第97話 タリクくんの行方
迎えた八回目の炊き出しの日は、生憎の曇り空だった。
俺は修繕が進む廃聖堂の前の広場に着いて、いつも通り大賑わいの周囲を見回し……思わず固まった。
タリクくんがいない。行動を共にしているグループの孤児たちは揃っているのに、彼だけがいないのだ。
何か用事があって一人だけ到着が遅れているのかも……足に張り付くうちの獣耳幼女たちの頭を撫で、俺は気持ちを落ち着ける。
と、そこへ。
すっかり顔見知りとなった例の若すぎるお母さん――シイナさんが、我が子を腕に抱いたままどこか焦った様子で駆け寄ってくる。
「あ、あの、サクタローさん……タリクが、昨日から帰ってきてないんです」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が強く脈打った。が、穏やかな口調を意識しつつ問い返す。ここで大人が取り乱すのは絶対によくない。
「こんにちは、シイナさん。昨日から、タリクくんの姿が見えないんだね? いつまで一緒にいたかは覚えている?」
「えっと、昨日は井戸の水汲みの仕事があって……それからタリクは、お昼すぎに仕事を探しに出ていって、それっきり……」
シイナさんの話によれば、昨日の昼過ぎ……おおよそ午後の二時くらいが、彼の姿を見た最後。
仲間内で捜索はしたが、消息は掴めず。たまに仕事で帰ってこないことがあるため、日が暮れてからの相談で『もう少し待ってみよう』という結論に至ったそうだ。
「で、でも、私は心配で堪らなくて……」
「そうだね、ちょっと心配だね。けれど、大丈夫。俺も色々と探してみるから。ところで、シイナさんはタリクくんとすっかり仲良しになったみたいだね。安心したよ」
「タリクはいつも優しくて、この子もすっごく懐いてるんです。だからもう、私はどうしたらいいのか……」
シイナさんが唇を噛み締めると、腕の中の男児が場違いな明るい声を上げた。
ぎゅっと、俺のズボンを掴む手の力が強まる。見ればエマとリリが、不安げに瞳を揺らしていた。ルルも、ぺちゃっと顔をくっつけたまま猫耳を垂らしている。
「タリク、いない……?」
「大丈夫だよ、エマ。俺が絶対に見つけるからね」
その亜麻色の頭を撫で、落ち着くように声をかける。
シイナさんたちどころか、うちの獣耳幼女たちまで不安そうだ。もちろん俺も、胸の奥がざわついて仕方ない。
仕事で急に一晩空けることがあったとして、タリクくんなら仲間に行き先くらい告げていそうなものだ……だってあの子は律儀に、炊き出しのたびに顔を見せに来てくれたじゃないか。毎回、笑いながらお礼を言ってくれた。
広場を見渡す。今日も孤児の数は増えているが、見知った顔はまた何人か減っているような……くそ、簡単な名簿でも作っておくんだった。
ここ数回の炊き出しで覚えた点々とした違和感が、一つの塊となって輪郭を帯びていく。
ようやく悟る。何かが起こっている……にもかかわらず、何が起きているのかまったく掴めていない。
もはや、ただの偶然で片付けられそうにない。むしろ最悪を想定して動くべきだ。仮に空騒ぎに終わっても、俺がただ恥をかくだけで済む。
そばに立つサリアさんとフィーナさんと視線を交わし、頷き合う。
直ちに主だった大人を招集して状況を共有し、広場での聞き込みを開始する。
タリクくんを探しに街へ飛び出したい気持ちをぐっと抑え、まずは情報収集に努める。炊き出しの進行は、女神教の面々が請け負ってくれた。
それから、約一時間が経過し――残念ながら、明確な手がかりは得られない。
このラクスジットでは、孤児がふらっといなくなるのは珍しくないそうだ。しかも社会の最底辺層に位置するため、顧みられることはほぼない。
同じグループの孤児たちでさえ、あまり深追いしない……というか、できない。日々を生き抜くだけで精一杯なのだ。
広場のテーブルの一つで、主だった大人たちと顔を突き合わせながら改めて意見を交わす。
こうなってくると、可能性の高い方面を片っ端から捜索するくらいしか手がない。
現状の第一候補は迷宮だ。先の見えない路上生活から抜け出そうとギルドを通さずに身を投じ、そのまま行方不明に……この街ではよく聞く話らしい。
今回のケースが該当するかいまだ不明なものの、捜索場所として真っ先に上げられた。
俺としては、並行して別の場所にも目を向けるべきだと考えている。
タリクくんは以前、危険だから迷宮は気が進まないと言っていた。ひょっこりねぐらに戻ってくる可能性もなくはないので、シイナさんたちにも協力を頼もう。
いずれにせよ、もっと早く動けていれば……そんな後悔が、焦燥と混じり合ってジリジリ胸を焦がす。
ところが、次の瞬間。
思わぬ人物に声をかけられ、俺はハッと振り返った。
「どうも、サクタロー殿。実は、ぜひともお伝えしたい話がありましてね」
少し離れた場所に、木カゴを下げたマンフリードさんが佇んでいた。その背後には、顔に傷のある大男が控えている。
気づけば、サリアさんとカーティスさんも護衛のために位置を変えていた。
こんなときでも気を抜かず仕事を全うするその姿勢、本当にありがたい。しかし俺は、二人を制しつつ一歩踏み出した。先ほどの『お伝えしたい話』というワードが気にかかったのだ。
「こんにちは、マンフリードさん。よろしければ、そのお話とやらを伺っても? 何か対価は必要ですか?」
ただの善意ですから、と受けて。
彼は周囲に聞こえない程度に声を潜め、こう続けた。
「ラドニ商会が、怪しい勧誘を行っているようです。サクタロー殿が探している子どもたちも、そこに含まれているかもしれませんね」
俺は思わず目を見開いた。周囲の喧騒が浮き上がり、遠ざかっていく――反射的にまた一歩距離を詰めながら、詳細を促した。
「どこでそんな情報を……?」
「私の耳は意外と大きいのですよ」
「怪しい勧誘とは、どのような内容なのです?」
「文字の読めない獣人の孤児を相手に、『いい仕事がある』と妙な契約書をちらつかせているようです。雇われた根無し草が、こそこそと声をかけて回っているのだとか」
彼は惜しみなく、実にタイムリーな情報を提供してくれた。
とても助かる……ただし、不信感はマシマシだ。
聞き込みをしていた以上、こちらの事情が筒抜けなのは理解できる。だとしても、ちょっとタイミングがよすぎる。何より、目的が見えない。
「……なぜそれを、私に教えるのですか? 流石に善意の範囲を超えている」
「この問題のせいで、ラビットサンドが食べられなくなったら困る。今のところはそれだけですよ。そんなに警戒しないでください、悲しくなってしまいます」
マンフリードさんは取り出したラビットサンドを一口齧り、薄い笑みを浮かべる。ぜんぜん悲しくなさそうだ。
対する俺は、思考をフル回転させていた。
ラドニ商会といえば、先日大量の古着を融通してもらったばかり。忘れるはずもない。主のサミールさんは、くすんだ黄色の髪と目尻に刻まれた皺が印象的な四十路の男性である。
ラビットサンドを食べず、足早に去っていったっけ……本当にあの人が?
いや、性急すぎる。同じ商会の人間が関わっているだけかもしれないし、今の話が真実だとも限らない――と、否定するにはちょっと弱い。
なぜなら、『獣人の孤児を相手に』とマンフリードさんは言った。そして俺の記憶が確かならば、炊き出しに顔を出さなくなった子どもたちは全員が獣人だ。
重要な部分の辻褄はガッチリ噛み合っている……そのうえ、今のところ他の手がかりは皆無。
だったら、有力な候補として捜索対象に組み込むべきだ。サミールさん本人がわざわざ顔を出した理由は、後ほど考えるとしよう。
「……文字の読めない孤児。それも獣人を相手に、と言いましたよね」
「その通り。このマンフリード、決して嘘偽りは申しませんよ」
「もう少し詳しく聞かせてもらえますか? 必ずお礼はしますので」
俺が再び問いかけると、マンフリードさんは薄い笑みを浮かべたまま静かに頷いた。
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