11.
⭐︎11.
『……そうだったんですね。』
ほたるはスマートフォンをバッグへしまい直す。
怒るでもなく。
責めるでもなく。
いつもの柔らかな笑顔だった。
『御影さん、心配してくださったんですね。』
「……。」
弓弦は少しだけ気まずそうに頭をかいた。
「ごめん。」
「勝手なことした。」
「でも。」
一度だけ、ディレクターが帰っていった方向を見る。
「……あの人とは、二人で行かない方がいい。」
『え?』
ほたるは不思議そうに首を傾げた。
「業界、長い人だから。」
「悪い人とは言わない。」
「でも……。」
言葉を選ぶ。
決めつけるようなことは言いたくない。
噂だけで人を悪人扱いするのも違う。
それでも。
放っておくことはできなかった。
「誤解されるような状況は、作らない方がいい。」
「特に、ほたるちゃんは。」
『……。』
ほたるは静かに聞いている。
「人気者だから。」
「見られてる。」
「どこで誰が写真撮ってるか分からない。」
それはアイドルとして、嫌というほど経験してきたことだった。
「仕事なら。」
「マネージャーさんとか、スタッフがいる時で十分。」
「二人きりは、やめといた方がいい。」
ほたるは少し考えるように視線を落とした。
『そういうものなんですね。』
「うん。」
『私……。』
『作品のお話なら、お仕事かなって思ってしまって。』
「そう思うよ。」
弓弦は苦笑する。
「普通は。」
「だからこそ。」
「気を付けて。」
『……はい。』
ほたるは素直に頷いた。
その返事に、弓弦は少しだけ肩の力を抜く。
『ありがとうございます。』
ほたるは改めて頭を下げた。
『教えていただけて、嬉しかったです。』
その笑顔は、嘘のない笑顔だった。
弓弦は思わず笑う。
「そんな大したことじゃない。」
「お節介だから。」
『そんなことありません。』
『御影さん、優しいですね。』
「……。」
その一言に。
弓弦は一瞬だけ言葉を失う。
(優しい……。)
(俺が?)
そんなふうに言われることは、あまりない。
芸能界では”王子様”。
ファンからは”俺様キャラ”。
グループではいじられ役。
だからこそ。
その一言が妙に照れくさかった。
「……普通だよ。」
短く返すのが精一杯だった。
店の外へ出ると、京都の夜風が心地よく頬を撫でる。
昼間の蒸し暑さが嘘のように、少し涼しい。
店の前には数台のタクシーが停まっていた。
『あ。』
『私の、あれです。』
一台のタクシーがゆっくりと横付けされる。
運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けた。
ほたるは乗り込む前に、くるりと振り返る。
街灯の灯りを受けて、白いワンピースがふわりと揺れた。
『今日は、本当にありがとうございました。』
『色紙も。』
『リン、絶対に喜びます。』
『大切にします。』
そう言って、もう一度ぺこりと頭を下げる。
その姿は最後まで礼儀正しかった。
「また明日。」
神崎が短く言う。
「お疲れ。」
黒瀬が手を上げる。
「明日もよろしく!」
水城はいつもの明るい笑顔で見送った。
最後に。
ほたるの視線が弓弦へ向く。
『御影さん。』
「ん?」
『おやすみなさい。』
「……おやすみ。」
ドアが静かに閉まる。
タクシーはゆっくりと走り出し、京都の夜へ溶けるように遠ざかっていった。
その姿が見えなくなるまで。
弓弦は黙って見送っていた。
「……。」
「……。」
「……。」
静かな沈黙。
そして。
「弓弦さん。」
水城がにやにやしながら肘で小突く。
「今日は大活躍だったねぇ。」
「サインももらって。」
「ヒーローまでやっちゃって。」
「うるさい。」
弓弦は顔をしかめる。
だが。
胸ポケットへ伸びた右手だけは、無意識だった。
そこには、今日手に入れたばかりの一枚。
ほたるのサイン。
それに気付いた神崎は、小さく笑う。
「……良かったな。」
その一言に。
水城と黒瀬は、とうとう堪えきれず吹き出した。




