。」


「俺のせいにするな。」



 そんなやり取りに、水城が笑い転げ、黒瀬も肩を震わせている。





 そのすぐ隣で。


 ほたるは、神崎の肩に軽く寄りかかるようにして、静かに眠っていた。



 規則正しい呼吸。


 力の抜けた体。


 撮影の合間に、ほんの少しだけ気を抜いたのだろう。


 神崎は特に何も言わず、そのままにしていた。



 払いのけることもなく。


 かといって、特別気にする様子もなく。


 ただ、そこにいるだけ。


 それが最近のアステとほたるの距離だった。








 その時。



 ──ブルルッ。


 静かな電子音が響いた。


 ほたるのスマートフォンだった。


「……。」


 神崎が視線を落とす。


 ほたるは、ぴくりと小さく反応して。


 ゆっくりと目を開けた。


『……ん。』


 まだ眠気の残る声。


 ぼんやりとした視線で、状況を理解するまでに少し時間がかかる。


 それから。


 スマートフォンの画面を見る。


『……ぁ。』


 小さく息を漏らす。


 誰からの着信か、すぐに分かったらしい。


 けれど。


 すぐには出なかった。


 指先が、画面の上で止まる。


『……。』


 少しだけ迷うように。


 それから。


 ゆっくりと顔を上げて。


 すぐ近くにいる神崎を見た。


「……?」


 神崎が首を傾げる。


 ほたるは、まだ少し寝ぼけたままの表情で。


 ほんの少しだけ距離を詰める。


 そして。


 神崎の袖を、ちょん、と軽く引いた。


『……晋也さん。』


 柔らかい声。


 眠気を含んだ、甘い響き。


 上目遣いで見上げる。


 ほんの少しだけ首を傾けて。


『……一緒に、出てもいいですか。』


 小さく。


 遠慮がちに。


 けれど、どこか甘えるように。


『……妹なんです。』


 そう付け足す。


 その仕草と声に。


 神崎は一瞬だけ目を細めた。


 それから。

 

「……ああ。」


 短く答える。


 それだけで十分だった。


『ありがとうございます。』




 ほたるが、ほっとしたように微笑む。


 そのやり取りを。


 弓弦たちは目の前で見ていた。





「……今の何?」


「なんか甘くなかった?」


「寝起きだからじゃね?」


 ひそひそと小声で話す。


 気になる。


 ものすごく気になる。


 自然と三人の視線がそちらへ向く。


 そして。


 

 席を立ち、二人の背後にまわる。



 ほたるは、そんなことには気付かず。


 通話ボタンを押した。






『もしもし。』

    


 その瞬間。

 




 画面いっぱいに、小さな女の子の笑顔が映った。





『おねぇちゃーーーん!!』




 元気いっぱいな声。


 画面の向こうで手をぶんぶん振っている。




 まだ幼い。


 けれど。


 ぱっちりした大きな瞳も。


 柔らかな笑顔も。


 どこか、ほたるによく似ていた。


 そして。


 女の子は画面越しに、こちらへ気付く。


『あっ!!』


 目がさらに大きくなる。


『ゆずるだーーーっ!!』


 弓弦が固まる。


「……え?」


『そーまだ!!』


「俺!?」


『こーいちーー!!』


「俺も!?」


『しんやーー!!』


「……。」


 最後に神崎を見つけると、嬉しそうに両手を振る。


 画面越しなのに、その笑顔は太陽みたいだった。


「……こんにちは。」


 神崎が静かに手を上げる。


『こんにちはー!!』


 元気いっぱいの返事。





 現場中が思わず笑顔になる。


 そして。


 ほたるが、優しく微笑んだ。



『この前、お兄さんたちにサインもらったでしょ?』


『ちゃんと、お礼は?』


 リンは「あっ」と口を開ける。


 慌てて姿勢を正した。


 小さな両手をお膝に置いて。


 ぺこり、と頭を下げる。


『ありがとうございました!』


『リンね、毎日見てるの!』


『いつも持っていってる!』


『宝物なの!』


 無邪気な笑顔。


 その言葉に、水城が思わず胸を押さえた。


「……かわいい。」


「天使じゃん。」


 黒瀬も頬を緩める。


「俺らのサイン、そんなに喜んでくれたの?」


『うんっ!』


『みんなに自慢した!』


『いいでしょー!って!』


 えへへ、と得意げに笑うリン。


 弓弦はもう限界だった。


「……。」


「俺、もう帰っていい?」


「この子、かわいすぎる。」


「泣きそう。」


「帰るな。」


 神崎が即座に止める。


 リンは大事そうに何かを抱えて戻ってきた。


 少し大きめの色紙。


 そこには四人のサインが並んでいる。


『これね!』


『毎日見るの!』


『嫌なことあっても、元気でる!』


 その一言に。


 四人とも、一瞬言葉を失った。


 アイドルとして活動していてよかった。


 そんなことを、不思議と素直に思えた。


 ほたるは、そんな四人を見て、ふっと笑う。


『本当に。』


『みんな、本当に、ありがとうございました。』


 その笑顔は、テレビで見せる営業用の笑顔とは違う。


 妹を見る姉の顔。


 柔らかくて、穏やかで。


 どこまでも優しい笑顔だった。


 弓弦は、その横顔から目が離せなかった。






 ふわり、とほたるが微笑む。



『今日はどうだった?』


『たのしかった!』


『そう。』


『いっぱい あそんだよ!』


『そっか。良かったね?』


 その声は。


 いつものアイドル・ほたるの可愛らしい声とも。


 撮影中の完璧な演技とも。


 弓弦たちしか知らない、気怠そうな素の声とも違う。


 優しかった。


 本当に、優しかった。


 包み込むような声。


 相手を安心させる声。


『うん。』


『そうなんだ。』


『頑張ったね。』





 何度も頷きながら話を聞く。


 途中で話を遮ることもない。


 ちゃんと最後まで聞いて。


 ちゃんと褒めて。


 ちゃんと笑う。

   




 その姿は。


 ただの姉だった。   




 日本中が憧れるトップアイドルでも。


 何億人に愛されるスターでもない。

 


 たった一人の。


 優しい、お姉ちゃん。 



 弓弦は、その横顔から目が離せなかった。


 


(……かわいい。)


(いや。)


(違う。)


(かわいいじゃ足りない。)




 胸の奥が。


 じん、と温かくなる。  





 まただ。


 また、この子に。



 心を持っていかれる。


 電話は十分ほど続いた。




『うん。』


『ちゃんとご飯食べるんだよ?』


『夜更かししない。』


『歯磨きしてね。』


『うん。』


『また電話するね。』


『……大好き。愛してる。』



 最後にそう言って。


 画面の向こうの女の子も満面の笑みで手を振った。




『わたしもだいすきー!!』



 通話が切れる。


 画面が暗くなる。




 数秒だけ。


 ほたるは静かにスマートフォンを見つめていた。


 それから顔を上げる。






『ありがとうございました。』




 ぺこり、と深く頭を下げた。


 神崎だけでなく。


 弓弦たちにも。




『皆さんが映ってくれたから、すごく喜んでました。』




 本当に嬉しそうに笑う。


 そして。


 ふっと。


 少しだけ妖艶に口元を緩めた。





『また頑張れそうです。』



 その笑顔に。


 弓弦は、息を呑んだ。






 現場で見せる艶っぽい笑み。



 さっきまでの優しい姉の顔。



 普段の無気力そうな素顔。


 

 テレビの中の太陽みたいな笑顔。



 仕事に貪欲な姿まで。





 全部、同じほたるだった。





 一つとして嘘じゃない。





 一つとして演じきれていないわけでもない。





 知れば知るほど。





 新しい表情に出会うたび。




 新しい一面を知るたび。




 胸の奥が苦しくなる。






(……駄目だ。)




(こんなの。)




(俺。)




(もう。)









 好きだ。



 この子が。



 どうしようもなく。

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