第96話 悪知恵もほどほどに
異世界の青い冬空のもと行われた七回目の炊き出しも、右肩上がりの大賑わい。
孤児の数は、ざっと百と数十を余裕で超えている。無料でラビットサンドを食べられるとあって、ますます噂を呼んでいるらしい。
大人の数はもっと多い。購入制限を外してからは二~三個ずつの注文が基本となり、炊き出しの間は行列が絶えない。今日はホットプレートをもう二台追加したほどだ。
最も多く注文したのは、例のマンフリードさん。やはり手提げかごを持って現れ、十個ほどまとめて持ち帰る。聞けば、知人の女性たちの分だとか……ハーレムなの?
ともあれ、売れ行きは絶好調。
完売御礼とまではいかないが、今のところ具材の廃棄はほとんどない。
わずかな余りは、女神教の面々やゴルドさんたちが持ち帰って料理している。焼肉のタレをお裾分けしたら大喜びだった。今度、我が家でも肉を引き取る予定だ。
最初は孤児が集まらず企画倒れかと危惧したが、もうすっかり軌道に乗った感じがある。
はしゃぐうちの獣耳幼女たちを連れ、広場に設置されたテーブルの一つへ移動しながら、俺はほのかな達成感を噛みしめていた――けれど、それもほんの束の間。
違和感がこみ上げてきて、たちまち胸の内を塗り替える。
あれ、また見覚えのある孤児が何人かいなくなっているような……全体の数が増えすぎて、イマイチ判然としない。
ちょうど挨拶に来てくれたタリクくんに尋ねてみれば、「迷宮の仕事にでもありつけたんじゃないか?」との返事があった。
それなら仕方ないか、と俺は納得しつつも少しさみしく思う――ところが、そんな感傷もすぐ有耶無耶に。
不意に問題が起きて……というか、大人の問題児たちがカーティスさんに連れられてやってきたのだ。
「サクタロー殿、少々よろしいでしょうか? この者らが、またろくでもないことを言い出しまして……」
呆れた様子でそう報告してくれたカーティスさんの背後には、小悪党スクワッドがどこか居心地悪そうに控えていた。手には、それぞれ木かごを持っている。
この四人、また何かやらかしたんだろうなあ……ひとまず双方の話を聞いてみるか。
同じテーブルで食事中のうちの獣耳幼女たちのお世話をサリアさんとフィーナさんに任せ、俺は続きを促した。
「この者らが突然、かご一杯のラビットサンドを所望したのです。それも、全員が。怪しく思い、未然に阻止しましたが」
木かご一杯のラビットサンド……目測だが、全部で五十個は超えるぞ。それだけの数を小悪党スクワッドだけで食べるとは考えづらい。ならば、マンフリードさんのように誰かへの土産だろうか?
「へ、へへへ、兄貴……ラビットサンドが目ん玉ひん剥くほどウマいもんですから、そこらをうろつく探索者どもにも売ってやろうと思ったんですよ。もちろん善意ですぜ! そんで、ちょろっとばかし手間賃をいただこうかなと……」
あくまで善意です、と胡散臭い顔で訴えてくる小悪党スクワッドのリーダー。
こいつら、ラビットサンドを転売するつもりだな。抜け目ないというか、小賢しいというか……どちらにせよ、これはちょっと困る。
俺はうっすら、孤児たちによるフードデリバリーを構想していた。
商業街の工房などでまとめて注文を受け、決まった時間にお届けするのだ。もちろん手数料を頂戴し、それはそのまま運んだ者たちの報酬となる。
購入制限の撤廃は、フードデリバリーへの軽い布石といったところ。システムやお金絡みの信用の問題があるので、実現の見込みはぜんぜん立っていなかったけど。
それでも、転売されちゃうと構想そのものが破綻しかねない。
うっかりしていたな。異世界の文明レベルを思えば、規制や倫理観に頼るのは難しいだろう……模倣ならいくらでもオーケーなんだけどね、食文化の発展につながるかもだし。
さて、どう対処したものか――と、俺が腕を組んだそのとき。
隣の椅子に座るフィーナさんが、膝の上のルルの口元を拭いながら助け舟を出してくれた。
「ラビットサンドは、女神ミレイシュがお認めになった恵みの糧。これを無許可で扱うなど、我ら信徒が許しはしません」
ぞわり、と。
フィーナさんから異様な気配が放たれ、誰ともなく息を呑む。正体を知らないはずの小悪党スクワッドですら、得も言われぬ迫力にたじたじである。
「忠告を聞かぬのであれば、その身に災いが降りかかるやも。あなた方は、女神の威光をなんと心得るのです?」
女神の名をこれ以上軽んじてくれるな、ということらしい。
日本人的な感覚でいうと、お地蔵さんを蹴っ飛ばすみたいな。罰が当たらずとも、好んでやろうとは思わないだろう。
実際、小悪党スクワッドは揃って肩を震わせ、必死に首を横に振っていた。それこそ聖堂を荒らすくらいの胆力がなければ、十分な脅しになる。
ところで、いつの間にミレイシュ様がお認めに……フィーナさんをチラリと見れば、お茶目なウインクが返ってくる。同時に、ルルがはねさせたタレが顔に飛んでいき、「ふにゃ!?」と締まらない悲鳴を上げていた。
これ、機転を利かせてくれたっぽいな。炊き出しの品はどうかと遠慮していたけど、帰る際にラビットサンドを捧げてミレイシュ様のご機嫌伺いをしよう。後出しで申し訳ないが、ビールとレモンサワーもワンケースずつ追加だ。
「サクタロー殿。よければ我が兄、ベルトン子爵にもラビットサンドを献じてはどうか? これほどの美味、必ずや気に入るであろう。公認ともなれば、質を貶める輩に容赦はしまいよ」
さらにここで、ゴルドさんまで口添えしてくれた。どうやら話を立ち聞きしていたらしい。
公認、というところが絶妙だ。
肩入れしすぎず、転売を抑止するにはちょうどいい。
そもそも、ラビットサンドがお貴族様に相応しい格かどうかの問題もある。ゆえに、これも機転を利かせた建前に違いない。いつも助けてもらってばかりで、ありがたいにも程がある。
というか、ゴルドさんはご当主の弟だったのね。貴族の縁者だとは聞いていたけど、ちょっとビックリ……前に聞いたっけ?
背後に控えるケネトさんも、「貴族の不興を買えば庶民は生活がままなりませぬ」と念を押す。日本人的な感覚でいうと、村八分にされるみたいな。
まさにダメ押し。女神教と貴族、二つもの権威から進んで睨まれたい者などいるはずがない。その証拠に、小悪党スクワッドの震えも大きくなっている。
ぜひ彼らには、転売禁止と喧伝する役目を担ってもらおう。ゴルドさんの提案である貴族の公認は、話を通してから改めて付け加える。
これでいったん問題は片付いた。ホッと息を吐きながら、足早にこの場を立ち去る小悪党スクワッドを見送った。悪知恵もほどほどにね。
俺も気を引き締め直さねば。行動に伴って問題が起きるのは仕方ないにせよ、決断前にもっと熟考し、報連相を意識するとしよう。
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