16.
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それからというもの。
ほたると顔を合わせる機会は、少しずつ増えていった。
きっかけは、やはりあのドラマだった。
放送開始と同時に大きな反響を呼び、毎週のようにSNSでは関連ワードがトレンド入りする。
切り抜き動画は何百万回も再生され、雑誌の表紙、バラエティ番組、CM、特番――。
気付けば、「ほたる」と「Asterism」を一緒に起用したいという依頼が、制作会社やスポンサーから次々と舞い込むようになっていた。
人気者同士。
自然と現場が重なる。
そんな日々が続いていた。
◇◇◇
「おはようございます!」
スタジオへ姿を現したほたるに、スタッフたちの表情がぱっと明るくなる。
『おはようございます。今日もよろしくお願いします。』
にこり、と柔らかく笑う。
その笑顔は、本当に眩しかった。
一人ひとりの名前を呼びながら挨拶をして、小道具スタッフにも、照明スタッフにも、メイクさんにも笑顔を向ける。
「今日も可愛いなあ。」
「癒やされる……。」
「現場の空気変わるよね。」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
誰から見ても。
天真爛漫で。
いつも笑顔で。
現場をぱっと照らす太陽のような女の子。
それが、世間の知るトップアイドル・ほたるだった。
――けれど。
「はい、一旦休憩入りまーす!」
監督の声が響く。
カメラが止まり。
スタッフたちが散り散りに動き始める。
その瞬間だった。
『……終わった。』
ふっ、と。
笑顔が消えた。
まるで仮面を外すように。
さっきまでの眩しい笑顔が嘘だったかのように、表情がすとんと落ち着く。
「……毎回思うけど。」
黒瀬が苦笑する。
「切り替え早すぎない?」
『笑顔もタダじゃない。』
「金の話をするな。」
「夢が壊れるからやめろ。」
水城、が笑う。
『今日も頑張った。』
「うん、頑張った。」
『だから、もう動きたくない。』
「まだ昼だぞ?」
『知ってる。』
真顔で返され、四人は思わず吹き出した。
もう、この姿にも慣れてしまった。
最初こそ驚いたものの。
あの日以来、ほたるは彼らの前では無理に笑わなくなった。
知られてしまったのなら、隠す意味はない。
そう割り切ったらしい。
スタッフの前では完璧なアイドル。
アステの前では、素のまま。
その切り替えは、驚くほど潔かった。
「そういえばさ、ほたるちゃん。」
宗真がペットボトルを片手に近付く。
「この前さ――」
『むり。』
「え?」
『眠い。』
「まだ何も話してない。」
『眠いから聞けない。』
「自由すぎる。」
ほたるは小さく欠伸をすると、周囲をゆっくり見回した。
空いている椅子。
その中で、一番近くに座っていた人物を見つける。
弓弦だった。
『……。』
何も言わずに近寄る。
弓弦が不思議そうに顔を上げる。
「ーーー?」
『おやすみ。』
その一言だけ残して。
ことり。
ほたるは弓弦の肩へ頭を預けた。
「…………。」
弓弦の思考が止まる。
水城も止まる。
黒瀬も止まる。
神崎だけが、静かに目を閉じた。
(あぁ。)
(またか。)
そんな顔だった。
『……。』
数秒もしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。
本当に寝た。
「早っ!」
水城が思わず声を上げる。
「寝るまで三秒くらいだったぞ。」
「充電切れたスマホか。」
黒瀬も笑う。
その様子を、少し離れたところでスタッフたちが見ていた。
「あはは。」
「仲良しですね。」
「ほたるちゃん、すっかり懐いてる。」
「兄妹みたい。」
そんな微笑ましい声が聞こえてくる。
だが。
アステの四人だけは、心の中で一斉に首を振った。
(違う。)
(絶対違う。)
(仲がいいんじゃない。)
(便利な枕だ。)
どう考えても、そうだった。
ほたるにとって。
弓弦は今、一番近くにいたから選ばれただけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……弓弦。」
神崎が静かに口を開く。
「使われてんな。」
「……うん。」
「完全に。」
「……うん。」
「文句は?」
少しだけ笑いを堪えながら尋ねる。
すると弓弦は。
肩にもたれるほたるを起こさないよう、そっと姿勢を整えながら。
本当に嬉しそうに、小さく微笑んだ。
「……ない。」
三人は顔を見合わせる。
「終わったな。」
水城が即答する。
「終わりましたね。」
黒瀬も頷く。
「重症です。」
「かなり。」
神崎は缶コーヒーを一口飲み、呆れたようにため息をついた。
「御影弓弦。」
「はい。」
「トップアイドル。」
「うん。」
「国宝級イケメン。」
「うん。」
「女性ファン数百万人。」
「……うん。」
「現在。」
一拍置いて。
「推しに枕として利用されております。」
「言い方!」
黒瀬と宗真が吹き出す。
しかし当の本人は、まるで気にしていなかった。
むしろ。
肩に伝わる小さな重みが、少しだけ嬉しい。
そんな顔をしている。
神崎はもう一度ため息をついた。
「……だめだ。」
「?」
「ほたるちゃん限定で、弓弦のIQがゼロになるな。」
「否定できない。」
「否定しろ。」
スタジオの隅で笑い声が広がる。
その中心では。
何も知らないほたるだけが、安心しきったような寝顔で、静かな寝息を立て続けていた。




