第98話 フラーテル
人混みを抜け、路地へ折れたところで自然と歩調が緩む。すると、数歩後ろを付いてきていた顔に傷を持つ大男が問いかけた。
「よかったんですか、頭目。あんな場所で商いをさせたままで……いくら聖堂の広場だからと、好き勝手やらせちゃ示しがつきませんぜ」
頭目と呼ばれた男は、右手に持っていた木製のカゴを大男に押し付けながら口を開く。その顔には、薄い笑みが浮かんでいた。
「あれくらい構わんさ。それとも何か? お前、あのサリア・グレイファングを相手に揉めるつもりか」
「ご希望であれば、人数を集めますが……」
「はっ、数で抑え込めるほど無双の餓狼は甘くねえよ。お前も知ってんだろ? ヤツは、二百人からの徒党を返り討ちにしやがった。そんなのはもう大型の魔物と変わらんさ」
サリア・グレイファング――かつてこのラクスジットで、最優の探索者にして無双の餓狼と呼ばれた獣人女性だ。
博打にハマるも滅法弱く、たちまち莫大な借金を背負った。しかし腕利き揃いの取り立てを返り討ちにし続け、返済の意志を一切見せず……挙句、貴族の縁者を巻き込んだ二百人からなる徒党を迷宮内へ誘い込み、一人残らず叩きのめした。
迷宮の大岩投げなど、人外めいたエピソードには事欠かない。
そんな人物が奴隷堕ちしたかと思えば、女神教の聖堂で炊き出しうつつを抜かし……能天気そうな顔で孤児たちと戯れていた。
「そのうえ、エルフやドワーフがゴロゴロいやがった。サリア・グレイファングのみならず、あの数の『魔法騎士』を相手にしたいのか? アレだけの戦力があれば、ラクスジット公爵の暗殺だって不可能じゃねえ」
エルフやドワーフは、長命を活かした鍛錬で熟練の武人へと至る。
とりわけレーデリメニアの騎士は魔法を組み合わせた剣技に秀でており、魔法騎士と称えられる。並の兵が束になっても敵わない、というのが専らの評判だ。
「とにかく、手出し無用だ。俺や女たちが、このラビットサンドに首ったけなのは知っているだろ」
「承知しました。頭目の指示に従います……ですが、臭え商人の情報まで与えるなんて流石に気前が良すぎかと」
「なあに、アレだけの戦力を従える御仁だ。正体や目的はまったくもって不明だが、好きなだけ恩を売ればいい。そのうち倍以上になって返ってくるだろうよ。まあ、今回はお手並み拝見といこうじゃないか」
何より、と。
頭目と呼ばれる男は、服の袖を直しながらポツリと続ける。
「ガキを雑に扱う商売は、あまり気持ちのいいもんじゃない。そうだろ? ましてや、俺の目の届くところで――この『フラーテル』の縄張りで、好き勝手やられるのもな」
そう言ってから唇の片端を持ち上げ、貧民窟に深く根を張る裏組織――フラーテルの頭目、マンフリードは歩調を早める。やがて二人は、裏路地が作る濃い影の中へ消えていった。
本作の書籍の予約が開始されました。詳しくは活動報告をご確認くださいませ。ぜひお手にとっていただけますと幸いです。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




