第99話 捜索開始
マンフリードさんの話を聞き、俺はいつもより少し早く炊き出しを切り上げた。
それから、廃聖堂……いや、ドワーフ兄弟の手によってもうずいぶんと綺麗になったので、そろそろ『廃』を取るべきか。今日からは、女神教聖堂、もしくは聖堂と改めよう。
とにかく、フロア内のガーデンチェアセット類を中央に移動させ、孤児捜索のための対策本部を設置した。
現状、事件かどうかはまだ未確定。だが、少なくともタリクくんに関してはそう断定して動く。それだけ心配なのだ。
ただの勘違いであれば、それはそれで問題ない。
大騒ぎして申し訳ない、と俺が頭を下げれば済む……一刻も早く、何が起こっているのか正確なところを把握しなければ。
準備が整い次第、速やかに話し合いへ移行する。
参加メンバーは、広場の隅でダラけていた小悪党スクワッド、ゴルドさんとケネトさん率いるベルトン商会一向、女神教の面々、カーティスさんを筆頭とする騎士さん方、フィーナさん付きの侍女さんたち、それから我が家のみんな。
エマ、リリ、ルル。うちの獣耳幼女たちも一緒だ。
深刻な話を聞かせるのはどうかと思ったけど、不安そうな顔をしたまま離れたがらなかった。今は近くのテーブルでお絵かきやトランプを楽しんでいる。お相手はフィーナさん。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。時間が惜しいので、さっそく始めさせてもらいます。では、情報共有からいきましょう」
『はっ!』
俺が椅子から腰を上げて開始を宣言すると、みんなが声を合わせて応じてくれる。
まずは炊き出しの際に集めた情報のすり合わせ。その中から、有力な捜索場所を絞っていく。
もっとも、この街に詳しい者は限られるから、特にゴルドさんや小悪党スクワッドの意見を参考にさせてもらった。本命は、やはり迷宮や貧民窟の周辺。
「兄貴、迷宮周りの捜索は俺らにお任せを!」
「そこらをふらついている探索者からも、バッチリ話を聞いてきますぜ!」
探索者として長年この街を生き抜いてきた小悪党スクワッド。アンダーグラウンドの空気を肌で知っているだけでなく、仕事を通じて孤児たちとの関わりも薄くない連中だ。こんなときばかりは本当に頼りになる。ちゃんとお礼はするから期待してね。
続けて積極的に意見を交わせば、すぐに方針が固まる。とはいっても、可能性の高いポイントを重点的に探すだけだ。スマホや防犯カメラ、地球文明の利器に頼れないとなればこのくらいが精々。まして人員に限りもある。
「私の方で街の衛兵にも話を通しておこう。だが、獣人の孤児の捜索となると……あまり期待はできぬであろうな。面目ない」
申し訳なさそうな顔で謝罪を口にするゴルドさん。
こうして協力してくださっているだけで十分です。それに、他にお願いしたことがある。
マンフリードさんから得た例の情報――ラドニ商会の雇った根無し草が、妙な契約書をチラつかせて怪しい勧誘を行っている。
俺は別で、この線を洗ってみることにした。
この街に詳しいゴルドさんのお力を借り、まずは貴族街にほど近い北街のサミールさんの屋敷へ。そこら一帯の様子を確認した後、商業街のラドニ商会を遠目に探る。
日本の品を手土産にすれば、上手く相手の懐に潜り込めるかもしれない。この前の古着のお礼にかこつけて訪問すれば名目も立つ。
「では皆さん、捜索開始です! どうかよろしくお願いします!」
『はっ!』
再び聖堂内に返事が響く。
三々五々と外へ飛び出していく面々を見送り、俺も準備に取り掛かる。
この後は、ゴルドさんたちの馬車に乗って移動となる。しかしけっこう揺れるそうなので、我が家からクッションを大量に運び込む。
そうだ、防寒対策に毛布も持っていこう。手土産用の日本の品々もいくつかトートバッグに詰め込んだ。
「サクタローさん、わたしたちもいくっ!」
「リリたちも、タリクさがすよ!」
聖堂で出発前の確認を行っていたら、エマとリリが飛び跳ねて『いっしょにいく!』とアピールしてくる。ルルも、ズボンを引っ張って俺の体をよじ登ろうと必死だ。これ、ただの抱っこ希望じゃないよね?
三人をまとめて抱きしめながら、俺は同行を許可した。ただし「馬車の中で大人しくしているように」と念を押す。サリアさんや護衛の方々がついているから、外に出なければ安全だ。
「我が主、サクタロー殿。出発の準備が整いましてございます」
ケネトさんに促されて聖堂を出ると、広場中央に立派な箱馬車と幌馬車が数台待機していた。周囲には護衛の方々が侍っている。
客室部分は立派な造りで、商会の紋章が側面に刻まれていた。大きな馬の二頭引き。御者台には手綱を握る男性が座っている。
「さあ、どうぞ。ゆっくりお乗りくださいませ」
ケネトさんが馬車の扉を開け、踏み台を用意してくれた。
まずはうちの獣耳幼女たちから。はしゃぐ三人を順に抱き上げ、客室に乗せていく。ポシェットを落とさないように気をつけてね。
続けて俺も踏み台に足をかける。
中は思ったより広かった。両側に革張りのベンチシートが向かい合わせで並び、壁際には木製の引き窓が一枚。今は開け放たれ、外光が差し込んでいる。
持参したクッションを敷き詰め、俺は席の真ん中に腰を落ち着けた。
エマとリリは、『わあっ!』と明るい声を上げて窓から顔を出そうとしている。我が家の車で慣れたのか、乗り物への怯えはまるでない。
ルルは俺の膝の上に収まり、にゃむにゃむと目をこすっている。ちょっとおねむかな?
サリアさんとフィーナさんも乗り込むなり、嬉々としてクッションの上に腰を落ち着けた。柔らかい布が敷いてあるとはいえ、座り心地がぜんぜん違うらしい。
ゴルドさんも感動していたので、今度新しいクッションをプレゼントする約束をした。遠慮していたが、今回の協力のお礼だ。
ケネトさんが御者台の方へ回ると、馬車はゆっくり動き出す。
ゴトゴト、と地面の凹凸がダイレクトに伝わってくる……思ったより揺れるな。クッションを持ってきて正解だった。
「そういえば、サクタロー殿。先ほど、我が商会の小間使いを走らせた。他の皆のように、孤児らに注意喚起を行わせておる」
「ありがとうございます、ゴルドさん。この件が解決したら、もっとしっかりお礼をさせてください」
俺は舌をかまないよう返事をする。
捜索に出た面々には、ついでに注意喚起も頼んである。妙な契約書に軽々しく指印を押さないように、と。文字が読めないなら尚更だ。
「それにしても、この街はどうしてこんなに孤児が多いのか……確か前に、迷宮が存在するせいだとは聞いたけど」
膝の上のルルの毛布で包みながら、俺は小さく疑問をこぼす。
この呟きを拾ったのは、外の景色に夢中なエマとリリを支えていたサリアさん。
「迷宮が吐き出す莫大な財貨に引き寄せられるように、ラクスジットには多くの人間が流れ込む」
一攫千金の夢に突き動かされる者、食い詰めて仕事を求める者、あるいは過去を捨て流れ着いた者。
迷宮は絶えず人々を魅了し、呑み込んでいく。だが、内部では魔物だけでなく険しい自然までもが探索者の命を奪う。
消息を断つものは後を絶たず、子どもだけが街に残されることも珍しくない。
そのうえ、探索者という稼業はどうにも刹那的な者が多い。明日をも知れぬ命ゆえか、身を固めることも後回しにしがちだ。
過去にも何度か対策は講じられたものの、十分な成果を得られぬまま立ち消えとなった。この街の孤児の多さは、そういった積み重ねの結果なのだ――と、ゴルドさんが追加で補足してくれた。
タリクくんだけではない。うちの獣耳幼女たちも、この街の歪みに巻き込まれた一人なのかもしれない……俺は思わず、ルルをぎゅっと抱きしめる。体温がポカポカで、本格的におねむらしい。
馬車は順調に北へ向かっている。
サミールさんの屋敷まで、そう時間はかからないはずだ。
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